十六、交流会〈一〉

 交流会当日。リン派の新入り弟子たちは、朝早くから苓舜レイシュンに連れられて、仙郷の南にある切り開かれた山地に集まっていた。

 ここはリン派の領域内で、山一つ分の広大な秘境の入口だ。入口の門の奥には木々が生い茂り、高低差の激しい谷や崖が広がっているのが見える。


「お、イェン派が来たぞ」

「相変わらず自信に満ちたご登場だな」


 どうやら今日の交流相手であるイェン派がやってきたようで、周囲がざわめく。

 宵珉シャオミンが正面を見ると、紅白の服を纏った修仙者が十数名、文字通り空から飛んできていた。


(流石主人公の属する仙門! 登場がカッコイイ〜〜!!)


 イェン派一行は降り立つと、リン派の前に並んで立つ。すると、引率の背の高い男が苓舜レイシュンに近寄っていく。

 おそらく、あの男は苓舜レイシュンと同時期にイェン派に入門した緋揺フェイヤオだ。人好きのする穏やかな雰囲気を纏っている。


「あっ」


 宵珉シャオミンは真ん中付近に凛と立つ少年を見て、声を上げる。この少年こそ、『桔梗仙郷伝』の主人公・晏崔で《ユェンツェイ》ある。

 まさに、宵珉シャオミンが脳内で思い描いていた通りのビジュアルだったので、ひと目で分かったのだ。


(カミサマありがとう! 俺の想像そのものの晏崔ユェンツェイが目の前に存在する!)


 キラキラと輝く翡翠の瞳に、さらりと流れる緑の黒髪、爽やかで静謐な顔立ちが眩しい。嗚呼、イケメンだ……。


 晏崔ユェンツェイはキョロキョロと辺りを見渡した後、こちらを見るなりぱあっと顔を明るくさせて駆け寄ってくる。その視線は宵珉シャオミンの隣に立つ華琉ホァリウに注がれていた。


(ついに、晏崔ユェンツェイ華琉ホァリウの二人が俺の目の前で交流を……!)


 宵珉シャオミンはささっと隣に移動して、二人の交流を拝むことにする。

 身長は華琉ホァリウより、晏崔ユェンツェイの方が少し高い。


華琉ホァリウ、久しぶり!」

「……晏崔ユェンツェイ

「あれ、少し背が伸びたか? 今日はよろしくな」

「ふん、余裕ぶってられるのも今のうちだ。今に見てろ、俺はおまえなんかに負けないからな!」

「ははっ、俺も負けないぞ」


 スパダリ晏崔ユェンツェイにツンケンする華琉ホァリウ。このやり取りは実際に原作にある会話だ。

 宵珉シャオミンからすれば、まるで体験型ドラマを見ているような気分である。


(こうやって直に見てみると、オーラが違うな……主人公だからか、なんかキラキラしてる気がする……)


 二人の会話が終わると、晏崔ユェンツェイ宵珉シャオミンに声をかける。


「君は……」

「俺は宵珉シャオミン。前回の交流会には不参加だったから、初めましてだな!」

晏崔ユェンツェイだ。よろしく頼む」


 宵珉シャオミンはなるべく良い第一印象にしようと精一杯の笑顔で自己紹介をした。すると、晏崔ユェンツェイも微笑んで答えてくれる。


晏崔ユェンツェイには嫌われないようにしないとな……)


 殺されるかもしれない相手だ。仲良くしておかねば。


晏崔ユェンツェイ〜、師兄が呼んでるよ!」


 続けて、三つ編みの少年が手を振りながらこちらへ走ってくる。

 すると、晏崔ユェンツェイは少年に向かって「角柳ジャオリウ」と呼んだ。


(おおっ、この子が角柳ジャオリウか……!)


 宵珉シャオミンは感慨深い気持ちになり、腕を組んで角柳ジャオリウを観察する。


 彼は晏崔ユェンツェイの同輩で親友だ。そして、こんなにかわいい顔をしながら、師兄である緋揺フェイヤオを自分のものにしようと画策している腹黒である。

 加えて、晏崔ユェンツェイに追いつきそうなくらい才能があるという強キャラだ。


「久しぶりだね、華琉ホァリウ。隣の君は友達?」

宵珉シャオミンだ。よろしく!」

「僕は角柳ジャオリウ! 同年代だし仲良くしよう」

「ああ」


 差し伸べられた手を取り、握手を交わす。

 是非とも角柳ジャオリウには、師兄を籠絡する術を教えて貰いたい。


「そろそろ始めようか」


 苓舜レイシュンとの打ち合わせが終わったのか、緋揺フェイヤオが手を叩いてその場を制する。

 雑談していた弟子たちは整列して、師兄たちの方を向いた。


「今回は洞天仙会に向けての合同訓練のようなものだ。東に位置する仙門同士高め合おうということで、交流会を行うことにしたんだ」


 緋揺フェイヤオが交流会について話していく。

 イェン派とリン派は共に仙界の東に仙郷が位置し、扱う仙術も似ており、昔から互いに深い関係にある。入門試験も同時期に行われるため、緋揺フェイヤオ苓舜レイシュン晏崔ユェンツェイ華琉ホァリウなどは同年代のライバル弟子となるのだ。


「今回は妖魔狩りを行う。制限時間内に秘境の妖魔を倒し、なるべく高い点数を稼ぐこと。低級を倒せば一点、中級は三点、ボスを倒せば二十点だ。点数は手の甲で確認できるようにしてある」


 今回の秘境には、演習の時のような低級の邪鬼だけではなく、様々な妖魔が蔓延っている。演習時より難易度は高い。さらに今回は個人戦だ。他の誰かの力を借りることは出来ない。


イェン派からの推薦は晏崔ユェンツェイ角柳ジャオリウ。二人とも中々手強いよ」


 緋揺フェイヤオが注目選手を発表すると、晏崔ユェンツェイは自信のある顔つきで頷く。

 一方、角柳ジャオリウは「師兄が僕のことを推してくださるなんて……♡」と師兄にメロメロだ。


リン派は華琉ホァリウ宵珉シャオミンを推薦する」


 続けて、苓舜レイシュンが推薦枠を発表した。

 すると、華琉ホァリウ晏崔ユェンツェイに向かって得意げな顔をしてみせる。

 宵珉シャオミン梦陽モンヤンたちから悔しげな視線を向けられたが、にやりと笑ってピースで返しておいた。


(ひひっ、注目されるのも悪くないな)


 期待に応えられる自信は十分にある。このひと月ほどでとても強くなったのだ。


「秘境の中では、常に私か緋揺フェイヤオの意識と繋がるようにしてあるから、なにか問題が起きた場合はすぐに報告しなさい」

「銅鑼が鳴ったら開始だ。準備はいいか?」


 苓舜レイシュンの注意事項に続けて、緋揺フェイヤオが開始の合図を出すために手を掲げる。


華琉ホァリウ、言っとくけど俺も勝つ気だからな」

「ふん、一位になるのは俺だ」


 宵珉シャオミンが言うと、華琉ホァリウも口角を上げて目を細める。


「開始!」


 緋揺フェイヤオが叫んだ瞬間、ドォォンッと銅鑼が鳴り、秘境の門が開いた。すると、弟子たちは一斉に走り出し、秘境の中へと散らばっていく。


(さて、どうしようかな)


 宵珉シャオミンも走って秘境の中に入り、周囲を観察する。ゴツゴツとした岩や高低差のある地面、高く聳え立つ樹木。ひとつの山の中に入ったような雰囲気だ。


 今回は華琉ホァリウ晏崔ユェンツェイ角柳ジャオリウモン兄弟など手強いライバルが多い。

 その中で一位を狙うならば、ボスを狙うのが手っ取り早い。


(でもなぁ……)


 原作では、秘境のボスを最初に見つけるのは華琉ホァリウなのだが、ハプニングによりボスがかなり手強く、急所を突かれてしまい動けなくなる。

 その危機一髪のところで、華琉ホァリウを助けるのが晏崔ユェンツェイだ。

 

 悲しいかな、宵珉シャオミンにはその美味しいシチュエーションを奪うことはできなかった。


(俺は大人しく小物を狩りまくるしかない……。くそー! ボスのことなんて忘れてたよ!)


 というわけで、宵珉シャオミンは人の少なそうな秘境の端を目指して走り、片っ端から小物を狩っていくことにした。


 数分も経たないうちに呻きながら這い回る巨大なトカゲのような妖魔を発見する。


「はぁっ!」


 宵珉シャオミンが鉄扇を扇いで術を使うと、一瞬にして蒼炎が上がり、燃え尽きてしまった。この程度の妖魔は一振りで簡単に倒せる。


 その後も、コウモリの羽の生えた飛び回る妖魔や、大きな口と鋭い牙を持つ二足歩行の妖魔、ドロドロした邪鬼など低級の妖魔を次々と倒していく。

 低級の妖魔には人型はおらず、使う術や攻撃、行動パターンも単純なものが多い。


「低級しかいないぞ……」


 宵珉シャオミンが手の甲を見ると、そこには五の字が浮かび上がっている。まだ五点しか取れていないということだ。


(中級の妖魔を探さないと……)


 そう考えながら走り回っていると、道が交差しているところに、邪鬼がいるのを見つけた。


 宵珉シャオミンは鉄扇を開いて攻撃態勢に入る。


「えっ」


 ところがその瞬間、右の方から赤い炎が放たれ、邪鬼が消し炭となってしまった。


イェン派の紅炎だ!)


 宵珉シャオミンが炎の出処を見ると、長剣を構えた少年が姿を現す。


晏崔ユェンツェイ……!」


 宵珉シャオミンは思わぬ遭遇に声を上げる。

 冷ややかな表情で剣を握り、塵となった邪鬼を見つめるその少年は晏崔ユェンツェイだった。

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