第3章:お守りのキーホルダー

智一と約束した土曜の11時20分、茜は待ち合わせ場所である最寄り駅の掲示板前に向かっていた。9時には起きて化粧も済ませて準備はバッチリだった。昨日のことがあったのでカーテンや窓の戸締りは入念に確認した。


待ち合わせ場所に向かうと、智一は先に待っていた。『ごめんなさい。待たせちゃったかしら?』そう言いながらも茜は、時間通りであることを腕時計で確認しながら、なかなか紳士的である智一の様子に感心していた。


『全然ですよ。時間作ってくれてありがとう。いやー、うれしいな!さ、いきましょう!』智一は念願のデートに喜びを隠せない様子で、茜をエスコートした。車通りが多い道では車道側に立ち、茜のペースに合わせて歩いてくれる、まさに紳士を絵にかいたような智一のふるまいに茜は好感を抱いていた。


ただ、一つだけ茜を落胆させたのは案内された食事だった。蕎麦だった。初デートで麵ものを選ぶのはどうかと思ってはいたが、口には出さず、なるべく上品に食べることを心掛けた。それでも智一の印象がとてもいいものであることは変わらず、茜は満足していた。


喫茶店で少し話をして、帰ろうという段になった時、智一はすかさず次の予定を聞いてきた。『その辺もなかなかしっかりしているのね』と茜は思ったが、悪い気はしなかったので鞄から手帳を取り出してスケジュールを確認した。『来週も土曜日は空いてます。日曜は母が来るので、土曜が都合いいですね。』そう言いながら智一を見た。智一もそれを了承し、来週もデートをすることになった。


今度は麺もの以外でお願いしたいと言いかけたが、茜はそれを飲み込むと、最寄り駅の掲示板の前で智一を見送った。改札に入っていく智一を見守りながら、見えなくなる寸前で振り返った智一の顔は笑顔だった。小さく手を振る智一に茜も手を振り返した。『これって恋愛なのかな』なんてことを考えながら、手帳に来週の約束の日時を書きこんだ。


自宅へ帰ろうとすると足元にピンク色のハンカチが落ちているのに気付いた。茜はピンク色のハンカチは持っていないし、智一がピンク色のハンカチを使っていたとしたらちょっと考えてしまう。おそらく落とし物だろうということで、改札の脇にある交番に届けることにした。


交番には一人の警察官が居たので、引き戸をガラガラっと開けて『すみません、落とし物を届けに来ました』と茜は警察官に挨拶をした。


『あ、ご丁寧にご苦労様です』その日勤務していた林 隆文(はやし たかふみ)巡査が茜を迎えた。『持ち主が現れた時に謝礼は求めますか?』とマニュアル通りに林巡査が尋ねたので、『いや、ハンカチくらいなので結構です。大切にしてくださいと伝えてください。』と少し含み笑いをしながら茜は答えた。


『了解しました。ご協力ありがとうございます。』林巡査は敬礼しながらそう言うと、『夜道は暗くなりますから、これ使ってください。』と茜に反射板が付いたキーホルダーを手渡した。


『これなんですか?』


『OLさんとかだと、地味な服を着ていることが多いじゃないですか。車からだと思った以上に見えないんですよね。でも反射板があると、それが目印になって人が居るってわかるんです。』


林巡査は方にかけたペンライトで反射板を照らしながら説明した。『あーそういうことですね。でも青い反射板って珍しいですね。自転車とかで赤とか黄色なら見たことあるけど。』茜はキーホルダーをマジマジと見つめながら言った。


『あぁ、それは山口県限定で作成されたやつなんですが、あまり見かけないので余ったみたいで。先日出張の際に少しもらってきたんです。だから経費も掛からないので差し上げます。お守りにでもしてください。』


林巡査はちょっとバツが悪そうにそういったが、茜は好意を素直に受け取った。男勝りな茜にとっては、赤や黄色よりも青いキーホルダーで良かったとすら思ったくらいだ。

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