二十、告白

「──珉、宵珉シャオミン


 苓舜レイシュンの呼び声に、ハッと弾かれたように目を覚ます。

 宵珉シャオミンは寝台に寝かされているようだった。薄茶の天井が目の前にあり、背には張り付く汗と布団の温もりが感じられる。

 どうやら、この感じからして容姿は元に戻っているようだった。


「ここは……」


 宵珉シャオミンが額に手を当てて、のそりと上体を起こすと隣から安堵のような息遣いが聞こえてきた。


レイ師兄……」


 寝台の傍で、苓舜レイシュンが緊張の解けたような顔をして宵珉シャオミンを見ている。


「すまない、起こしてしまった。魘されていたから」

「ありがとう、ございます……変な夢を見てて……師兄のおかげで目覚めることができました」

「そうか」


 まだ脳は覚めきらず、ぼうっと覚束無い。宵珉シャオミンが状況を把握しようと苓舜レイシュンは苦しげな顔をしている。


(ここは師兄の部屋だ。俺は妖魔を倒した後、どうなったんだろう)


 宵珉シャオミンは記憶を手繰り寄せるうちに、イェン派との交流会の最中であったことを思い出す。


「狩りは、妖魔狩りはどうなりました!?」

「もう終わった。今は夜だ」

「そんな!」


 首を横に振る苓舜レイシュンに、宵珉シャオミンは絶望して肩を落とした。


(一位になろうと意気込んでいたのに、俺はたったの八点……。くそ! あの湖にさえ落ちなければ……)


 そう落胆する宵珉シャオミンを励ますように苓舜レイシュンは話を続ける。


「首位は晏崔ユェンツェイだ。そして次点は君だ」

「俺が二位っ!?!?!?」


 宵珉シャオミンは部屋中に響き渡る声で叫ぶ。そして、ぽかんと口を開けたまま苓舜レイシュンの言葉を反芻する。

 たしか、原作の晏崔ユェンツェイの最終ポイントは四十八点。次点の華琉ホァリウが二十七点だった。


「でも、俺は八点じゃ……」

「君の得点は二十八点。鍾乳洞で倒した妖魔が、点数に加点されていた。つまり奴も秘境の主であったということだ」


 なるほど。簡単に言えば奴は秘境の裏ボスであり、今回の妖魔狩りでは二十点相当であったということか。

 宵珉シャオミンは申し訳ない気持ちになり、「あちゃー」とため息をひとつ零す。まさか自分が、あの二人の間に挟まる間男となってしまうとは。


( でも、おかげで苓舜レイシュンも俺の強さを分かってくれたんじゃ……って、待て待て待て、俺がこの部屋にいるってことは!)


 宵珉シャオミンはとんでもないことに気がつき、サーっと血の気が引いていくのを感じる。


苓舜レイシュンに魔力のことがバレた……!!)

 

 苓舜レイシュンは鍾乳洞の妖魔のことを知っていた。つまり、ここまで宵珉シャオミンを運んでくれたのは、苓舜レイシュンなのだ。


 もはや、妖魔狩りで成果を上げて好感度と信頼を勝ち取り餐喰散サンハンザンを倒す秘術を教えてもらう……そんなどころではない!


 まさに絶体絶命のピンチだ。修仙者が魔力を持つなど禁忌……。さらに、妖魔王の器ということもバレてはいまいか。


「あのう……師兄…………」

 

 なにか弁解をしようとするが、今更なにを言っていいのかわからない。そして、あまりに恐ろしくて苓舜レイシュンの顔を見ることができない。


宵珉シャオミン、その魔力はなんだ?」


 宵珉シャオミンの変化に気がついたのか、苓舜レイシュンは声色を変えて単刀直入に尋ねてくる。


(ああ、やっぱり……!)


 これからどうなるのだろう……。リン派から追い出されるのか。殺されるのか。


「問いを変えよう。貴方のような仙人様が、なぜリン派の弟子なんかに成りすましているんだ」

「へ……?」


 想定外の問いかけに宵珉シャオミンは虚をつかれる。


(仙人様……?)


 仙人様といえば、最初の頃に苓舜レイシュンが俺のことをそう呼んでいた。忘れもしないあの壁ドン事件だ。


(成りすましって……俺の魔力となにか関係があるのか?)


 思い出せ、宵珉シャオミン。あの時、苓舜レイシュンはなにか重要なことを言っていなかったか。


『私はずっとあなたを探してたんだ! あなたに会うために仙郷に入り、あなたに追いつくために修行を積んできた……』


 突然、記憶の一番隅の方に引っかかっていた苓舜レイシュンの言葉が呼び起こされる。あの時は動揺して、苓舜レイシュンの話を聞く余裕がなかったが、たしかこんなことを言っていたのだ。


(つまり、苓舜レイシュンは仙人様とやらを追って、修仙者となった……。それって……)


 なんということだ。宵珉シャオミンは天を仰いで叫びたくなるのをぐっと堪える。

 宵珉シャオミンにはその仙人様に心当たりがあった。というか、心当たりがありすぎた。


(仙人様は苓舜レイシュンの初恋の人だ!)


 宵珉シャオミンが考えていた苓舜レイシュンの過去では、昔彼はとある人物に助けられ、その人物を追うために仙狭に入る。

 きっと、その人物こそが、苓舜レイシュンが「仙人様」と呼ぶ人なのだ。そして──。


宵珉シャオミン、鍾乳洞の妖魔を倒した時のことを覚えているか?」


 何も言わない宵珉シャオミンに対して、苓舜レイシュンは苦く、そしてどこか興奮した調子で続ける。


「あの時、君の姿が変わっていた。背丈は私と同じくらい。髪や目の色は同じだが、今の君より五年ほど成長していた。……過去に、私を助けてくれた仙人様そのものだった」


 そう話す苓舜レイシュンの声は少し震えていた。

 やはり、苓舜レイシュンは妖魔王に変身した宵珉シャオミンの姿を見たのだ。


苓舜レイシュンの初恋の人は妖魔王……。カミサマ、なんてことしてくれたんですか!?)


 宵珉シャオミンはこの世界を作った天に向かって文句を叫ぶ。たしかに、原作では苓舜レイシュンの初恋の人をまだ出していなかった。だからといって、妖魔王はないだろう! 細かい設定を考えなかった見通しの甘さが祟ったのか!


(ええい! こうなれば俺のためにも苓舜レイシュンのためにも本当のことを打ち明けるしかない……苓舜レイシュンの優しさに賭けてみよう)


 宵珉シャオミンは意を決して、苓舜レイシュンの目を見て事情を語り始める。


「師兄、実は……俺の身体の中には魔力が埋め込まれてるんです。それも強力な……」


 苓舜レイシュンは頷き、静かに宵珉シャオミンの話を聞いている。どんな気持ちかは彼の表情からは読み取れない。


「信じられないかもしれませんが、この魔力は妖魔王のものなんです……。頭がおかしくなったんじゃないですからね! 本当なんです!」

「妖魔王!? 妖魔界の長である、あの妖魔王か?」

「はい。どうやら、俺は妖魔王の器ようで……」

「器? 君はなんの話をしているんだ……? なぜ妖魔王の魔力が君の中にあるんだ」

「幼い頃の記憶がないので、なにがどうなっているのか俺にもよく分からなくて……」


 宵珉シャオミンは正直に話すが、苓舜レイシュンは困惑するばかり。


(変なことを言ってる自覚はある……あるけど他にどう説明すればわからない)


 さらに、宵珉シャオミンにはもうひとつ確認しなければならないことがあった。


「師兄、先程俺の姿が変わったのは、その魔力が溢れてしまったからだと思と会ったことはないけどのおっしゃる仙人様とはもしかして妖魔王だったのでは」

「……」

「俺はここに来る以前に師兄と会ったことがありません。そうなってくると、やはり……」


 仮定として話したが、宵珉シャオミンはもう確信していた。

 苓舜レイシュンは一度目を伏せて、それから「そうか」とひとつ呟いた。そして、その場に立ち上がる。


宵珉シャオミン、話してくれて感謝する。また今度、詳しいことを聞かせてほしい」

「はい」

「それと、今日の狩りではよく頑張ったな。君と華琉ホァリウを推薦してよかった」

「師兄……!」


 突き放されることを覚悟していたが、予想外に苓舜レイシュンは微笑んで嬉しい言葉をかけてくれた。

 正統を重んじるリン派の修仙者でありながら魔力を秘めている、しかもそれを隠していたのに……。


 柔らかい苓舜レイシュンの雰囲気に宵珉シャオミンもほっとした顔を見せる。

 すると、苓舜レイシュンはそのまま「私は別室で過ごそう。今夜はここで安静にしていなさい」と言い残して、部屋を出ていった。


 苓舜レイシュンの気配が遠ざかっていくのを確認すると、宵珉シャオミンはぼふんっと布団に横になって深呼吸をする。


「よかったぁ……案外どうにかなるもんだな」


 魔力に気づいた最初の頃は、「こんなことがバレたら終わりだ!」と怯えまくっていたが、苓舜レイシュン宵珉シャオミンを追放しようとも、殺そうともしなかった。

 初恋の人が妖魔王だと知ってショックを受けたに違いないのに、最後には優しい言葉もかけてくれた。


「やっぱり好きだ! このイケメンめ……!!」


 宵珉シャオミンは布団に顔を埋めて悶える。苓舜レイシュンのいい男っぷりに、愛おしさが深まるばかりである。


 今日話したことを、苓舜レイシュンは他に漏らしたりはしないだろう。だから、今は一先ず安心だ。これからどうなるか予想もつかないが……。

 また魔力が解放されたらどうしよう。次こそ完全に乗っ取られてしまうかも……。


「ん……?」


 宵珉シャオミンがあれこれ考えていると、突然ガチャッと部屋の扉が開かれる。


 苓舜レイシュンが戻ってきたのか。

 そう思い再び起き上がると、入口には苓舜レイシュンではなく少年が立っていた。


綺珊チーシャン……?」


 そう、この少年は綺珊チーシャンだ。

 綺珊チーシャンは寝台の上にいる宵珉シャオミンを認めると、「失礼します」と拱手した。

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