第5章:茶封筒とパトロール
その後も何となく気持ちの悪いことは続いていたが、母親が遊びに来る回数を日曜と水曜の週2回にしてくれたこと、智一が気を遣って電話をかけてきてくれることが茜の心の支えになっていた。手紙が届く事はあれから無かったが、窓の外や出先で感じる視線は続いており、次第に買い物も母に任せることが多くなっていった。
そんな矢先、茜にとって一大事が起きる。
智一の自宅に、嫌がらせと思われる鶏の死骸と『立花茜と別れなければお前を呪う』という文章が書かれた手紙が送りつけられてきたというのだ。それ以外にも無言電話がかかってきたり、夜中に玄関をノックする音が聞こえたりと、誰だかわからないものからの嫌がらせが続いているというのだ。茜は自分のせいで智一に被害が及んでいることに心を痛め、自ら智一に別れを告げた。
智一は『自分は大丈夫だよ!いざとなれば、林巡査が力になってくれるだろ?そんなこと言うなよ。』と引き留めたが、そのころの茜はストーカー被害に悩んでいたためかすっかり元気がなく、これ以上自分の周りで被害を広めたくないという気持ちが勝っていた。茜のハッキリとした性格を理解していた智一は一通り自分の気持ちを告げると『わかった』とだけ返事をして、『でも、ことが落ち着いたらまた掲示板に連絡をくれよ。俺、待ってるからさ。せっかく口説いた美人をみすみす逃したくないしな!』とわざとらしく明るく振舞った。茜はコクリと頷いただけで、それきり智一には連絡を取ることはなかった。
1週間も経たないうちに今度は茜の家にまた茶封筒が届いた。
『そうだ。君は僕こそ相応しい男なんだ。早く気付いてほしい。』
そんな内容の手紙が送られてきた。ビリビリに破って窓から捨てようとカーテンを開け、裏通りに面した窓から、まるでシュレッダーにかけたように細かく千切られた便せんを捨てようと思った瞬間茜は悲鳴を上げた。
『ギャッッ!!』
裏通りにはギラギラした目でこちらを見つめている男の影があるのだ。咄嗟にしりもちをついた茜だったが、顔を上げるとそこには男の姿はなく、いつもの人通りの少ない裏通りが静かに佇んでいた。急いで窓を閉めてカーテンをピシャっと締めると、茜は部屋着から外に出ても恥ずかしくない格好に着替えた。とにかく今起きたことを林巡査に相談するためだった。もう夜も遅いので、林巡査が居るとは限らなかったが、とにかく交番まで走った。
交番には煌々と明かりがともる中、林巡査ではない遅番と思われる警官が書類仕事をしていた。
『すみません!○○アパートの立花と言います!』挨拶もせずに交番に駆け込んだ茜を、警官はびっくりした様子で見つめたが、『あー、立花さんですね。林巡査から聞いてますよ。何かあったということですね!?』と椅子を促した。茜は息を切らして自分が見たこと今起きたことを当直の警官に話し、林巡査に伝えてほしい、できれば自宅の警備をお願いできないだろうかということを相談した。交番の電話を借りて母親にも電話をして、その場で事情を話し、母からも警察に対して依頼をしてもらった。
茜の必死な様子が伝わったのか、当直の警察官が本部に連絡を取ってくれたおかげで『近隣の見回り』という名目で事実上の警備をしてくれることとなった。ただ、個別の対応をあまり長くは続けられないので、1週間の期限付きというのが条件だった。それでもお願いしたいと茜は承諾し、その場で非番だった林巡査が交番に駆け付けてくれた。
『状況は本部から連絡を受けました。これから私がご自宅までお送りしますので、安心してください。そのあとは夜中の2時まで近辺をパトロールします。もっと早い段階で動くことが出来ずすみません。』
林巡査のその話に安心した茜は少し涙を浮かべながら、当直の警官が出してくれたコーヒーをすすった。
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