バスケ部員、美風――1

 委員会が終わったあと、俺と詩織は体育館に向かった。


 先日から新入生が部活に加われるようになったので、美風がバスケ部員になっている。その練習風景を眺めようと思ったのだ。


 俺たちが二階からコートを見下ろすなか、体操服姿の美風が、ドリブルしながらゴールへ走っていく。


 ドリブルしていたボールを持ち、ステップを踏んでジャンプ。すくい上げるように放られたボールは、吸い込まれるようにゴールリングをくぐった。


「上手い。相当な練習を重ねてるな」


 思わず感嘆かんたんの声が漏れる。


 コテン、と小首を傾げ、詩織が尋ねてきた。


「見ただけでわかるものなのですか?」

「ああ。ボールを持ってからゴールするまで、無駄な動きが一切ない。練習量に裏打ちされたなめらかさだ」


 詩織からの質問に答えながら、俺の口元は自然に緩んでいた。


 詩織がクスリと笑みを漏らす。


「美風さんにバスケを教えた師匠として、誇らしいみたいですね」

「別に師匠づらするつもりはないけどな」


 冗談交じりの詩織の発言に苦笑を返し、改めて美風のほうに目を戻す。


「この前、美風が言ってたんだ。『バスケは蓮弥が残してくれた大切なものだった』って。疑ってたつもりはないんだけどさ? 練習の成果レイアップシュートを実際に見たら、あの言葉は本当だったんだなって実感して、嬉しくなったんだよ」

「そうですか……よかったですね」

「ああ」


 優しく同調してくれた詩織と一緒に、練習の様子をなおも眺める。


 その折り、美風の視線が、反対側のゴールのほうに向けられた。


 そこには、ジャンプシュートを打つひとりの女子生徒がいた。しかし、入らない。彼女が何度シュートを打っても、ゴールリングに嫌われるだけだ。


 シュートフォームがぎこちない。おそらく、初心者なんだろうな。


 俺が推測するなか、美風が彼女に近寄っていって、声をかけた。


 一言二言話したあと、美風がシュートを打ってみせた。ボールは直接リングを目指さず、バックボードに当たり、跳ね返ってから収まった。バンクショットという技術だ。


 手本を見せた美風が、女子生徒にシュートを打つように促す。


 女子生徒は美風を真似てバックボードを狙うが、それでもシュートは決まらない。


 落ち込んだようにうなだれる女子生徒。


 彼女を励ますように笑いかけて、美風がもう一度、シュートを打ってみせた。


 それから美風は、女子生徒にボールを持たせないままシュートフォームを取らせて、肘の角度や足幅などを調整していく。どうやら、彼女のシュートフォームを矯正しているようだ。


 シュートフォームの矯正が完了したのか、美風が女子生徒にボールを渡す。再び女子生徒がバンクシュートに挑戦して――見事にボールがリングをくぐった。


 シュートを決めた女子生徒が、バンザイをして飛び跳ねる。ここからでもわかるくらいの喜びようだ。


 女子生徒が、美風にペコリと頭を下げる。別にいいよ、と言うように片手を振り、美風が自分の練習に戻っていった。


 美風の背中を女子生徒が眺める。彼女の表情はポーっとしていて、視線は熱を帯びているようだった。おそらく、美風に憧れを抱いたのだろう。


 無理もない話だ。抜群の容姿、親切さ、たしかな実力。魅力的な要素を、美風はいくつも持っているのだから。


 一部始終を眺めていた俺は、自分自身に異変を覚えた。


 ……なんだかモヤモヤするな。


 異変というよりは違和感とあらわすべきだろうか。いや、不快感と言ったほうが近いかもしれない。


 眉をひそめる俺を見て、詩織が口を開く。


「蓮弥さん。もしかして、あの子にヤキモチを焼いていますか?」

「うっ」


 言葉に詰まった。詩織の指摘が――ヤキモチという表現が、しっくりきすぎてしまったからだ。


 相手は男性でなく女性。しかも、抱いている気持ちは恋慕れんぼでなく憧憬しょうけいだ。それでも俺は、ほかの誰かが美風に強い好意を抱いていることが、気に入らないらしい。


 そんな自分がかっこ悪く思えて、俺は顔をしかめる。


「し、嫉妬して悪いかよ」

「そんなことないです。可愛いですよ」

「男にとって、可愛いは褒め言葉にならないんだが……」


 詩織にからかわれて、俺はジト目になる。


 楽しそうに目を細めて、詩織が追い打ちをかけてきた。


「蓮弥さんは美風さんにガチ恋ですね」

「…………」


 その通りなので反論できない。それでも、やられっぱなしは癪だ。俺はそっぽを向きながら仕返しをする。


「……詩織にもガチ恋だけどな」


 詩織が目を丸くして、頬を染めて、それから苦笑した。


「負けず嫌いなジゴロというのは、厄介なものですね」

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