第4章:ストーカーの影
『青い反射板なんてあまり見かけませんけど、貰い物なら何でもいいですかね』
提供された麻婆炒飯をつつきながら、浩一郎が茜にそう言った。さすが本格中華の店だけあって味はうまいが、まだ熱いので冷ましながら浩一郎は茜に尋ねた。
『そうなのよ。でもね、ここから話が変わってくるんだけどね』茜は自分の口元を左手で隠しながら小さな声でそう言った。
2回目の約束以降、茜は智一と何度か食事を重ね恋仲になった。お互いの家にも行くようになり、週末に泊りで出かけることもあった。そのうち男女の関係にもなって順調に交際していた。しかし、スーパーで感じた、あの誰かから見られている視線はその後も実は続いており、智一にも相談していた。
ある日、仕事終わりに智一に書置きを残すために掲示板へ立ち寄った茜は、例の誰かに見られている視線を感じた。すぐにその視線を感じた方向を見ると、交番の隣に見知らぬ男が立っていて、しばらくすると自分と目が合った。男は不思議そうな顔をしながらこちらを見つめて、口元が緩んだと思った瞬間、足早に駅の改札へと歩いて行った。
背筋が凍るような思いで茜が掲示板へ向き直ると、心臓が高鳴っているのがわかった。あの男が自分の事をつけてきているのではないか、もしくはストーカー?『夜な夜な窓の外に感じる視線もあの男だとしたら?目的は何?男なら声をかけてくればいいのに!』不安と憤りを感じながら茜は掲示板に書置きを残すと、すぐさま交番に駆け込んだ。
そこには例のキーホルダーをくれた林巡査が電話をしている姿があった。『ええ、わかりました。当直の担当には伝えておきます。それじゃ。』そう話し終わると、茜に気づいた林巡査は小さく敬礼をしながら『先日の。どうされました?ハンカチはまだ持ち主が見つかってませんが。』そう言い放った。
『いや、実はその・・・勘違いかもしれないんですが・・・』茜が言いにくそうにしていると、林巡査はパイプ椅子を広げながら茜を促した。
『それで、どうされました?』
『実はさっき、知らない男の人にじっと見られていたような気がしたんです。顔は見たことなくて知り合いでもないのですが、私がその男の人のほうを見たら目をそらしたんですが、そのあと目が合って・・・それでもその人動じずにずっと見ていて、しばらくしてニヤッと笑った気がしたんです。そのあとすぐに駅に入っていってしまったんですが・・・』
明らかに動揺している茜に向って林巡査は落ち着くように諭した。
『仕事帰りとか、待ち合わせで掲示板よく使っていらっしゃいますよね?駅に来た時だけでも警戒できるように、その男の特徴を教えてもらえますか?いや、正式な捜査というわけではなく、私個人のできる範囲でということになりますが。』
そういうと林巡査はノートを開いて男の特徴を訪ねた。『太り気味で短髪、眼鏡をかけてTシャツにジーパンですね。身長はどのくらいですかね?』ノートに走り書きをしながら林巡査は続けた。『多分オタクっぽい感じだったと思います』茜がそう告げると、『バンダナは何色でしたか?』林巡査が質問した。
『え?』
『いや、オタクの人ってバンダナを鉢巻みたいに巻いてる人が多いじゃないですか』
『あー、そこまで覚えてなかったなぁ・・・オレンジか、赤か・・・』茜があやふやに答えると、『わかりました。とりあえず、この服装の人が居たら警戒するようにします。戸締りはしっかりしてくださいね。あ、それと念のため住所もお伺いできますか?何かあったらご連絡しますので。』そう言って巡査はノートを茜に手渡した。
茜は藁にもすがる思いで、自分の名前、電話番号、住所、部屋番号を記載して林巡査に手渡した。これで、しばらくは大丈夫だと自分に言い聞かせる茜だったが、さすがに不安だったのか、田舎の母親に電話で近況を相談したのだ。
母親に相談したのは、駅で見かけた男の姿に留まることなく、最近ではそれ以外にも妙なことが立て続けに起こっていた。というのも、仕事をしている最中に小早川部長に呼び止められて、自分宛の電話だと言われ出てみると無言電話で、こちらがいくら問いかけても喋らない不気味な電話がかかってきたり、最寄り駅の掲示板で智一と連絡を取るために書置きを残そうとすると、『茜さん 昨日はお仕事早く終わったんですね。もっと遅いと思ってたのに。』という差出人の名前がない書置きがあり、後日智一に聞いたらそんな書置きは残していないと言われたり、極めつけは、ある日の仕事帰りに、いつも通りチラチラと点滅する蛍光灯を上り、自分の部屋へ入ろうとすると、郵便受けに茶封筒が入っていた。
中身は手紙のようだったので、玄関に入ってから部屋着に着替えて封を開けると、1枚の便せんが入っていた。そこにはこう書かれていたのだ。
『君を見ている。君は素晴らしく美しくまっすぐな人だ。I rob you 今すぐにでも会いに行きたい』という気持ちの悪い手紙が入っていたのだ。
林巡査に相談にも行ったが、ありふれた手紙の内容だし、脅迫めいた記載もない、無言電話は妙だが、実害がないと警察としては動けないので今は様子見をしてほしいという回答だった。どうすることも出来ず、気持ちの悪い出来事ばかり起きるので、さすがの茜も憔悴しきっていた。
ここまで聞き終えた時に、麻婆炒飯を食べ終えていた浩一郎は、茜の話をさえぎって『その手紙、おかしいと思いませんでしたか?』と疑問を投げかけた。『何が?』と聞き返す茜に浩一郎はこのように説明した。
『いいですか、書いてある文章は正直ストーカーが送ってくるような・・・もちろん、それがストーカーだったとしたらの話ですが、巡査の言うように大した内容ではないと思うんですね。ただ、英語が間違っていますね。もしくはあえてそうしたのかも・・・』浩一郎は怪訝な表情を浮かべた。
『さすが浩一郎君、頭がいいんだね。私は英語が苦手だったから、”love”の綴りを間違えたんだとすっかり思い込んでいたの。でも彼に・・・智一に相談したら、それは”君を奪いに行くっていう悪ふざけなんじゃないか”って言われて初めてゾッとしたのよ。』
『rob』というのは英語で『奪う』という動詞だ。もし仮に智一の言う通りの意味で書かれたとしたら、茜の身に危険が及ぶのではないかというのも納得できる。しかし、実害がないという点で警察が頼りにならないので、母親に相談したほうがいいと助言したのは智一だった。茜としては智一にもっと心強い一言を言ってほしかった気持ちもあるが、状況が状況だけに彼の指示に従った。
思い出しながら話をする茜に、的確な質問をぶつけてくる浩一郎には、感心するとともに『年下のくせに』という気持ちと若干の違和感を感じながらも、もう冷め切った麻婆炒飯をよそりながら、その後の流れを茜は話し出した。
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