二十三、対局

 汪澄ワンチェンが仙郷に戻ってきてから、宵珉シャオミンは特に何事もなく日々を過ごしていた。


 朝起きると、数日に一度苓舜レイシュンと共に朝餉を食べ、午後まで修行に励む。夕餉も友と食べたり、苓舜レイシュンと食べたり、とても楽しく充実した毎日だ。


 三ヶ月ほど経った今日は、汪澄ワンチェンと手合わせすることになった。


「みんなの実力を図りたくてね。わたしに一撃でも加えれたら褒美をあげよう」


 そうは言うものの、同輩たちは誰も汪澄ワンチェンに触れられない。汪澄ワンチェンは武器も術も使わずにひょいひょいと躱し続けている。


(余裕そうな顔して……当たってあげる気もないなこりゃ)


 宵珉シャオミンはジト目で汪澄ワンチェンを見つめる。

 そんな中、蒼炎を宿した華琉ホァリウの剣が彼の裾を掠めた。汪澄ワンチェンは僅かに目を見開いて、嬉しそうな顔をする。


華琉ホァリウ、おまえはいい動きをするね。気の流れも、霊根の質も良い。術の習得も早いし、数年もすれば金丹を生成できるようになるはずだよ」

「ありがとうございます、師尊!」


 汪澄ワンチェンに頭を撫でられた華琉ホァリウは喜びを顔にみなぎらせる。自分の成長を認めてくれたことが嬉しいのだろう。

 二人の試合を見学していた周囲も「流石華琉ホァリウだな」と感心している。


「次は宵珉シャオミン。こっちにおいで」

「はい!」


 華琉ホァリウと入れ替わりで、宵珉シャオミンが中央に立つ。向かい合わせになった汪澄ワンチェンを見上げると、やはり読めない頬笑みを浮かべてこちらを見下げていた。


(何考えてんだろ。結局俺のことはなんも言わないし)


 最初に対面して秘密がバレて以降、汪澄ワンチェンは妖魔王のことを言及してこないし、他の誰かに告げた様子もない。そのため、宵珉シャオミンは普通のイェン派の弟子として至って平和な修行の日々を送ってきた。


「来なさい」

「は!」


 汪澄ワンチェンに促されて、宵珉シャオミンは鉄扇を構える。

 この頃になると、他の者達も独自の武器を使い始める。華琉ホァリウは剣が手に馴染むと言っていたが、梦陽モンヤンは槍、綺珊チーシャンは弓使いだ。


(全く隙がない……)


 低級の妖魔などとは違い、相手は何百年も修行を重ねてきた練達者だ。動きが読めない。

 しかし、宵珉シャオミンも数ヶ月を無駄に過ごしてきたわけではない。転生者特権か成長が早いため、最初はおぼつかなかった術の発動や攻撃もスムーズになったし、威力も上がった。間合いを読む力も冴えている。


「いきます!」


 まずは開いた鉄扇を振りかぶって、単純な衝撃波を放つ。汪澄ワンチェンは最小限の動きで難なくそれを交わすが、宵珉シャオミンは続けざまに「はぁっ」と攻撃を発していく。


「その程度じゃ当たらないよ」


 今度は、胸の内で「蒼炎舞」と唱えて、鉄扇の先に蒼炎を灯す。さらに、その上から氷風を纏わせる。


蒼氷乱舞そうひょうらんぶ!」


 蒼炎が風に乗って、ヒュウウ!っと瞬時に汪澄ワンチェンの元まで到達する。

 汪澄ワンチェンは飛び跳ねてその攻撃を交わすが、宵珉シャオミンはその動きを先読みして汪澄ワンチェンが避けた先に回り込む。

 

「いけ!」


 そして、もう一度蒼炎を起こして術を発動する。その蒼炎は汪澄ワンチェンを狙って、矢のように真っ直ぐ飛んでいく。


「おっと」


 汪澄ワンチェンはそれを手のひらで受け止め、ジュッと一瞬にして消火してしまった。


「え〜当たったのに!」

「フフ、そう簡単にわたしは燃やせないよ。それにしてもすごい炎だね」

「ありがとうございます!」


 褒められて素直に嬉しい気持ちになる。ちらりと場外にいる苓舜レイシュンを見ると、彼も僅かに口角を上げていた。華琉ホァリウも「やるじゃねーか」と声をかけてくれる。


宵珉シャオミン、」

「?」


 汪澄ワンチェン宵珉シャオミンの肩に手を置き、耳元に口を寄せる。そして、外野に聞こえないよう囁いた。


「おまえの熟練度は異常なほどだ。とても修行を始めて一年未満とは思えない。……この中に潜む魔力のおかげなんだろうね」

「……っ」


 そう言って、汪澄ワンチェンにつんと胸をつつかれる。


「わたしにとってもおまえの成長は嬉しいものだが、リン派を裏切るようなことをしてはいけないよ。……できることならば、妖魔王の意識は蘇らせない方がいい。"宵珉シャオミン"がこの魔力をコントロールするんだ。いいね」

「はい、わかりました」


 念を押す汪澄ワンチェンに、宵珉シャオミンは深く首肯する。


(なるほど、汪澄ワンチェンは俺と同じことを考えてるようだ)


 宵珉シャオミンとしても、リン派を滅ぼす気などはないし、魔力をコントロールできるようになれば……と思っていたところだった。

 汪澄ワンチェンの腹の底は知れないが、表向きは手を取り合える中だろう。


 話が終わると、汪澄ワンチェンはパッと手を離して、にこりと笑う。


「約束通り、華琉ホァリウ宵珉シャオミンには街で買ってきた饅頭をあげよう」

「「やったー!」」


 修仙者といえどまだ少年。饅頭で喜ぶお年頃である。実年齢は二十二歳でも、美味しい饅頭は嬉しいものだ。


◇◇◇


 苓舜レイシュンの自室で、二人並んで夕餉を食べる。

 今日は野菜の羹と芋の精進揚げである。華琉ホァリウに教わりながら作っていると、梦陽モンヤンが摘み食いをしてきた。


宵珉シャオミン。昼の対局の後、師尊と何を話してたんだ?」

「あっ、やっぱり気になります〜?」


 橋を置いて、苓舜レイシュンが尋ねてくる。それに対して、宵珉シャオミンはニヤリと笑って返す。


「教えてくれないのか?」

「ふふ、師兄には隠すことじゃないですね〜。要約すると、妖魔王に乗っ取られるなよって忠告されました」

「ほう」


 苓舜レイシュンは神妙な顔をする。この人は妖魔王の存在をどう思っているのだろう。


苓舜レイシュンが恋したのは妖魔王だから……逆にはやく俺を乗っ取って欲しいって思ってたり!?)


 悲観的になってしまい、宵珉シャオミンは「いやいや」と首を振る。

 苓舜レイシュンは相槌を打ったきり、特に何も返して来ない。


「そういえば、もうすぐ洞天仙会ですね。琴霞チンシャ山地の八仙門が集まるとか」

「ああ。年に一度の大きな仙会だ。私たちリン派も総出で参加することになる」


 話題を変えると、苓舜レイシュンはいつもの無表情に戻る。


 あと二ヶ月ほどで洞天仙会が開かれる。仙会は琴霞チンシャ山地の中央にある巨大な洞天で行われ、様々な競い事が催される予定だ。


 参加するのは、山地の東西南北にそれぞれ位置する八つの仙門の修仙者たちだ。東峰のイェン派、リン派というように、各方角に二つずつ散らばっている。


 洞天の中には広い山が広がり、仙獣などが住んでいるといわれているが、実は奈落の底は餐喰散サンハンザンがいる黑熾ヘイチー山に繋がっている。現時点でそれを知っているのは、妖魔界の者と作者である宵珉シャオミンだけである。


「他の仙門の弟子たちにも会えるんですよね。楽しみだな〜」

リン派の名を上げなければ。君にも期待しているが……交流会の時のようなことが起こるかもしれない。なにかあれば私に頼りなさい」

「はい!」


 「実はまたとんでもない目に遭います」などと言えるはずもなく、宵珉シャオミンは元気よく頷いた。

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