二十二、師尊
「んんん、寝れない……!」
枕に頭を委ねて、はや虎の刻。
布団の上で何時間経っただろうか。最悪なことに目がギンギンに冴えている。昨日起きた色々なことが重なって、寝付けないまま日を跨いでしまった。
「こうなったら徹夜だ。散歩でもしよう」
外は日が昇っておらず、深い紺色の空に覆われている。弟子たちが起き出すまでまだ一、二時間ある。
(この仙郷が俺の故郷になるなんてな)
しょうもないことで死に、思いもよらない世界に転生する。本当に、人生は分からないものだ。
「おや、寝覚めが早いね。それとも眠れなかったのかな」
「!?」
勾欄に凭れて月を眺めていると、横から声をかけられる。驚いてその方向を見ると、背の高い男が立っていた。
男は穏やかな笑をたたえて、
「ふふ。君はわたしの新しい弟子だね」
「えっ」
雰囲気からして只者じゃない。
「も、もしかして、師尊ですか……?」
「いかにも。ちょうど中夜に天郷での修行を終えてね。驚かせようと忍んできたのだけれど……どうやら君にはバレてしまったみたいだ」
「すみません……」
反射で謝ると、男は「構わないよ」と言ってくすりと笑う。
(この人こそ、
(俺、
飄々としていてミステリアスな感じがかっこいい。それでいて、特定の人──原作では
「君は
「はい!
「こちらこそ。わたしは
「ところで、
「はい」
再び向き直った
そして、
「その胸の中にある魔力は一体どういうことかな? かなり上手く隠してあるから、担当の弟子たちにもバレずに入門できたのだろうね」
「……っ!」
鋭い刃で突かれたように、
(なんで……
逃げられない。緊張に身体を支配される中、何か言わなければを口を開く。
その時、
「師兄……!?」
「
「いえ……」
「長い間ここを守ってくれてありがとう。評判は聞いているよ。
彼は
「その子を庇うようにして立つということは、おまえも魔力のことは知っているみたいだ。各仙狭との契りを忘れてはいないだろうね」
「もちろんです。ですが……この子は魔道などではなく複雑な事情があるのです」
「おまえが一人の弟子に執着するとは珍しい。いいよ、我が
「えっ、俺を捕えないんですか……?」
「まさか。わたしは
「はぁ……」
(ええーっ、そんなノリで許されるのか!? バレたらどうしようって俺の心配はなんだったんだ!)
拍子抜けした
「わたしや
(秘魔の紗が硬く、厚くなっていく……)
数十秒が経ち、
「これでしばらくは大丈夫だろう。ここにいる分にはいいけれど、君に対しての警戒は怠らない。それじゃあ、また明日」
「ありがとうございます……?」
他の強力な修仙者にバレないように、
「師兄、ありがとうございます」
「先程はちゃんとしたお礼もいえずにすみませんでした」
「いいや。私の方こそ勝手に君のことを話してしまってすまない」
「いえ!」
「師尊は無闇矢鱈に人の秘密を話したりしない方だ。ああ言ってくれた以上、しばらくは君を悪いようにすることはないだろう」
「師兄、本当にありがとうございます!」
ここに来てからというものの、
「昨日、俺の魔力ってかなり漏れてましたか? 皆に分かるくらいに……」
「いや、湖の傍に寄ってやっと違和感を覚える程度だ。弟子たちも、外にいる監視役の者たちも気づかなかったと思う。君の別の姿も私以外には見られていないはずだ」
「そうですか……」
他にバレていないことに安堵する。
遠くに居たであろう
それにしても。
「……師兄は俺が隠してたことを知っても、優しく接してくれるんですね……」
「君が何者であれ、私の大事な弟子だ。今後も、それが変わることはない」
「師兄……!! その……明日から、また一緒にご飯を食べてもいいですか?」
「ああ」
前と同じように優しく頷いてくれる
◇◇◇
「今日からよろしくね。優秀な弟子が指導してくれたみたいだから、今までの修行とあまり変わらないけれど」
汪澄(ワンチェン)の隣に、
(こうみると、やっぱり師尊の方が熟練者だな)
師ではなく、だれかの弟子としての
修行内容は特に変わりはない。瞑想など精神統一をして霊力を蓄え、教書に習って術を習得する。そして、演習場で仙術や剣術の鍛錬をする。
やがて休憩時間になり、
もう慣れたが、修行というものはかなり体力を消費するから、こまめに身体を休ませなければならない。
「陛下ー!」
木陰で休んでいると、
「
「あ、気をつけます」
本当に分かっているのだろうか。
それに、離れたところから痛い視線を感じる。皆、普段ずっと独りでいる
「そういえば、
「ううっ、まるで陛下が記憶喪失になられたみたいで辛い……」
「いいから」
「つれないですね〜僕は煙龍ですよ」
「え、煙龍!?」
(煙龍って言ったら、高ランクの中でもトップクラスの種族じゃねーか!)
妖魔にはそれぞれ種族があり、煙龍はその中でも特に優れた妖魔だ。大昔、龍は信仰の対象として仙界でも敬われていたが、龍の中の煙龍族は魔に堕ち、妖魔となったと言われている。ちなみにとても強い。
(まさか、この少年が煙龍だったなんて……一体何年生きているのやら)
「なら
「ええ、もちろんです。あの忌々しい犬野郎ですね」
「忌々しい?」
「あの図太い犬はずっと陛下に楯突いているので、陛下も嫌っておいででしたよ。でもまあ、あれでも
やはり仲が悪いのか。この
(というか、あの巨躯を犬呼ばわりって!)
「今の俺が
「純粋な霊力のみを用いるのであれば、正直いって厳しいです。気に入らないですが、あの犬も一応高ランクですし、特定の術でしかトドメを刺せないという厄介な面もありますから」
「なるほど」
秘術なしでも
「でも、この前のように魔力さえ解放すれば陛下なら術がなくても倒せますよ! やっとあの牛を片付ける決心が着いたんですね〜! 僕としても嬉しい限りです」
「いや、魔力は解放しないけど」
「ええっ、どうしてですか!」
「あー、また倒れたりしたら大変だから」
昨日のように魔力を解放するのは、精神も妖魔王に侵食されるリスクがあるから、なるべくしたくはない。
(
洞天仙会まであと数ヶ月。それまで大きなイベントはないため、今後はひたすら修行に励むことになる。
(もう少し実力をつけたら、それとなく
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