十、梦兄弟

 宵珉シャオミン苓舜レイシュンと別れてから、また演習場に戻ってきていた。

 誰の目もない影のかかった隅の方の場所を、宵珉シャオミンの特等席とすることにしたのだ。


「ふん! 俺のことをシャー宵珉シャオミンと笑った坊ちゃんたち、今に見てろよ……!」


 交流会で成果を上げるという明確な目標が見えたことで、宵珉シャオミンはやる気に満ちていた。


阿珉アーミンの雪辱は俺が果たしてやる!)


 この七日間でやるべきことは、体内の霊力と身体をちゃんと同期させて馴染ませること。ショートしてしまっては元も子もないからな。


 宵珉シャオミンは少し緩んでいた髪をきゅっと結び直して、気合を入れた。


「よし」


 先程長剣で試した蒼炎舞を鉄扇で試してみることにする。


「ふぅ……」


 その場に緩く足を開いて立ち、右手で鉄扇を持って構える。

 脳内で術式を思い描いて体内の気を巡らせ、鉄扇に伝わるように意識を集中させる。


「蒼炎舞!」


 瞬間、ぶわっと風が通り抜け、空気が振動する。宵珉シャオミンが扇いだ鉄扇には蒼炎が纏われ、メラメラと燃えている。


「はぁっ!」


 宵珉シャオミンは試しに近くの演習的に向かって蒼炎を飛ばしてみる。

 すると、的はピキピキと音を立てて瞬時に燃え盛り、黒い塵となって風に攫われていった。


「や、やべー……」


(なんか、予想以上に威力高いんですけど!? 俺強くね!? てか、的壊しちゃって大丈夫だったか!?)


 宵珉は蒼炎を消して、頭を抱える。たった一日の修行でとんでもない火力の蒼炎舞を使えるようになってしまった。

 新入り弟子の中に、このような強力な仙術を使える者はいない、というかいるはずがない。

 おそらく、現時点の天才華琉ホァリウさえも超えてしまっている。


阿珉アーミンのポテンシャルすごすぎ! 妖魔王の器だから? 転生者だから? えっ、俺がすごい説ある?)


 宵珉シャオミンの存在が異分子過ぎて、なにがどうなってこんなことになっているのかが分からない。


「まあ、強いに越したことはないか!」


 しかし、宵珉シャオミンは楽観的だった。

 強いということは、交流会で成果を出せるということ。交流会で成果を出せるということは、苓舜レイシュンからの好感度が上がるということだ。


 宵珉シャオミンは気を取り直して、次の修行に移る。

 妖魔も修仙者と同じ生物であるから基本的には自由に動き回るので、動く的に対しての修行をしなければならない。


 本来であれば、練気期の間は術の鍛錬よりも、ひたすら座禅で精神と体内の気の巡りを安定させるべきだ。

 しかし、宵珉シャオミンはどういうわけか、もう次の段階に進めるくらい霊力が満たされてしまった。


宵珉シャオミン! 何してんだよ、こんなところで」

「げっ」


 突然、消炭色の髪の少年が、眉と目を吊り上げてこちらへ駆けてくる。

 宵珉シャオミンの同輩で、共に書院で学んでいた子だ。同じリン派の深衣を纏い、腰に長剣を提げている。背丈は同じくらいだ。


(この雰囲気からして……梦陽モンヤンだな)


 梦陽モンヤン華琉ホァリウの同輩なので、『桔梗仙郷伝』にも少しだが登場させていた。かなり負けん気の強い少年である。


「なんだよ、俺がここにいちゃ悪いのか?」

「ハッ、今更やる気になったのか? だからといって、まだ実践演習できるレベルじゃないだろ!」

「ふん、もうあんたよりは強いけど?」

「はぁ!?」


 大人気ないが、負けず嫌いだからつい言い返してしまう。それに今は十五の身体だから、精神もそれに引き摺られているのかもしれない。


 宵珉シャオミンの挑発的な態度に、梦陽モンヤンはますます怒り顔になる。


「ならここで試してやろうか! だが、宵珉シャオミンはまだ霊力も全然だろ?」

「それはどうかな〜。乗ってやんよ」

「〜〜っ! 怖気付いてももう遅いからな!」


 梦陽モンヤンは「打ちのめしてやる!」と意気込み剣を引き抜いて、宵珉シャオミンに向かって構える。宵珉シャオミンも鉄扇を開くが、そこで問題点に気がつく。


(さっとあしらってやろうと思ったけど、今の俺の攻撃じゃ、死んじゃうんじゃない!?)


 まだ仙術のコントロールを修練していない。宵珉シャオミンは跡形もなくなった演習的を思い出し、顔が青ざめる。


「いくぞ!」


 梦陽モンヤン宵珉シャオミンの葛藤も知らずに、長剣を振りかぶる。

 宵珉シャオミンは咄嗟に鉄扇で長剣を受けるが、上手いこと力が入らず、受け止めきれない。


「いっ……!」


 キンッ!

 梦陽モンヤンの長剣は鉄扇を通り越して、宵珉シャオミンの右腕をかすり、そのまま地面まで振り下ろされる。


「う……」


 かすり傷がピリリと痛み、宵珉シャオミンは腕を抑える。


「なんで剣を使わないんだよ……!」


 痛がる宵珉シャオミンを見て、梦陽モンヤンは構えを崩し、動揺した様子を見せた。


(しまった……! まだ、対人の受け身の練習なんてしてないし、さっきの蒼炎舞で既に身体が限界だ……!)


 いくら霊力が豊富で、強い術を使えるからといって、身体ができてないと話にならない。

 宵珉シャオミンは運動不足のために、梦陽モンヤンの剣を避け切れなかったのだ。


梦陽モンヤン、なにをしている!」


 その時、梦陽モンヤンの後ろから怒り顔の青年が歩いてくる。宵珉シャオミン梦陽モンヤンよりも少し歳が上だろうか。


(誰だ……?)


 青年の正体が分からず頭を捻っていると、梦陽モンヤンが青年に対して「哥哥グァグァ……!」と呼びかけた。


梦陽モンヤンの兄さん!? ええと……誰だっけ……そうだ、梦晻モンアンだ!)


 梦陽モンヤンと違い、梦晻モンアンは原作でセリフがほとんどないモブキャラだ。そのため、宵珉シャオミンの中では印象が薄い。


 宵珉シャオミン梦陽モンヤンの後ろから梦晻モンアンを盗み見る。


(流石兄弟、似てるなぁ)


 梦晻モンアンの瞳は黒く、結わえ方が違うが髪の色も同じ消炭色だ。背は梦陽モンヤンよりも高い。

 キャラクター設定は【梦陽モンヤンの兄。弟想い】程度にしか考えていなかったが……この世界での人となりはどうなのだろうか。


「人に向かって剣を振るうとは……レイ師兄に怒られるぞ」

「でも哥哥! 師兄だってこんなヤツ嫌いに決まってる! ロクに修行もしないくせに、なんでリン派に入ってきたんだ!」

「彼も合格したのだから、リン派に弟子入りできる素質があったということだ。おまえは自分の修行に集中しなさい」

「は、はい……」


 どうやら、梦陽モンヤンは兄に弱いらしい。宵珉シャオミンを指さして文句を言っていたが、梦晻モンアンに窘められてしまい、今はしゅんと項垂れている。


(師兄が俺のことを嫌いだって……!? ふん、さっきは新しい武器をくれたんだ。嫌いなものか!)


 宵珉シャオミンは聞き捨てならない言葉に心の中で言い返す。

 当初、苓舜レイシュン阿珉アーミンのことを嫌いだろうと思っていたが、どうやら嫌ってはいないらしい。嫌いだったら、交流会に推薦するはずがないし、鉄扇をくれるはずもない。


 そんなことを考えていると、梦晻モンアンが「君、」と呼びかけてきた。隣の梦陽モンヤンは黙っているが、ギリギリと歯を噛んで宵珉シャオミンを睨みつけている。


「余計なお世話だと思うが、力をつけないと仙郷ではやっていけない。真面目に修行をした方が身のためだぞ」


 梦晻モンアン宵珉シャオミンの目を見てそう言い、「戻るぞ」と梦陽モンヤンの背中を押した。

 梦陽モンヤンは「フン!」と大袈裟に顔を背けて去っていく。


「忠告ありがとう! またな〜!」


 宵珉シャオミンはにかっと笑って梦兄弟に手を振る。


梦晻モンアンは俺のことを見下さなかったし、むしろ心配してくれた)


 モブキャラにしておくには勿体ない君子だ。今後は仲良くしておこう。

 宵珉シャオミンはそう思った。


「もうちょっと修行したいけど、この調子じゃなぁ……」


 先程、梦陽モンヤンの剣を受け止めた時に分かったことだが、もう身体が限界を迎えている。霊力は有り余っているというのに。

 宵珉シャオミンは鉄扇を閉じて、懐に仕舞う。カッコつけるのはいいが、剣技も磨いておかないとな。


「まぁ……自主練初日だし、今日はここまでにしておこう」


 宵珉シャオミンはぐぐっと背伸びをして、宿舎へと帰っていくのだった。

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