二、転生〈二〉

 自分が転生したと気がついたその時、宵珉シャオミンは直ぐに受け入れることができた。

 今まで様々な形式の転生モノをたくさん読んできたこととあとは……この非現実的な状況で分泌しまくっているアドレナリンのおかだ。


 しかし、受容はできても驚きはある。

 まさか、異世界転生が自分の身に降かかるなんて。というか、『桔梗仙郷伝』を完結させる前に死んでしまうなんて……。


(神様はなんて無慈悲な……まだこれから大活躍するって時に……!)


 宵珉シャオミンはどこかの雑誌の『これからブレイクしそうな若手作家ランキング』に選ばれていた。正直辛い。死ぬにしても、もっとあるだろう。転んで死ぬとか恥ずかしい!


(待てよ……?)


 しかし、少し違う視点から考えてみると、この世界は宵珉シャオミンの妄想と理想を具現化した世界なわけである。


 宵珉シャオミンの妄想と理想──それはつまり、自作小説『桔梗仙郷伝』の世界。


(最高じゃないか……!)


 宵珉シャオミンが連載しているWeb小説『桔梗仙郷伝』は、妖魔に両親を殺された主人公・晏崔ユェンツェイが、妖魔界の長である妖魔王を倒すために修仙者となり、どんどん成長していく仙狭復讐譚だ。


 加えて、『桔梗仙郷伝』の軸としては、復讐や修行の他に"愛"を据えていた。分類はファンタジーBL小説のため、男たちの関係性に重きを置いている。


 この小説のラスボス・妖魔王の弱点は"伝説の桔梗"である。妖魔王を倒すには、その桔梗から取れる霊気を吸収する必要がある。

 さらに、その仙術を会得するには、修行を重ねて妖魔王と同じレベルまで到達しなければならない。とても困難な茨の道だ。


 晏崔ユェンツェイはその修行の過程で、ライバル焔派の弟子・華琉ホァリウと出会う。二人は、交流を重ねていくうちに互いに惹かれていく……。

 晏崔ユェンツェイ華琉ホァリウの二人が本作のメインカップルである。宵珉シャオミンの理想の二人といっても過言ではない。


(どうやらここは、晏崔ユェンツェイのいるイェン派じゃなくて、リン派のようだな……)


 『桔梗仙郷伝』の主人公・晏崔ユェンツェイの属する仙門はイェン派である。

 一方、リン派はイェン派のライバルの仙門だ。ストーリーの都合上、最強主人公を持ち上げるために毎度負かされてしまう、少々不憫な仙門である。


リン派の書院、かっこいいなぁ……)


 本編はイェン派を主軸に進めていたから、リン派の修行の様子は新鮮だ。まあ、妄想ではなく、リアルでこの世界を生きることそのものが新鮮なのだが。


宵珉シャオミン、どうした。まだ寝惚けているのか?」


 思考の底に陥っていると、再びレイ師兄に注意される。

 すると、背後からくすくすと宵珉シャオミンを笑う声が聞こえた。レイ師兄はその者たちを視線で制して、教書の解説を再開する。


(はぁ……苓舜レイシュンがこんなにかっこよかったなんて)


 そして、最初に宵珉シャオミンを起こしてくれた青年──今現在、教書を手に講談するレイ師兄は、リン派師尊の一番弟子・苓舜レイシュンその人だ。

 彼は、数年前から天郷に籠って修行している師尊の代わりに、リン派の新入り弟子を教えているのである。


(そして……)


 宵珉シャオミンは左隣に座る少年をちらりと窺う。


(この強気な子が、華琉ホァリウだな)


 先程から宵珉シャオミンを睨んでいる美少年の机に置かれた教書には、『華琉ホァリウ』の名が刻まれていた。


 華琉ホァリウは主人公の晏崔ユェンツェイにいつも張り合ってくるライバルキャラだ。天才晏崔ユェンツェイと同等の強さを持っているがいつも一歩及ばない、という設定にしてあった。


華琉ホァリウはこの設定のせいでいつも勝てないんだよなぁ。それで、いつも悔し涙を流して……。まぁ、俺がその設定つけたんだけどね)


 華琉ホァリウは強気に見えて、案外泣き虫である。

 こっそり泣いているところをライバルの晏崔に見られてしまう場面などは、『晏崔ユェンツェイそこ代われ! 』と思いながら執筆していた。


宵珉シャオミン

「はいぃ……」


 宵珉シャオミン華琉ホァリウにうつつを抜かしていると、また苓舜レイシュンに名を呼ばれる。

 その冷たい目からして、呆れられているのだろう。宵珉シャオミンは肩と首にきゅっと力を入れて、ピンと背筋を伸ばした。


苓舜レイシュンは俺のことを《《宵珉シャオミン》と呼んだ。てことは、俺はこの異世界でも宵珉シャオミンとして存在しているんだろう。はは……宵珉シャオミン、なぁ……)


 宵珉シャオミンは泣きたくなった。それは、宵珉シャオミンの転生先が最悪の人物だったからだ。


 リン派の新入り弟子・宵珉シャオミン

 それは、作中に自分の名を登場させてみたくなった宵珉シャオミンが考えた端役である。

 「メインキャラは小っ恥ずかしいし、どうせすぐ退場するキャラとかだったら、自分の名を与えてもいいかな」などと、のんきに考えていた昔の自分を殴ってやりたい。


(本当に最悪だ……! だって、『桔梗仙郷伝』の宵珉シャオミンは……)


 宵珉シャオミンは"ダメダメ宵珉シャオミン"──我が半身への愛情を込めて、これからは"阿珉アーミン"と呼ぼう──の最期を思い返す。


 阿珉アーミンの最期を要約するとこんな感じだ。

 晏崔ユェンツェイが修仙者となって初めて迎える冬の時期に、東西南北の仙門が集まる洞天仙会が開かれる。

 その洞天仙会でハプニングが起こり、華琉ホァリウが奈落に落ちてしまいそうになる。

 その時、阿珉アーミン華琉ホァリウを庇って墜落し、奈落の底に住む妖魔に食われてしまう。

 などという、あっさり無惨な最期である。


 「自分の分身なんだから、死ぬならば好感度の上がる最期にしたい!」と、調子に乗った結果がこれだ。


 しかし、原作においてこの洞天仙会の役割は、「自分を助けて死んだ宵珉シャオミンを想って悲しみに昏れる華琉ホァリウ晏崔ユェンツェイが慰め、互いの情が深まる」という吊り橋効果である。


 その結果、阿珉アーミンの死は華琉ホァリウの心に残り続けるが、読者には「ああ、そんなやつもいたっけ」程度の印象に留まるだろうと推測する。

 ああ、なんて儚い命なのだろうか。


(もし本当にここが『桔梗仙郷伝』の世界で、俺が阿珉アーミンに転生したっていうなら、俺はあの奈落で死んでしまうのか……?)


 どうせ転生するならもっとこう、晏崔ユェンツェイの親友・角柳ジャオリウとかがよかった。

 どうして、よりによって宵珉シャオミンなんだ。


(ああ、自分の名前をつけたからか……)


 これが因果というものか。

 宵珉シャオミンはその場でがっくりと項垂れるのであった。

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