九、鉄扇

 仙郷の地理は自分で考えたというのもあり、宵珉シャオミンは武器庫に迷わず辿り着くことができた。


「でっか!?」


 宵珉シャオミンはドンとそびえ立つ武器庫を見上げる。予想以上に大きい屋敷だ。


「勝手に入ったらダメかなぁ……」


 リン派の大事な武器庫に、一番下っ端の新入り弟子などが侵入したら怒られるかもしれない。いや、怒られるに決まっている。


「まあ、バレなきゃいっか!」


 しかし、宵珉シャオミンは楽観的だった。自分が考えた世界だし、という考えもある。


「門の開け方は……」


 宵珉シャオミンは南京錠に手を翳し、ぐっと霊力を込める。武器庫の門はリン派の霊力を送り込み、南京錠そのものに力を認められれば開く仕組みだ。


「ひひっ、俺って結構すごいじゃん!」


 一か八かであったが、ガチャリと南京錠が外れる音がして、門が開いた。


 中には剣・刀・槍・弓など、千以上の武器が揃っている。その色や形はひとつひとつ異なり、豪華絢爛な様は宵珉シャオミンの目を輝かせた。


「すっげー! 想像よりずっとかっこいい!」


 宵珉シャオミンは浮かれた調子で武器庫の中を見て回る。


(これが、『桔梗仙郷伝』の世界で使われる武器……!)


 その出来は、全て宵珉シャオミンの想像通り。いや、目で見て触れられるリアルな分、想像を遥かに超えていた。


「お、」


 武器がずらりと並ぶ棚の一角に、上等な扇子が置かれてあるのを見つける。骨が鉄でできている戦闘用の鉄扇てっせんだ。

 現実では殴打用に使われるが、『桔梗仙郷伝』では仙術の発動武器として用いている。


「これいいじゃん〜!」


 宵珉シャオミンはパッと開き、顔の前で扇いでみる。

 墨色の扇面にはリン派の蒼い紋章が描かれてあり、骨などに金色が散りばめられてある。

 このシンプルな柄が好みだし、なにより剣と比べるとかなり軽い。素材も高ランクだ。


宵珉シャオミン

「へっ!?」


 宵珉シャオミンが鉄扇を手にニヤニヤとだらしない顔を浮かべていると、背後から名前を呼ばれる。宵珉シャオミンはビクリと肩を揺らす。


(あれ、前にもこんなことが……)


 宵珉シャオミンが恐る恐る後ろを振り返ると、光差す武器庫の入口に苓舜レイシュンが立っていた。


「し、師兄……こんなところで会うなんて奇遇ですね? あはは……」

「何故君がここにいる。どうやって入った」


 苓舜レイシュンは首を傾げる。相変わらず、その表情は読めない。


(最悪だー!! こんなタイミングあるか!? よりによって苓舜レイシュンに見つかるなんて!)


 宵珉シャオミンは焦りつつも、なんとか誤魔化そうとする。


「えと……扉を押すと勝手に開いたもので……」

「そうか。ここは修繕が必要だな」


 宵珉シャオミンが苦しい言い訳を零すと、なぜか苓舜レイシュンは素直に頷いた。そして、宵珉シャオミンの手元を見つめて言う。


「……新しい武器が欲しいのか? たしかに、その剣は君には合わないかもしれないな」

「えっ?」


 苓舜レイシュンの口から出てきた言葉は勝手に入ったことに対する説教などではなかった。そして、苓舜レイシュンは鉄扇を指し、続ける。


「その鉄扇が欲しいのなら、持って行って構わない。師尊には私から話しておこう」

「!?」


(えっ、なんか優しい……!)


 まさか師兄直々に許可を貰えるとは。『千以上あるのだしこっそり拝借してもバレやしないか』などと考えていた自分が恥ずかしい。


「やったー! ありがとう! 師兄愛してる!」

「なっ……!」


 宵珉シャオミンは興奮のあまり嬉々とした笑みを浮かべて飛び跳ね、勢いよく苓舜レイシュンに抱きつく。すると、ぽすん、と苓舜レイシュンの胸の当たりに顔が埋まった。


(あ、やべ)


 体幹がしっかりしている苓舜レイシュンはよろけることはなかったが、なぜかピシリとその場に固まってしまった。そして、苓舜レイシュンは眉をひそめ、少し紅い顔で宵珉シャオミンを睨みつけた。


 その視線を受けて、宵珉シャオミンの血の気が引いていく。


(し、しまったー!! またやってしまった! 俺のバカ!)


 つい、優しい苓舜レイシュンに舞い上がってしまった。いけない。そりゃ、ただの弟子にいきなり抱きつかれても困るに決まってる……!


「ご、ごめんなさい……」


 宵珉シャオミン苓舜レイシュンの背に回していた腕をバッと離し、ササッと距離をとる。

 苓舜レイシュンは目を瞑り、コホンと咳払いをする。


「ひと月後、イェン派との交流会がある。洞天を解放し、妖魔狩りで競うつもりだ」


 この交流会は覚えている。

 イェン派とリン派の新入り弟子たちが狩った妖魔の数で競うのだが、晏崔ユェンツェイが大活躍してイェン派が勝利するのだ。


「その狩りの場に、華琉ホァリウと君も私の推薦として出場させる。よいな」

「えっ、師兄の推薦!?」

「そうだ。妖魔は練気期の君たちでも倒せるくらいのレベルだから安心してくれ」


 元々弟子は全員参加する予定であるが、有名な苓舜レイシュンからの推薦枠ともなればイェン派側からも注目を浴びることになる。

 原作では、その推薦枠は華琉ホァリウのみだったのだが……。


(早速ストーリーが変わってるぞ……! もしかして、苓舜レイシュンは俺に目をかけてくれているのか?)


 宵珉シャオミンは予想外のことに驚いていた。

 どういうバグか分からないが、これは都合がいい。好感度を上げる機会が増えたのだから。


「師兄〜。だったら、俺に強い仙術を教えてくれない……? 例えば、奈落の底にいる巨大な妖魔を倒せる技とか!」


 宵珉シャオミンはきらきらと期待に満ちた目で苓舜レイシュンを見上げる。

 しかし、苓舜レイシュンは首を横に振った。


「だめだ。強い妖魔を倒す技を会得するとなれば、少なくとも私と同じ修行段階まで来る必要がある。第一、君はまだ術をひとつも使えないのだろう。まずは、交流会までに教書に載ってある基礎の術を身に付けなさい」

「ううっ、はぁい……」


 ゆっくり諭すように話す苓舜レイシュンに、宵珉シャオミンはがっくりと項垂れる。


(そりゃそうだよな……)


 原作で苓舜レイシュン華琉ホァリウに秘術を伝授したのは、華琉ホァリウが金丹期に入った時だ。

 金丹期といえば、今の宵珉シャオミンより二つ上の修行段階である。平凡な修仙者であれば、十年はかかるだろう。まあ、華琉ホァリウ晏崔ユェンツェイは天才だったため、三年で成し遂げたが。


(まぁ……不思議なことにもう突破直前だし、転生者特権ってことで、半年あれば金丹期までいけちゃいそうな気がするけど)


 そんなに直ぐに成長したら色々と怪しまれてしまうので、今は様子見だ。


 ともかく、近い目標は交流会で成果を出すこと。そこで、苓舜レイシュンに実力を認めてもらい、好感度をグッとあげるのだ。高い好感度と高い実力、この二つこそ秘術会得の要である。


(ふへへ、「宵珉シャオミン、君はなんて強いんだ……キュン!」なんてね)


「師兄、見ててくださいねっ! 上位に入ってみせるんで!」

「それは楽しみだな」


 宵珉シャオミンが鉄扇を握りしめて意気揚々と宣言すると、苓舜シャオミンは目を細めて口角を上げた。


(あ、また意外な表情してる……!)


 原作の苓舜レイシュンはいつもクールで師尊や華琉ホァリウにだけ柔らかな表情を見せるキャラだ。宵珉シャオミンもそのような描写を心がけていた。

 だから、このような挑発的な表情は新鮮で、宵珉シャオミンの胸をキュッと締め付けたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る