十一、胃袋掌握〈一〉

「疲れたぁ……」


 宵珉シャオミンは演習場から宿舎へ戻り、廊下をとぼとぼと歩いていた。


「あ、宵珉シャオミン!」


 すると、なぜか宵珉シャオミンの自室の前に立っている華琉ホァリウと目が合う。

 そして、駆け寄ってきた華琉ホァリウは腰に手を当てて言った。


「おまえ、どこいってたんだよ。様子を見に来たら部屋に居ないし」

「あー、ちょっと外で修行してて……」

「外って、まさか実践演習を!? って、その腕はどうしたんだ……!」


 華琉ホァリウ宵珉シャオミンの右腕を指す。

 宵珉シャオミンが右腕を見ると、深衣に血がじわりと滲んでいた。


(えっ、あれっ、ちょっと掠っただけじゃなかったっけ!?)


 宵珉シャオミンは気が付かなかったが、先程の梦陽モンヤンの攻撃が、想像よりも宵珉の腕を傷付けたらしい。


「あはは、転んじゃった……」


 宵珉シャオミンは誤魔化すように頬を掻く。


梦陽モンヤンにやられたとか、かっこ悪くて言えない……!)


「それ、誰かにやられたのか?」

「へ?」

「チッ、梦陽モンヤンのやつだな! まったく、いつも宵珉シャオミンに突っかかって、なにがしたいんだ!」


 どういうわけか正解に辿り着いてしまった華琉ホァリウが険しい表情を浮かべる。もしかして、前にもこんなことがあったのだろうか。


「ま、まて、華琉ホァリウ! これは俺が躱しきれなかっただけ!」


 梦陽モンヤンも強い力を込めていたわけではないし、宵珉シャオミンの身体が動かなかっただけなのだ。怒ってくれるのは嬉しいが、挑発したのは宵珉シャオミンであるから、梦陽はなにも悪くない。


「なんで庇うんだよ。前もいじめられただろ?」


 華琉ホァリウはムッとする。

 なるほど。以前にも、梦陽モンヤンが突っかかってきたことがあるのか。


「あーでも、今回は大丈夫だって! それよりお腹が空いたから、台所に行かないか?」

「能天気だな……。ほら、腕を怪我してるんだから、料理はできないだろ? 俺が作ってやるから部屋で待ってろ」

「いや、大したことな……」


 宵珉シャオミンは「料理くらい作れる」と言おうとしたところで、ハッと気がつく。


(待てよ、これは華琉ホァリウの手作りご飯を食べれる貴重なチャンスでは……!?)


 宵珉シャオミンはにやけ顔を抑え込んで、華琉ホァリウを上目遣いに見る。


「なら、お願いしようかなぁ……」

「ああ」


 華琉ホァリウは頷く。

 宵珉シャオミンは浮かれた気分で、台所へ向かう華琉ホァリウを見送り、自室に戻るのであった。


◇◇◇


 収納に仕舞われていた別の衣に着替えて寝台に座り、右腕の傷の処置をしていると、ふわりと美味しそうな香りが漂ってくる。「ぎゅるるるる」と腹の音が鳴った。


宵珉シャオミン、作ってきてやったぞ」

華琉ホァリウ!」


 入口の方を見ると、華琉ホァリウがお盆に茶碗を二つ乗せて持ってこちらへ歩いてくるのが見える。

 そして、そのひとつを宵珉シャオミンに手渡す。宵珉シャオミンはそれを両手で受け取る。あたたかい。


 お椀の中身は、茸や根菜を出汁で煮込み、米と合わせた山菜粥のようである。

 修仙者らしく質素であるが、すごくいい香りがして食欲をそそられる。

 同じ精進料理のはずなのに、前回自分で作ってみたのとは大違いである。素朴なのがむしろ素材の良さを引き立てているように思う。


「いい匂い〜! 華琉ホァリウ、料理上手だなぁ」

「まぁ……昔から慣れてるし」

「そっか」


 華琉ホァリウは照れ隠しのように視線を逸らす。

 そうだ。華琉ホァリウは幼い頃に母親を亡くしてから、ずっと家事全般をこなしてきたのだ。

 「良い伴侶になりそう」なんて思ったが、それを言ったらまた怒られてしまうので、口には出さない。


 華琉ホァリウが食べたのを見て、宵珉シャオミンも匙で掬いパクリと頬張る。


「うま〜!!」


 宵珉シャオミンは頬を緩める。

 出汁がよく効いていて、疲れた身体に染み渡る。魚もほろほろだし、野菜も柔らかくて甘い。


「別に、大したものじゃないけど……」


 華琉ホァリウは照れ隠しのようにそう言って、自分の粥をぱくぱくと食べ進める。


 その後、お腹の空いていた宵珉シャオミンは「うまっ!」と言いながら、数分で料理を食べ切ってしまった。


華琉ホァリウ、また作って!」

「おまえがちゃんと修行するなら、考えてやってもいい」

「やったー!」


 食べ終わった後、宵珉シャオミンが言うと、華琉ホァリウも嬉しそうに口角を上げた。

 是非、定期的に振舞ってもらいたい。もう華琉ホァリウの味を知らない昔には戻れない……!


晏崔ユェンツェイ華琉ホァリウにバッチリ胃袋を掴まれるんだよなぁ……)


 原作の五章辺りで、華琉ホァリウ晏崔ユェンツェイに手料理を振る舞う場面がある。そこで、晏崔ユェンツェイ華琉ホァリウの手料理に故郷の味を思い出し、感動の涙を流すのだ。正直言って、羨ましい。


「……はっ!」


 宵珉シャオミンはポンっと手を打つ。


(いいことを思いついた! 俺も苓舜レイシュンの胃袋を掴めばいいんじゃ……!)


 そうだ、その手があった!

 いくら修仙者といえど、美味しいものには抗えないはず……!


 宵珉シャオミンは前世で全く料理をしてこなかったが、それはしようと思わなかっただけで、できないのではない。カップ麺などのインスタント食品が楽すぎるのが悪いんだ。


華琉ホァリウ、ありがとう!」

「ん」


 宵珉シャオミン華琉ホァリウに感謝する。美味しいご飯を作ってくれたこと、そしていいアイデアをくれたことだ。

 すると、華琉ホァリウは照れくさそうに頷いた。

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