重婚プロポーズ――1

 俺たちが連れてこられたのは、六階建てのマンションだった。


 観音崎さんの案内で、俺たちは301号室にお邪魔する。俺たちが同棲生活を送るのは、この部屋になるらしい。


 部屋の造りは4LDK。テーブル、椅子、タンスなど、最低限の家具はすでに用意されていた。


 リビングダイニングにて、ダイニングテーブルを囲むように五人で席に着いてから、俺は観音崎さんに尋ねる。


「さっき話してた、重婚のテストケースってなんですか?」

「言葉通りの意味です。重婚における夫婦生活がどのようなものになるか。それを調べるためのテストケースですよ」

「なんで、そんなことを調べるんですか?」

重婚認可法じゅうこんにんかほうを成立させるためです」

「重婚認可法?」


 聞き慣れない単語に俺は眉をひそめる。「はい」と観音崎さんが頷き、話を進めた。


「重婚認可法とは、一定のテスト期間を設けたのち、定められた基準をクリアしたカップルに、重婚を認めるという法律です」

「ず、ずいぶんとぶっ飛んだ法律ですね」


 流石さすがに俺はうろたえた。重婚認可法とやらが、夫婦=一夫一妻という日本の常識に、ケンカを売るような法律なのだから無理もない。


「わたしも非常識な法律だと思います。ですが、たとえ非常識であろうと、日本を救うためには必要なのですよ」


 一息のを置いてから、観音崎さんが説明をはじめた。


「日本の少子高齢化は深刻です。少子高齢化は人口減少の起因となり、現在進行形で日本経済に大打撃を与えています」

「その事情は俺も知っています。結婚できる年齢が引き下げられたのは、出生率を伸ばし、少子高齢化を食い止めるためでしたよね?」

「はい。その通りです」


 観音崎さんが首肯する。


 結婚できる年齢が、男女ともに十五歳以上に引き下げられたのは、一〇年前のことだった。当時、俺は小学生にもなっていなかったが、喧々諤々けんけんがくがくの大論争が巻き起こったのを覚えている。


「政府としては、日本経済を盛り返すには大々的な改革が必要だと考えての決断でした。ですが、残念ながら効果は微量と評するほかにありません。たしかに出生率は伸びましたが、我々が想定していた一〇分の一以下だったのですから」


 物憂ものうげに嘆息たんそくして、観音崎さんが続けた。


「もはや出生率の増加は見込めない。それでも、日本経済のために諦めるわけにはいきません。そこで、政府は新たな策を立てました」

「新たな策?」

「国内で増やせないのなら、国外から呼び込めばいい。すなわち、移住者を招こうと考えたのです」

「なるほど。けど、そう簡単にいきますか? 少なくとも俺なら、生まれ育った国から別の国に移住するのには、ためらいがありますけど」

おっしゃる通りです。ですから、重婚認可法が必要なのですよ」


 観音崎さんの話がいまいちつかめず、俺は首を傾げる。


 移住者を招くことと、重婚を認めることに、どんな関連性があるのだろうか?


 疑問を覚える俺に、観音崎さんが話を振ってきた。


「西条さん。現在、どのような国で重婚が認められているか、ご存じですか?」

「いえ。そもそも、そんな国があるんですか?」

「ええ。アフリカ諸国――特に西アフリカで多く見られます。ただ、ここで重要となるのが、先進国ではどの国も重婚を認めていないという点です」


 ここがポイント、というように、観音崎さんが人差し指を立てる。


 俺は察した。


「重婚したいけど高水準の生活も送りたい。現状、そんな願いが叶う国は存在しないんですね」

「はい。そのような願いを持つ方々の受け皿になることで、海外からの移住者を募ろうというわけです」


 突飛とっぴなアイデアだと思う。だが、理に適っているのもたしかだ。重婚認可法が、人口減少を食い止めるための切り札になる可能性はゼロではない。


 そんな感想を抱いていると、「ただ」と観音崎さんが顔を曇らせる。


「重婚認可法は、従来の夫婦のかたちをガラリと変えてしまいます。そのため、政府内でも是非ぜひがわかれているのですよ」


 ここまでの話を聞いて、俺は悟った。


 日本政府が俺たちに同棲してほしいのは、なぜなのかを。


 なんのために、重婚のテストケースを求めているのかを。


「重婚が上手くいくかどうかを判断するために、俺たちの同棲生活をサンプルにしたいんですね?」

「まさにその通りです」


 観音崎さんが微笑んだ。


「方針を定めた政府は、テストケースを務めていただけそうなカップルを探すため、関係者に声をかけました。そのなかに、本木さんのお父さまがいらっしゃったのです」


 詩織のお父さんは高名な考古学者だ。おそらく、有識者として政府と繋がりがあったのだろう。


「お父さんから詩織に話が伝わり、俺たち四人が重婚のテストケースに選ばれたってことですか」


 ようやく理解した俺に、「ええ」と相槌を打ち、観音崎さんが顎に指を当てる。


「これらの事情は、本木さんから西条さんのご両親にお伝えになったと、うかがっているのですが……」

「詩織を責めないであげてください」


 ここまで黙っていた美風が、半眼になりながら詩織をかばう。


「蓮弥に事情が伝わっていなかったのは、総司さんと香奈子さんが意図的に隠していたからだと思いますから」

「イタズラしたり、からかったりするのが大好きなひとたちだったしね」

「あのおふたりなら考えられます」


 美風が推測し、萌花が補足し、詩織が嘆息する。


 思い返せば、朝食のとき、父さんと母さんは俺を見ながらやけにニヤニヤしていた。おそらく、三人と再会することや、重婚のテストケースになることでうろたえる俺の姿を想像して、楽しんでいたのだろう。


 観音崎さんが頬をひくつかせる。


「それは、なんというか……い、一風変わったご両親なのですね」

「言葉を選んでもらってありがとうございます。ただ、ストレートに『ろくでなし』ってののしってもらって構いませんよ」


 父さんも母さんもはた迷惑なことをしてくれたな。帰ったら文句言ってやるから覚悟してろよ。


 心のなかでぼやいていると、脱線した話を戻そうとするかのように、コホン、と詩織が咳払いした。


「お父さんから今回の話を聞いたわたしは、美風さんと萌花さんにお伝えしました」

「蓮弥くんと違ってわたしたちは、田舎町あのまちを離れてからもずっと、連絡を取り合っていたからね」

「『わたしたちと蓮弥さんの四人で重婚のテストケースになりませんか?』って提案されたときは、我が耳を疑ったけどね」


「まあ、返事は決まってたんだけど」と、美風が頬を赤らめながら呟く。


「おふたりからの同意は得ましたが、蓮弥さんに知らせることができなければ、なにもはじまりません。そこで、わたしたちは協力して、蓮弥さんと再会する手立てを探すことにしたのです」

「みんなの頑張りで俺たちは再会できたわけか……けど、どうやってここまでこぎ着けたんだ? 手掛かりすらなかったんじゃないか?」

「ううん。手掛かりはあったの」


 俺の疑問に萌花が答えた。


「あのころの蓮弥くん、バスケをしてたでしょ? 引っ越してからも続けていたなら、どこかの大会に出場してるんじゃないかって考えたんだ」

「そしたら、去年の全国大会の記録に、蓮弥と同姓同名の選手が載っていたのよ」

「その情報をもとに、同じくバスケ部に所属していた美風さんが聞き込みをして、蓮弥さんの進学先を突き止めたわけです」

「そうだったのか……」

「ようするに、蓮弥との思い出が手掛かりになったってこと」


 感心と呆然が混ざり合った気分になっていると、口元を緩めながら美風が付け足した。


 あのころの思い出が俺たちを巡り合わせてくれたことに、三人が俺との思い出を大切にしてくれていたことに、胸がジンとする。

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