二十四、歓談

「陛下、おはようございます」

「おはよう……って、なんで俺の部屋にいるんだよ!」


 朝、宵珉シャオミンが目が覚めると、座椅子に腰をかけた綺珊チーシャンが優雅に茶を啜っていた。ここは宵珉シャオミンの自室である。


「あ、おはようございます!」

「俺の部屋に来るのはいいけど、ふつーに怖いから起きてからにしてくれないか??」

「すみません、退屈だったので」


 宵珉シャオミンは起き上がり、少し寝癖のついた髪のまま綺珊チーシャンの向かいに座る。

 目の前の少年はにこにこと微笑んでこちらを見ている。綺珊チーシャンは忠実な配下──本人談──らしいが、時々宵珉シャオミンに対して気軽すぎる気がする。「妖魔王であることは変わりません!」とか言っていたのに。


「そうそう、近いうち師兄に餐喰散サンハンザンを倒す術を伝授してもらうつもりなんだ」

「えっ、苓舜レイシュンにですか? あの者が術を知ってるんです!? 僕も知らないのに!」

「実はそうなんだよ。それで確認するけど……仮に妖魔王の器である俺が餐喰散サンハンザンを倒しちゃっても問題ないよな? 妖魔界が荒れるとか……」


 餐喰散サンハンザンは妖魔王と仲が良くないから、配下たちが驚くことはないだろうが、餐喰散サンハンザン側の妖魔はどう思うか分からない。反乱とか起こされたら困る。


「大丈夫だと思いますよ。奴の配下も大したことないし……逆に清々すると思います!」

「ならよかった」


 綺珊チーシャンはむしろうきうきした様子でいる。なんて酷い言い様だ。同じ妖魔としての情もないらしい。


(俺の方が同情しちゃったぞ餐喰散サンハンザン……超絶極悪妖魔だけどこんなに嫌われてるなんて)


宵珉シャオミン!」


 そんなところに華琉ホァリウがやってくる。


「あれ、綺珊チーシャンもいる」


 部屋の外からひょいっと中を覗き込む華琉ホァリウは、綺珊チーシャンを見つけると眉を持ち上げた。


華琉ホァリウ、どうした?」

「今日は休暇だしどうしてるかなって思っただけ。それより! おまえら、最近てか交流会の後ぐらいから急に仲良くなったよなぁ。何かあったのか?」


 部屋に入ってきた華琉ホァリウが腕を組んで訝しげに尋ねる。宵珉シャオミンがどう話そうか言い渋っているうちに、綺珊チーシャンが先に口を開く。


宵珉シャオミンさんの修行姿勢に感銘を受けまして。色々教えて貰ってるんです……!」

「ふーん」


 綺珊チーシャンは立ち上がり、華琉ホァリウに笑顔を向ける。そして、気を使ったのか「僕はこの辺で!」と素早く部屋を出ていった。


(結局あいつは何しに来たんだ……?)


 綺珊チーシャンは、宵珉シャオミンにはよく絡んでくるようになったが、依然として他の同輩とは距離を置いているようだった。


梦陽モンヤン宵珉シャオミンに突っかからなくなったし、最初の半年間を考えるとまるで別人みたいだ」

「ま、俺の人徳かな〜」

「この、調子に乗りやがって」


 華琉ホァリウはむすっとした顔をして宵珉シャオミンの額をつんとつつく。

 癖なのか分からないが、華琉ホァリウがよくやるこの仕草を宵珉シャオミンは気に入っていた。


「そういや華琉ホァリウちゃん〜? 一週間前くらいにこっそり出かけてたみたいだけど、なにしてたのかなぁ?」

「なっ、見間違いだろ。俺は何もしてない!」

「へー」

「おい、なにニヤニヤして……まさか見られ……っじゃなくて! ……いいか、師兄にはいうなよ……!」


 華琉ホァリウは顔を赤く染めて焦った様子を見せる。きっと、その頭には晏崔ユェンツェイとの逢瀬が蘇っているのだろう。


「ほいほい、わかってるって」


 脅してくる華琉ホァリウに、宵珉シャオミンは両手を上げて何度も頷く。


 『桔梗仙郷伝』にて、この時点で晏崔ユェンツェイ華琉ホァリウに恋心を抱いてしまっている。

 ある日、晏崔ユェンツェイリン派の仙郷近くまで来た時に、式神を使役して『会いたい』という文を華琉ホァリウの元へ届ける。

 華琉ホァリウは悩んだ末にこっそり仙郷を抜け出して、晏崔ユェンツェイとひとときを過ごすのだ。そこで妖魔との戦闘やら色々あるのだが、二人以外のキャラクターはその内容を知る由もない。


 この密会の次の目玉は洞天仙会だ。


「……突然だけどさ、華琉ホァリウは俺が死んだら悲しんでくれる?」

「なに変なこと言ってんだ。勝手に死んだら殺してやるからな……!」

「えっ乱暴はやめて! てか、死んでたらもう殺せないけど!?」

「そうじゃなくて!」


 機嫌を損ねてしまったのか、華琉ホァリウはまたふてくされた顔をする。

 原作の華琉ホァリウ宵珉シャオミンの死をそれはもうたくさん悲しむから、聞いてみたかったのだ。


 その後、いくつか世間話をして華琉ホァリウは隣の自室へ戻っていく。


「あと一ヶ月だな〜」


 ひとりになった宵珉シャオミンは、奈落イベントの流れを脳裏に浮かべる──。


◇◇◇


 それは、洞天仙会の東西南北対抗戦の最中に起こった。

 阿珉アーミンは足を滑らせた華琉ホァリウを庇って深い奈落へ落下する。


宵珉シャオミンッ!!!」


 華琉ホァリウは叫び、阿珉アーミンを助けるため自分も奈落に飛び降りようとする。


華琉ホァリウダメだ! 底が深すぎる!」

「でもっ……」

「それに、師尊たちが奈落の底は妖魔界に通じていて危険だから絶対に近づくなって言ってたじゃないか。俺たちが飛び降りても、もう間に合わない……!」

「クソ……ッ!!!」


 晏崔ユェンツェイは動揺する華琉ホァリウの腕を掴む。華琉ホァリウは手を振り払おうとするが、晏崔ユェンツェイは力強く握ったまま離す気はない。


(すまない、宵珉シャオミン……今の俺たちじゃ、助けに行けない……)


 晏崔ユェンツェイはどうしようもできない自分の非力さを嘆く。噂に聞く宵珉シャオミンは、修仙者失格の怠惰なサボり魔だと聞いていたが、華琉ホァリウにとっては大切な友人だったのだ。

 華琉ホァリウも最初は抵抗していたが、泣く泣く現実を受け止めたようだった。修行とは命懸けだ。過去にも多くの修仙者たちが、修行中に命を落としている。


「……通り雨だ。このままじゃ霊草を探すのも無理だな。雨宿りしよう。今は気持ちも落ち着けないと」

晏崔ユェンツェイ……」


 晏崔ユェンツェイは力なくぼうっと佇む華琉ホァリウを抱きしめる。すると、華琉ホァリウはおずおずと晏崔ユェンツェイの背に腕を回した。


「……あんなんでも、俺の大切な友人だったんだ……俺を庇って、こんな……」


 華琉ホァリウは震えた声でぽつりぽつりと吐露していく。涙は雨に紛れて隠れてしまった。


◇◇◇


 うんうん、こんな感じだったはず。

 この後、狭い岩陰に身を寄せあって雨宿りする中で、晏崔ユェンツェイは自身の壮絶な過去を打ち明け、二人の心の距離がグッと近づくのだ。


 そこからしばらくして、宵珉シャオミン餐喰散サンハンザンに食い殺されたと知った華琉ホァリウは、苓舜レイシュンから秘術を授けてもらい、敵討ちをする──。というあらすじである。


 推しの恋路のためにも、雨宿りまでは原作通り進めたい。


(敵討ちイベントはなくなっちゃうけど、あの章は最初からなかったことにすればよし!)


 原作改変致し方なし。敵討ちの章がなくともなんとかなるはず。ヘンテコなこの世界のことだから、代わりに宵珉シャオミンが生きていることで別のイベントが発生するかもしれないし。


 洞天仙会まであとひと月。原作との大きな分岐点が着々と近づいてきていた。

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