第8章:いたずらな小早川部長

午後の営業から帰社した茜と浩一郎は、いつも通りデスクについた。浩一郎は当日の営業結果を日報にまとめ、茜は小早川部長に商談の状況を報告していた。


『・・・ということで、来週にはご契約いただける流れになっておりますので、水曜日に先方へ確認の電話をして、契約となれば木曜の14時でご同行をお願いします』テキパキと段取りを説明する茜だが、人取り報告が終わると小早川へ耳打ちした。


『それと、私、柊君とお付き合いする事になりました。部内ではご内密にお願いします・・・』


さすがの小早川も驚いた表情を見せたが、察しの良い小早川は、変に部内で浩一郎がヤジの的になることを恐れ、それでいて上司である自分への筋を通す茜らしい報告だと感心していた。


『では、報告は以上です。失礼いたします。』


茜はいつものようにハキハキとした口調で報告を終えると、浩一郎の反対側の一番端のデスクに腰を下ろした。浩一郎と同様、日報を作成するためにワープロを開いてカタカタとやりだした。西日も沈み始めた午後17時前の出来事だった。


手早く残務処理を終え茜は先に退社したころ、小早川は浩一郎を呼んで会社の1階にある古びた自販機でコーヒーを買い浩一郎に渡した。


『今日の商談お疲れさん。新しい契約も取れそうだし、いい女をゲットしたな。アッハハハハハッハ!!』と高笑いをした。『何、立花からも言われてるから、このことはワシしか知らんよ。安心せい。』小早川はコーヒーの缶をプシュッと開けると、乾杯のポーズを取ってにっこり笑いながら一気に飲み干した。


『部長、本当に内密にお願いします!さすがに社内で知られたら僕居場所ないですよ!!』


浩一郎は小さな声ではあるが真剣な目で小早川を見つめながらそう言った。あたりはすっかり陽が落ちて、自動販売機の明かりが二人を照らしていた。小早川は胸ポケットから取り出したタバコを、自慢のジッポライターで火をつけて、大きく吸い込んで吐き出しながら続けた。


『それにしてもお前も肝が据わってるんだなぁ。あんなに勝気な立花に愛の告白はなかなか勇気が要ったんじゃないか?』小早川は少し茶化すような顔でそう問いかけた。


『まぁ、そうですね・・・。でも結構前から考えていたので。』


浩一郎は周りに人がいないことを確認するようにキョロキョロしながら、小早川の質問にまた小さな声で答えた。『そうか、じゃあ仕事にも精が出るな!期待しているぞ!』小早川は浩一郎の背中をウチワくらいはありそうな大きな手でバシッと叩くと、帰り支度をするために浩一郎と共に執務室に戻っていった。浩一郎は早く家に帰りたい一心で、手早く荷物をまとめると、『それでは、お先に失礼します!』と小早川に告げ会社を後にした。

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