桔梗仙郷伝〜転生作家の絶命回避術〜
祈月 酔
一、転生〈一〉
若手小説家、
ファンタジーBL小説『
作業場は小さなボロ屋敷で、執筆道具はノートパソコン。そろそろ腱鞘炎になりそうで怖い。
「終わらない!」
そんな若手小説家・
「このままじゃ間に合わない……!」
その結果、過去の記憶を辿りに最新話を再度執筆することになった。
絶体絶命、規定投稿時刻まであと三時間しかない。データ復元に手を付け始めてから、今日で三徹目。その努力が無駄になるなんて、絶対に嫌だ……!
「あと三時間、いけるか……!?」
三徹の意地とは別に、投稿を間に合わせなければならない理由がもうひとつあった。
今日投稿する予定の最新話では、ラスボス・妖魔王の秘密が明かされるのである。先週からの盛り上がりを考えても、今日休載するわけにはいかない。
「よし、頑張れ自分! これを書き終わったら、ご褒美に高級焼肉でも食べようじゃないか……!」
ああ、まずい。頭がクラクラしてきた。
今すぐ寝たい。水が飲みたい。カップ麺食べたい。外の空気を吸いたい……。
◇◇◇
「で、できたぁ……!」
食欲や睡眠欲、様々な欲望を抑え込み、タイピングし続けること約二時間。
ついにやり遂げた。元のデータ通りとはいかないが、なんとか最新話の原稿を復元することができたのだ。
「よし!」
投稿時間まで、あと一時間余裕がある。校正する前に、まずは水分補給をしよう。
そして、冷蔵庫にペットボトルを取りに行こうと足を踏み出す。
しかし、悲劇はその瞬間に訪れた。
「うわっ!」
ガンッ!!!
突然、くるりと景色が反転し、部屋の照明の光が正面に来る。
「い゙ッ!?!?」
数秒遅れて頭に鈍痛が走り、宵珉は状況を理解した。
なんと、
(いったぁ! 痛いってか、なに!? めちゃくちゃクラクラするんだけど……!)
手を顔の前に翳すと、赤黒い液体が指先に絡みついている。
「は……」
(えっ、なにこれ、血!? 頭打った!? 頭蓋骨割れた!? 死ぬ!?)
鉄の匂いが漂うべチャリとした液体の正体が血であると認識した瞬間、視界が一段と暗くなり、キーンと耳鳴りが聞こえ始める。
加えて、薄く開いた状態の口からは「はっ……」と変な息が漏れるだけで、声らしい声が出ない。
(し、しぬ……!!)
(あ、これダメなやつだ……)
一周まわって冷静になった
◇◇◇
「──珉、
頭上から
網膜を突き刺す眩しい光に、ゆっくり瞼を持ち上げると、
深い海のように蒼い瞳、長い睫毛、高く真っ直ぐ通った鼻筋。
(誰だ……? すごく綺麗な人だな……)
その澄んだ低音を耳にした瞬間、寝惚けていた脳が完全に覚醒した。
「だ、だだだ、誰っ!?!?」
一体これはどういう状況なのか。
なぜか、史劇ドラマで見るイケメン俳優のような美しい青年が、
おかしなことに、この青年は全く知らない他人である。
青年は
青年は、肩口からさらりと流れる黒髪が美しく、古めかしい紺の深衣を纏っている。その手には褪せた色の書物を持ち、何を考えているか分からない無愛想な表情で立っていた。
(な、なんでこんな美人が俺の目の前に……!? ていうか、ここどこ!?)
「……
(えっ、次は美少年!? 猫目の気の強そうな美少年だ……!?)
この少年も古めかしい衣装を纏い、長く伸びた髪を高い位置で纏めていた。やはり、史劇ドラマでよく見るような容姿である。
(一体どういう状況なんだ……? 俺は自分の屋敷で原稿を書いて……そして、そして……)
「そうだっ! 俺の最新話は……!?」
先程、隣の美少年が
しかし、ここはどう見ても自分の部屋ではないし、病院でもない。
現在自分が座っているのは、とても綺麗で開放感のある知らない部屋だ。
「……
困惑したままの
(えっ、居眠り……?)
「うわっ、
「フッ、
後ろから
(はぁっ!?
ここがどこかは分からないが、後ろのやつらに馬鹿にされたってことは分かる。
「講義を再開する。教書の百五頁を開きなさい」
(講義って……うわ、右も左も知らない人ばかりだ)
横に二列、縦に五列。
全員知らない男。しかも、ドラマの仙人のような格好をしている美形揃い。
(ここは学校……じゃないよな)
学校はもう卒業したはずなのだが。しかも、学校といっても、このような私塾みたいな場に通った覚えはない。
(ん? んんん……!?)
ふと、部屋の壁に視線を向けると、何かの紋章が描かれた掛け軸が、等間隔で壁に垂れているのが目に映った。
「り、
「
すると、隣の美少年がまた睨んできた。
しかし、
(これは……どういうことだ)
青い炎が輪を作り、薔薇の花弁のように美しく、
この紋章のデザインを考案したのは、紛れもない
ここにいる者たちは俺のファンなのか。これはファンの集いなのか。俺はファンに誘拐されたのか……!?
(いやいやいや、そんなバカな……)
挙動不審な
(やばい、また怒られるっ!)
とりあえず座ろう。
そして、情報を整理していく。
(
極限状態で冴えた脳が、あるひとつの結論にたどり着いてしまったのだ。
(まさか……)
改めて周囲の状況をよく見てみると、それはもう、
古風な深衣を纏う長髪の美しい男たちと、整った風流な書院。
(皆、俺が思い描くキャラクターそのものだ……! もし漫画化されるならば、このような美麗な描画で表現して欲しいっ!)
このように美しい少年たちが共に修行し、妖魔を祓う中で恋に落ちていく……。その耽美なさまを想像するだけで、米十杯はいける。
(いやいや。
変な方向にエンジンをかけてしまう頭をブンブンと振り、意識を引き戻す。
"
そのどちらも『桔梗仙郷伝』に登場するキーワードだ。そして、この広い書院で弟子が師に学ぶという今の状況も、
(もしかして、これがご都合展開の異世界転生ってやつなのか!? 俺は転んで頭打って死んで、転生してしまったのか……!?)
「マジか……」
どうやら、これは夢ではないらしい。
母さん、父さん。俺は、自分の小説『桔梗仙郷伝』の世界に転生してしまいました。
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