重婚プロポーズ――2

「蓮弥くんが江信に進むのを知って、わたしたちもそこを目指すことにしたの」

「受験に合格したわたしたちは、入学前に開かれた保護者説明会に、親と一緒に参加しました」

「そこで手分けして探し回って、なんとか総司さんと香奈子さんを見つけて、事情を伝えたわけ」


 三人の説明で、ようやく俺の疑問は晴れた。


 三人が俺の進学先を知れたのも、俺の両親とコンタクトをとれたのも、ただただ彼女たちの努力の成果だったのだ。


 どれだけの知恵を絞り、どれだけの時間をかけて、どれだけの労力を要しただろう。想像しただけで頭が下がる。


 ありがたいと思う反面、申し訳ないとも感じて、俺は眉を下げた。


「……大変だったろうな」

「たしかに大変だったよ。けど、つらくはなかった」

「はい。蓮弥さんと再会するためでしたから」

「モチベーションはずっと高かったわ。だから、蓮弥は気に病まなくていいの」


 萌花と詩織が笑顔を浮かべ、同調するように美風が頷く。その言葉や表情には、一片の嘘も含まれていなかった。


「それに、あたしたちがずっと一緒にいるために、二度と離ればなれにならないために、どうしても重婚のテストケースにならないといけなかったからね」

「七年前の別れ際に蓮弥さんが言っていたように、わたしたちが一緒にいるには結婚するのが最適です。誰にも引き裂くことのできない、法的に認められた関係性。それが夫婦なのですから」

「けど、日本の法律では、蓮弥くんと結婚できるのはひとりだけ。それじゃダメなの」

「自分が選ばれようと選ばれなかろうと、わたしたちの絆は壊れないでしょう。それでも周りのひとたちが、わたしたち三人ともが蓮弥さんと添い遂げるのを、許さない可能性があります」

「蓮弥が学校で言っていたように、あたしたちは四人でひとつ。たとえ常識から外れていようと、周りからなんと言われようと、離ればなれになんてなれないわ」


 美風の言うとおり、俺たちは誰が欠けてもいけない。だからこそ三人は、重婚のテストケースになることを決めたわけだ。俺と添い遂げるために。最期の日まで一緒にいるために。


 そして、俺との結婚を望むということは――


「ここまでお話しすれば気づかれているでしょう。けれど、は一世一代の告白です。わたしたちの口から伝えさせてください」


 期待と緊張と高揚に胸を高鳴らせていると、三人が頬を色づかせながら告げた。




「蓮弥」

「蓮弥さん」

「蓮弥くん」

「「「あなたが好きです。愛しています」」」




 三人と再会したとき、これ以上の幸せはないと感じた。人生で最高の幸福だと思った。


 あのときの俺は想像だにしなかっただろう。それを遙かに上回る幸せが、一日と経たずにやってくるなんて。


「あの日に別れてから、蓮弥くんを忘れたことは一分一秒たりともなかった。それどころか、ますます想いは膨らんでいったよ」

「蓮弥さん以外の男の方とも接してきましたが、蓮弥さん以上の方はいませんでした。あなた以外には考えられません。わたしたちが結ばれたいと願うのは、世界でただひとり、あなただけなんです」

「あたしたちには蓮弥しかいないの。蓮弥があたしたちをそうしたの。だから、その……せ、責任、とって」


 萌花が瞳を潤ませながら、詩織が真っ直ぐ見つめながら、美風が恥ずかしそうにそっぽを向きながら、俺への愛を伝えてくる。


 知らなかった。幸せが大きすぎると、ひとは言葉を失うなんて。


 あまりの驚きに、あまりの喜びに、俺はただただ呆然とする。夢うつつにいるかのように、幸せを噛みしめる。


 いつまでも返事をしない俺に不安を覚えたのか、萌花が顔を曇らせた。


「蓮弥くんは……嫌、かな?」

「そんなわけない!」


 考えるより先に口が動いた。心が体を追い抜いた。


 口を開いたら止まらなかった。七年間、いや、出会ってからずっとため込んでいた想いが、言葉となって溢れ出す。


「俺もそうだ! 片時も忘れたことはなかった! いろんな女性ひとに会ったけど、惹かれたことは一度もなかった! 夢に見るたびに想いが募っていった! 俺にだって、みんなしかいないんだ!」


 失ってばかりの人生だと思っていた。どうにもならないと、なかば諦めていた。


 けど、違った。取り戻せるものがここにある。


 きっと、俺の想いは普通ではないのだろう。これからする告白は、はなはだ非常識なものなのだろう。


 構わない。


 美風と、詩織と、萌花と――三人とまた過ごせるのなら、ずっと一緒にいられるのなら、いくらでも後ろ指をされてやる。


 鼓動をたかぶらせ、顔が熱くなるのを感じながら、緊張で上擦りそうになる声で、俺は告げた。




「美風、詩織、萌花。俺と結婚してください」




 三人が目を見開き、涙を滲ませ、赤らんだ頬を幸せそうに緩める。




「「「はい。一緒に幸せになりましょう」」」




 七年越しの再会が、一生の誓約に繋がった。

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