疲れた妻を労るのは夫の務め――1

 詩織と一緒に帰りを待ったあの日から、俺は部活終わりの美風を迎えに行くようになっていた。


 中学時代に名門バスケ部でスタメンを張っていただけのことはあり、美風は一年生にもかかわらず、すでにレギュラーメンバー入りしている。美風を迎えに行くのは、頑張る彼女の力に少しでもなりたいという思いからでもあった。


 いったんマンションに帰っていた俺は、LIMEで連絡を受けて、美風を迎えに学校まで戻る。


 時刻は六時過ぎ。校門で待っていると、美風が小走りでやってきた。走ってきたためか、美風の呼吸は速い。


「ごめん。待たせたわね」

「いや、大丈夫」


 眉を下げる美風に笑みを返し、尋ねる。


「部活終わるの、遅かったな。いつもなら一時間ほど前に終わるのに」

「IH予選が近いからよ」

「ああ、なるほど。たしか、五月の中旬だったっけ?」

「そ。だから、しばらくは終わるの遅いと思う」

「了解。じゃあ、帰ろうか」

「うん」


 美風が頷き、俺たちはふたりして歩き出す。


 疲れているだろう美風に配慮はいりょして、彼女が肩に提げているスポーツバッグに、俺は手を伸ばした。


「持つよ」

「いいの?」

「疲れている妻を気遣えないようじゃ、夫失格だからな」

「そう……ありがとう、蓮弥」


 冗談めかした発言をする俺に、美風が微笑みを向ける。


 俺は違和感を覚えた。


 やけに素直だな。いつもの美風なら、こういう冗談にはツンデレなリアクションを返すと思うんだが……。


 不思議に思い、隣で歩いている美風を観察する。


 美風の呼吸はいまだに速く、足元はどこかおぼつかない。


 もしかして、ツンデレなリアクションをしなかったのは、疲れすぎているからなのか? ツンツンする元気さえないからなのか?


 今日は部活が長引いたので、その可能性はある。


 先ほど口にした通り、疲れている妻を気遣えないようでは夫失格だ。どうにかいたわってあげたい。


 なにかできることはないかと考えて、俺は口を開いた。


「帰ったらマッサージでもしようか? 疲れてるみたいだし」


 提案すると、美風が目をパチクリとさせて、ニヤリと口端くちはしを上げる。


「女の子に『マッサージしようか?』なんて、あたしたちと離れてるあいだに、ずいぶんと大胆なことを言えるようになったわね」

「い、いや、別にやましい気持ちはまったくなくて……!」

「冗談よ」


 慌てる俺の様子にクスクスと笑みを漏らし、美風が目を細めた。


「ありがとう。マッサージ、お願いするわ」

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