十七、交流会〈二〉

 横から姿を現した晏崔ユェンツェイ宵珉シャオミンは驚く。こんなところで接触するとは想定外だ。


(顔こわっ!?)


 消えていく邪鬼を見つめる晏崔ユェンツェイ表情が氷のように冷たくて、宵珉シャオミンは少し脅えてしまう。あの視線を向けられたら、絶対に死ぬ……!


 晏崔ユェンツェイの過去を思えば、それもそうだ。両親を妖魔に殺されたのだから、修行といえど妖魔を相手にすると怒りが沸きあがるに違いない。


「あれ、宵珉シャオミンじゃないか」


 晏崔ユェンツェイ宵珉シャオミンの存在に気がつくと、ぱちぱちと瞬きをして雰囲気が柔らかくなる。どうやら、名前を覚えてくれたらしい。


「さっきの技、すごい火力だな! 流石、イェン派自慢の弟子だ」

「ありがとう! 君は順調にいってる?」

「いやー、ここらは低級しかいなくて点数はまだ全然さ」

「はは、俺もだよ」


 晏崔ユェンツェイは同意するが、その手には八の字が浮かんでいる。既に三点差があるということだ。


(ぐぬぬ……すぐに抜かしてやるからな!)


 重要イベントさえ壊さないようにしていれば、多少の原作改変は許されるだろう。ここで晏崔ユェンツェイが一位にならなくとも、今後の展開に影響は及ばないはずだ。……多分。


「そうだ! 君に聞きたいことがあるんだけど……」


 晏崔ユェンツェイは煮え切らない態度で話す。


「どうしたんだ?」

「その……前回の交流会から今日まで、華琉ホァリウは怒ってなかった?」


 宵珉シャオミンは僅かに目を見開く。

 なんということだ。最強主人公が華琉ホァリウのことを気にして眉を下げている。


 宵珉シャオミンは上機嫌になり、自然と口角が上がっていく。


「どうして?」

「仲良くなりたいと思ってたのに、なんだか怒らせちゃったみたいで……」


 悲しげに零す晏崔ユェンツェイに、宵珉シャオミンは「なるほど」と頷く。


 晏崔ユェンツェイ華琉ホァリウは前回の交流会で初めて出会い、そこで一体一で手合わせすることになった。結果は晏崔ユェンツェイの勝利だ。

 その後、晏崔ユェンツェイは倒れた華琉ホァリウに「大丈夫か?」と手を差し伸べるのだが、悔しさを噛み締める華琉ホァリウは咄嗟に手を振り払ってしまう。後々、華琉ホァリウは「あいつは悪くないのに悪いことしちまった……」と項垂れるのだが。


「たしかに華琉ホァリウは怒ってたけど、おまえに対してじゃない。まぁ、あれだ。仲良くなれるから安心して!」

「本当か!?」


 宵珉シャオミンは確信を持ってウインクとグッドポーズを送る。すると、晏崔ユェンツェイは目を輝かせた。

 

晏崔ユェンツェイはどうして華琉ホァリウと仲良くなりたいんだ?」

「えっ!? その……真剣な眼差しがかっこいいなって……それに、とても真面目な子だろう。かわいらしいところもあるし……」

「なるほどなるほど」


 晏崔ユェンツェイの言葉に宵珉シャオミンは感動していた。

 まさか、本人の口から華琉ホァリウへの感情を聞けるとは。

 晏崔ユェンツェイはまだ自覚していないが、この時点で華琉ホァリウに恋をしている。


「ありがとう、一先ず安心したよ……。競技中にごめんな。お互い頑張ろう!」

「おー!」


 晏崔ユェンツェイは胸を撫で下ろし、手を振って去っていく。


「よし、まずはあいつに追いつかないとな」


 宵珉シャオミンは気合いを入れ直し、妖魔を探して駆け回る。


「おっと、こっちはダメだな」


 無意識にボスが出現する場所の近くまで来てしまい、慌てて方向転換をする。

 今俺が遭遇したら、晏崔ユェンツェイ華琉ホァリウのイベントが発生しなくなってしまう。


(影から眺めるくらいなら許されるかなぁ……終盤になったら様子を見に来よう)


 宵珉シャオミンは緩む顔を引き締めて、自分の狩りに集中する。

 先程から数人の弟子たちの姿を見かけるが、華琉ホァリウ梦陽モンヤンとは出会わない。この秘境はとても広いから、真反対の場所にいるのかもしれない。


 やがて、宵珉シャオミンは小さな湖に辿り着いた。新緑に囲まれ、どこか神秘的にも思われる。


(何かいるな……)


 辺りを警戒していると、苔むした岩陰から、ズルっと引き摺るような音が聞こえてきた。


 宵珉シャオミンは鉄扇を構える。

 すると、鱗を纏った大蛇が威嚇しながら首を伸ばして、噛み付こうと牙をむく。


「せいっ!」


 宵珉シャオミンが鉄扇で疾風を起こして、その攻撃を跳ね返すと、大蛇は「ギィィ」っと耳障りな喚き声を上げて身体を縮ませた。


蛇妖ジャヨウだ……!」


 蛇妖は中級妖魔だ。数メートルの長さの太い胴は硬い鱗に覆われている。加えて、頭は龍のような形をしており、左右に腕が生えている。

 大きく裂けた口からはズラリと並ぶ尖った牙が光り、その牙に噛まれると全身に毒が回ってしまう厄介な妖魔だ。致死の毒ではないにしろ、噛まれてしまえば暫く身動きは取れない。


「ははっ、ようやく三点の獲物が来たぞ」


 宵珉シャオミンが喜ぶ一方で、蛇妖は舌を伸ばして荒い息を吐きながら、獰猛な目つきで宵珉シャオミンの隙をうかがっている。


氷焔ひょうえん!」

 

 宵珉シャオミンは鉄扇を天に掲げ、術を発動させる。氷焔はリン派の応用仙術で、蒼炎と共に氷風を巻き起こすものだ。新しい仙術を試すのに、妖蛇は丁度いい相手である。


「くらえッ!」


 宵珉シャオミンは掲げた鉄扇を、蛇妖に向かって思い切り振り翳す。反動で結んだ髪が靡き、衣が揺れる。


「ギィィッ!!!」


 氷風が妖蛇の身体を包み瞬く間に全身を氷結させる。すぐさま風に煽られた蒼炎が凍った妖蛇を溶解させ、断末魔を上げながら粉々に熔けて消えていった。


「おおっ! かなり上手くいったぞ!」


 手の甲に八の字が浮かぶ。ようやく晏崔ユェンツェイに追いつけた。

 ここまで六体を相手にしてきたが、宵珉シャオミンは無傷だ。そして、狩りはまだ序盤。この調子で倒していけば晏崔ユェンツェイを追い越せるかもしれない。


「師兄〜! 俺の勇姿、見えてますか!」


 宵珉シャオミンはこめかみに指を添えて、苓舜レイシュンに信号を送る。

 監督席からは各弟子たちの現状の点数を確認することができるはず。肝心な人に活躍を知ってもらわねば意味がない。


『なかなか頑張っているようだが、今は集中しなさい』

「はーい」


 苓舜レイシュンからため息混じりの呆れ声が返ってきた。直接脳内に響く声も凛としていて心地よい。どうやら、ちゃんと見てくれているようだ。


「それじゃあ、期待しててくださってうわぁぁあああっ!?!?」


 浮かれた調子で話しながら歩いていると、泥濘に足を取られ、そのままバシャンッと勢いよく湖の方へ倒れてしまう。

 宵珉シャオミンはその衝撃にぎゅっと目を瞑る。


宵珉シャオミン、何かあったのか? 宵珉シャオミン?』


 苓舜レイシュンの焦った声が耳に届く。しかし、宵珉シャオミンはそれどころではなく、得もしれぬ浮遊感に襲われていた。

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