十四、課外演習〈二〉

 その後、宵珉シャオミンは同様に二体目、三体目の邪鬼を倒し、上機嫌で歩いていた。

 隣に並ぶ苓舜レイシュンを見上げると、彼は涼やかな表情で辺りを見回している。


(やっぱりかっこいいな〜! 二人きりの修行、最高じゃん!)


 そんな調子で浮かれていると、右側からドタドタと誰かの足音が聞こえてきた。


「いてっ」

「いたっ」


 情けない声が二つ重なる。肩が痛い。

 宵珉シャオミンは突然脇道から飛び出してきた少年はとぶつかったのだ。


「すみませんっ! あれっ、師兄と宵珉シャオミンさん……!?」


 少年は萎縮し、青白い顔でぺこぺこと謝る。宵珉シャオミンは「大丈夫」と返し、少年を観察する。


(この子は……)


 リン派の深衣に綺麗な黒髪、琥珀の大きな垂れ目。宵珉シャオミンの同輩のひとりだ。たしか、書院では後ろの方の隅に座っていた。


綺珊チーシャン、そんなに慌ててどうした? 他の班員はどこにいる」


 苓舜レイシュンが少年を綺珊チーシャンと呼んだ。


綺珊チーシャン……知らない名だ)


 宵珉シャオミンはこの少年を知らなかった。

 小説の中で、リン派の新入り弟子全員に名と役割を与えたわけではない。だから、宵珉シャオミンが全く知らないキャラクターが出てくるのも当然といえば当然である。


「その……他の二人とはぐれてしまいまして……」

「なるほど。君の班は何体倒した?」

「ええと、三体です……」


 綺珊チーシャン苓舜レイシュンに手の甲をかざした。そこには花弁の印が三枚、赤く光っている。


「一人は危険だ。私たちについて来なさい」

「ありがとうございます……!」


 綺珊チーシャンは顔を明るくして両手を握り合わせ、苓舜レイシュンに感謝する。


「修仙者が歩むのは個の道ではあるが、仙門に属す以上、時には団結力も必要になる。次からは団体行動を意識しなさい。そして、万が一はぐれた時の対処法を予め共有しておくこと。いいね?」

「はい、肝に銘じます……!」


 苓舜レイシュンが諭すと、綺珊チーシャンはこくこくと頷いた。


「さあ、私達も残り二体だ。前に進もう」

「「はい」」


 宵珉シャオミン綺珊チーシャン苓舜レイシュンの後ろに着いていく。


(せっかく二人だったのになぁ……ま、他の弟子との交流も大事か)


 宵珉シャオミンは落胆しつつ、隣に並んだ綺珊チーシャンを盗み見る。


(ん……?)


 宵珉シャオミンは違和感を覚える。

 すたすたと歩く綺珊チーシャンは、先程のように萎縮するわけでも明るい表情をするでもなく、スンッと冷めた顔で苓舜レイシュンの背中を見ていた。


「……宵珉シャオミンさん、どうかしましたか?」


 視線に気がついた綺珊チーシャンは、表情を和らげて首を傾げる。


「あ、いや……なんでもないよ」

「そうですか」


 宵珉シャオミンが首を横に振ると、綺珊チーシャンは柔らかな表情のまま頷き、前に向き直った。


(俺の気のせいか?)


 宵珉シャオミン綺珊チーシャンの雰囲気に引っ掛かりを覚えつつも、それを言及することはなかった。


 数分ほど歩いた後に、四体目の邪鬼が現れた。すると、苓舜レイシュン綺珊チーシャンに命じた。


綺珊チーシャン、倒してみなさい」

「は、はい!」


 宵珉シャオミンは自分が指名されなかったことに肩を落としつつも、綺珊チーシャンの戦いを見守ることにする。


 邪鬼は「グァァ!」と低い鳴き声を上げながら剣を抜いた綺珊チーシャンに襲いかかる。


「はぁっ!」


 綺珊チーシャンは軽い身のこなしでその攻撃を躱し、霊力を纏った剣を振るって邪鬼に大太刀を食らわせる。


「滅!」

「ガァァッッ!!」


 そして、邪気の心臓辺りにある核を一突きして、トドメを刺した。邪鬼は青い血を垂れ流して消滅していく。

 すると、手の甲の花弁が四枚に増えた。


(この子、なかなかやるじゃん)


 仙術は用いず、ほとんど武術だけで倒してみせたのだ。しかも、動きには無駄がなく倒すまで僅か十数秒。新入りにしてはかなり上出来である。


綺珊チーシャン、いい立ち回りだった。よく修行しているみたいだ」

「師兄、ありがとうございます!」


 苓舜レイシュンは表情こそ変えないものの、口では綺珊チーシャンを称賛した。褒められた綺珊チーシャンも嬉しそうな顔をしている。


(……別にいいけど)


 宵珉シャオミンは少しムッとして、綺珊チーシャンを睨む。すると、苓舜レイシュンに肩を優しく叩かれた。咄嗟に苓舜レイシュンを見上げると、こちらを見ずに涼し気な顔をしている。


 しかし、宵珉シャオミンはそれだけで機嫌が戻るチョロい男だった。やはり、肉体年齢に精神年齢も引き摺られている気がする。


「ウガァァァ!!」

「あっ、邪鬼が!」


 すると、続けて邪鬼が現れ、綺珊チーシャンが声を上げる。


「最後の一体だな。こいつは私が仕留めよう」


 苓舜レイシュンは前に出て、右手の人差し指と中指を立てて印を結び、霊力を込める。

 すると、ひとりでに苓舜レイシュンの腰から長剣が引き抜かれ、邪鬼に対して糸を張ったようにピンッと剣先を向けた。


「蒼炎舞」


 苓舜レイシュンが静かに術を唱えると、長剣に濃い蒼炎が纏われる。

 そして、浮かび上がった長剣が前方に勢いよく飛んでいき、邪鬼の額に命中した。


「滅」


 もう一度苓舜レイシュンが唱えると、邪鬼が一瞬にして激しく炎上し、すぐさま灰となって消滅していった。


「うひょー! 師兄すごいっ!」

「流石かっこいいです!」


 見事な手業に、宵珉シャオミン綺珊チーシャンは目を輝かせる。


(高火力とコントロールの精密さは流石苓舜レイシュンだ! 俺に合わせて蒼炎舞を使ったんだろうけど、やっぱ練度が違うなぁ)


 宵珉シャオミンは素直に興奮していた。

 消滅の余韻の風に靡く苓舜レイシュンはとてもかっこよく見える。この青年こそが、リン派の一番弟子で皆の憧れなのだ。


宵珉シャオミン綺珊チーシャン、広場へ戻るぞ」

「「はーい!」」


 そうして、宵珉シャオミン綺珊チーシャン苓舜レイシュンに連れられて、広場へ戻って行った。


◇◇◇


 広場にはまだ誰もおらず、宵珉シャオミンたちが一番乗りだった。

 しかし、数分も経たずに華琉ホァリウモン兄弟の班が息を切らして戻ってくる!


「あっ、宵珉シャオミン!」

「げっ、宵珉シャオミン!」


 華琉ホァリウ梦陽モンヤンの声が重なる。宵珉シャオミンは笑って、二人と奥にいる梦晻モンアンに手を振る。


「ふふん、俺の方が早かったみたいだな」

「はぁ? 師兄と同じ班だったからだろ!」

「調子に乗ってたらバチが当たるぞ」

「ええ〜!」


 梦陽モンヤン宵珉シャオミンの実力を信じていないようだし、華琉ホァリウも揶揄ってくる。

 任務前は宵珉シャオミンを争っていたが、今は二人の間の剣呑な雰囲気は落ち着いていて、任務の間に仲直りしたらしかった。


「師兄、見てください! 俺達も五体倒しました!」


 華琉ホァリウは自信ありげな表情で苓舜レイシュンに手の甲を掲げてみせる。そこには五つの花弁が赤く光っていた。


「よくやった。……華琉ホァリウは蒼炎舞を使ったのか?」

「蒼炎舞ですか? すみません……俺はまだ上手く扱えなくて、今日は剣術で倒しました」

「そうか。いや、それで構わない」


 話を聞いていた宵珉シャオミンはギグリと肩を揺らす。


(やっぱり、華琉ホァリウよりも強くなっちゃってる……!)


 一人で動揺していると、苓舜レイシュンがちらりとこちらに視線を向ける。

 宵珉シャオミンがウインクをして誤魔化すと、苓舜レイシュンは静かに視線を逸らした。


宵珉シャオミン綺珊チーシャンと一緒だったのか?」


 華琉ホァリウ宵珉シャオミンの隣までやってくる。


「うん、途中ではぐれちゃったみたいでさ〜」

「ふぅん」

「なぁ、綺珊チーシャンってどんなやつ?」

「俺も詳しくは知らない。基本、誰ともつるまずに一人で修行してるって感じだな」


 宵珉シャオミンが尋ねると、華琉ホァリウは腕を組んで、少し離れたところにいる綺珊チーシャンを見つめて言う。


(なーんか、引っかかるんだよなぁ)


 剣術は洗練されており、振る舞いも人好きのする感じで立派な弟子だ。けれど、どこか冷たさも感じる。


(ほとんど初対面だから、まだわかんないけど……)


 宵珉シャオミンは、向こうに一人で立つ綺珊チーシャンに訝しげな視線を送るのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る