十三、課外演習〈一〉

 翌日の昼過ぎ、自主練期間を終えて苓舜レイシュンの講義が再開された。今日の講義は、書院での座学ではなく実践演習である。


「今日は課外演習だ。これから各班に別れて簡単な任務をこなしてもらう」


 宵珉シャオミンたち新入り弟子十人は皆、広場に集められた。指揮を執る苓舜レイシュンが前方中央に立ち、皆に演習の内容を発表する。


 弟子たちは各々剣や弓を携えて凛と立ち、苓舜レイシュンの話を聞く。宵珉シャオミンは鉄扇と長剣を装備して、華琉ホァリウの隣りに立っている。


「この先私が円陣を敷いた範囲に、低級の邪鬼を放った。リン派教書にある基礎の仙術または剣術で倒せるレベルだ。今日任務は各班、日暮れまでに邪鬼を五体倒すこと。倒した数は手の甲に印されるようにしてある」


 苓舜レイシュンは指に蒼炎を灯して、空中に地図と円陣を書いてみせる。かなり広範囲だ。半径数キロメートルはある。


 仙門は生け捕りにした悪い妖魔を修行に用いることがある。実践によって、修仙者はより強くなれるのだ。


(邪鬼か……それも、低級。今の俺でも、すぐに倒せそうだ。よし、一番に倒して苓舜レイシュンに認めてもらうぞ……!)


 宵珉シャオミンは心の中でほくそ笑む。一日修行しただけだが、高火力の蒼炎舞を使えたこともあり、宵珉シャオミンは自信に満ち溢れていた。

 昨日は霊力は使わず、教書に則り気の巡りを穏やかにしていたから、一昨日よりは持久力も上がっているはずである。


「では、今から三人ずつ名を呼ぶ。その三人が同じ班員だ」


 苓舜レイシュンがそう言って、三人一組となるように班を振分ける。


梦陽モンヤン! おまえ、この前はよくも宵珉シャオミンを……!」

華琉ホァリウ、突然なんだよ」


 華琉ホァリウモン兄弟と同じ班らしい。梦陽モンヤンと争いにならなければいいのだが……と思ったが、既にバチバチとした視線を送りあっている。


(俺のために争わないで……! て、あれ……? 俺、ひとりぼっちじゃね!?)


 宵珉シャオミン以外の九人は名を呼ばれて、班を組んでいるが、なぜか自分だけ名前を呼ばれない。

 「なんで!?」と動揺していたところで、苓舜レイシュンが手招きする。


宵珉シャオミン、君は私と来なさい」

「えっ!?」


 宵珉シャオミンは驚きつつ、苓舜レイシュンの元へ駆け寄る。


「なんでアイツが師兄と?」

宵珉シャオミンは術も使えないもんなぁ……」

「きっとマンツーマンで説教だぜ」


 周りからそんな声が聞こえてきた。宵珉シャオミン自身もわけが分からない。


「師兄、あのう……」

宵珉シャオミン、君は私と同じ班だ」


 困惑した宵珉シャオミンが声をかけると、苓舜レイシュンは変わらない表情で頷いた。


「任務を達成した班はここへ戻ってきて待機すること。それでは、演習を開始する。散!」


 そして、苓舜レイシュンが弟子たちに向かって言い放つと、他の三班はそれぞれ円陣の中へ駆けていった。


苓舜レイシュンのやつ、俺と行動するなんてなに考えてんだ……?)


 宵珉シャオミン苓舜レイシュンを見上げると、その蒼い瞳と目が合った。


「私たちも行こう」

「は、はい!」


 深衣の裾をたなびかせて林の中へ入っていく苓舜レイシュンの背を追う。


◇◇◇


 宵珉シャオミン苓舜レイシュンが森林の中へ足を踏み入れて数十分、中々邪鬼と接触しない。


「師兄〜、全然いませんねぇ」

「ふむ……邪鬼は多めに放ったはずだが」


 苓舜レイシュンは顎に手を当てて考える。る宵珉シャオミンは周囲の気配を探ってみるが、妖魔の魔力は感じない。ただ背丈の高い木々が生い茂るのみである。


 苓舜レイシュンと二人きりの空間で、宵珉シャオミンの好奇心が疼き出す。自分の知識を試してみたくなったのだ。


「師兄、伝説の桔梗って知ってますか?」

「桔梗?」


 宵珉シャオミンが問うと、苓舜レイシュンは首を傾げる。


「なんでも、天材地宝の中でも最高位の霊花で、その桔梗の霊力を取り込めば、あのこわーい妖魔王さえも倒せる力を手に入れられるらしいんです!」


 宵珉シャオミンは身振り手振りを使って得意げに語る。


(ま、苓舜レイシュンは知らないだろうけど)


 現時点ではまだ、苓舜レイシュンは桔梗の情報を知らないはずだ。

 この時点で知っているメインキャラクターはイェン派とリン派の師尊など仙界でもトップクラスの権威者のみである。


「ほう、そんなものが存在するのか。それじゃあ、君はその桔梗がどこにあるのか知っているのか?」

「いやーそれが知らないんです。今までその桔梗を見つけた人はいないみたいです! だから、伝説っていう冠称まで付いてるんですかねぇ」


 宵珉シャオミンは大袈裟に項垂れてみせる。


(本当は知ってるけどね!)


 やはり、原作通り苓舜レイシュンは桔梗のことを知らない。設定が変わってないことに安堵する。


 現世において、あの桔梗は宵珉シャオミン自身の弱点にもなってしまったのだ。リスクを減らすためにも、できることなら見つからないでほしいなんて思ってしまう。


晏崔ユェンツェイには悪いけど、桔梗は探さないでほしい……! 妖魔王を倒そうなんて思わないでくれよ……!)


 桔梗の霊力を取り込み、完全体妖魔王となった宵珉シャオミンを木っ端微塵にする晏崔ユェンツェイの光景を想像する。


(あーこわいこわいっ!)


 宵珉シャオミンは脳裏に浮かんだ無惨な自分の死に様に身体を震わせる。その未来だけは絶対に回避しなければ。


宵珉シャオミン、邪鬼だ」

「へっ!?」


 妄想に浸っている間に苓舜レイシュンは前方に邪鬼を発見したらしく、剣を抜いて構える。


 宵珉シャオミンが目を凝らすと、確かにそこには邪鬼が居た。

 赤黒くおどろおどろしい鬼だ。背丈は宵珉シャオミンと同じくらいで、額に短い二本の角を生やし、ドス黒いオーラを放ちながら徘徊している。


宵珉シャオミン、奴を倒せるか?」


 苓舜レイシュン宵珉シャオミンの顔をうかがう。師兄の手前、ここで無理だと言うのは格好がつかない。


「やってみます!」

「ほう……」


 宵珉シャオミンは意気揚々と頷く。すると、苓舜レイシュンは意外そうな顔をした。


苓舜レイシュンは俺のことダメダメだと思ってんだろうけど、実は強いんだぞ〜)


 宵珉シャオミンが気配を消しながら邪鬼に近づいていくと、邪鬼はこちらに気が付きギギギッと頭をもたげる。


「はぁっ!」


 瞬間、宵珉シャオミンは邪鬼に向かって鉄扇を開いて蒼炎を纏わせる。霊力が手に集中し、体温が上がる。


「蒼炎舞!」


 そして、勢いをつけて鉄扇を扇ぎ、風を起こして攻撃を放つ。

 すると、蒼炎舞が命中した邪鬼は「ウガァァァ!」と呻き声を上げて燃え盛る。


(おっと、危ない! 強すぎたら怪しまれるからな……)


 トドメを食らわせたいところだが、宵珉シャオミンはこれ以上術を使わない。

 やがて、苦しみに喚く邪鬼は塵となって消滅していった。


「おっ」


 宵珉シャオミンが手の甲を見ると、邪鬼倒した印が現れていた。五つある花弁のうちの一枚が赤く光ってある。これは、一体倒したということだろう。


「師兄〜! 今の見てました!? すごいでしょ!」


 宵珉シャオミンは興奮状態のまま後ろの方にいる苓舜レイシュンに駆け寄る。

 すると、苓舜レイシュンは驚愕した表情のまま口を開く。


「君、蒼炎舞を扱えるのか?」

「へへっ、この二日間頑張ったんですから」


 宵珉シャオミンが得意げに言うと、苓舜レイシュンは顎に手を当てて深く考え込んでしまう。


(あれっ、思ってた反応と違う……ほら、「宵珉シャオミンはすごいな」って微笑んでくれるとか、そうじゃない……?)


 宵珉シャオミンは焦った。もしかして、やりすぎてしまったのではないかと。

 しかし、華琉ホァリウもこの程度の蒼炎舞は使えるはず。ちょっとばかし急成長したが、誤魔化せる程度のはずだ。


「どうやら、私は君の実力を見誤っていたようだ。よくやった」


 苓舜レイシュンはそう言って目を細めて、少し口角を上げた。


(よかったぁ……)


 その様子に、宵珉シャオミンはほっと胸を撫で下ろす。そして、褒められた嬉しさから素直に笑みを零した。

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