再会――2
進学先の
昇降口で真新しい内履きに履き替え、俺は一年二組へと向かう。
「ん?」
ふと疑問を覚えた。目的地である一年二組が近づくにつれて、
なんだろう? なにかあったのか?
首を捻りながら廊下の角を曲がると、一年生のクラスの前に、たくさんの生徒が集まっていた。
「美人だねー、あの子たち」
「いるんだな、持ってるやつって」
「俺、江信にきてよかったー」
生徒たちの目は、一様に、三人の女子生徒に向けられている。この人だかりの原因は彼女たちなのだろう。
生徒たちの視線を追って――俺は息をのんだ。
ゴールデンブロンドのポニーテールをした、長身スレンダーのモデル体型。
胸の膨らみがたわわな、琥珀色ショートボブの美少女。
あのころより大人っぽくなっているけれど、俺には一目でわかった。何度となく、夢で彼女たちを眺めてきたのだから。
「……美風? 詩織? 萌花?」
知らず知らず呟いていた。
俺の呟きが届いたのかは定かでないが、萌花の目がこちらに向けられる。
途端、キャラメル色の瞳が見開かれ、空が晴れ渡るかのように、たおやかな
「蓮弥くん!」
萌花がブンブンとこちらに手を振る。まるで、飼い主を見つけたワンコみたいなはしゃぎっぷりだ。
美風と詩織も俺に気づき、萌花と同じように笑いかけてきた。
「ひさしぶりね、蓮弥」
「お元気でしたか?」
いても立ってもいられないとばかりに三人が駆け寄ってくる。だが、もう会えないと思っていた幼なじみたちとの再会が衝撃的すぎたため、彼女たちになんの言葉も返せず、俺はただ呆けていた。
まったく反応を示さない俺の様子に、美風が眉間に皺を寄せ、萌花が不安そうに眉を寝かせる。
「なにボーッとしてるの?」
「もしかして、わたしたちが誰かわからない?」
「そ、そんなことない!」
ハッとして、俺は勢いよく首を振った。
「美風と萌花と詩織だよな?」
「はい。そうです」
「わかってるなら早くそう言ってよ。心配しちゃったじゃない」
コクリと詩織が頷き、口端を上げる。美風はジト目で責めてきたが、頬が緩むのを堪えているのが丸わかりだ。
三人とも、俺のことを覚えてくれていた。
三人とも、俺との再会を喜んでくれている。
そしてなにより、三人と再会できたことが嬉しくてしかたがない。感動のあまり、涙で視界が滲んでしまった。
グスッと鼻を鳴らす俺を見て、萌花がオロオロする。
「れ、蓮弥くん?」
「ごめん。ひさしぶりにみんなに会えたのが嬉しくて……」
「な、なに照れくさいこと言ってるのよ。むず痒くなるじゃない」
「『そんなに嬉しいこと言わないで。あたしも泣きたくなるから』だそうです」
「要約すな! そんなこと、あたしは全然これっぽっちも思ってないんだから!」
詩織に
七年ぶりの再会にもかかわらず、俺たちのあいだによそよそしさはなく、離れていた時間なんてなかったみたいだった。あのころとまったく変わりない、自然体のやり取り。それが嬉しくて、俺はまた泣きそうになる。
よかった。離れていても、俺たちの絆は壊れなかったんだ。
感慨深くそう思っていると、萌花が尋ねてきた。
「蓮弥くんは何組? わたし、二組なんだけど」
「俺も二組だ」
「ホント!? やったーっ!」
「あたしも二組。クラスメイトね」
萌花がバンザイをして、美風がニッと笑う。
ふたりが喜ぶなか、詩織だけは浮かない顔でうなだれていた。
「一組はわたしだけですか……」
「だ、大丈夫だよ、詩織ちゃん! 休み時間とかに会いにいくから!」
「安心して。のけ者になんて絶対にしないわ」
「ありがとうございます」
萌花と美風の励ましにかすかな笑みを返し、詩織が俺を見上げてくる。
「蓮弥さんも会いにきてくれますか?」
「当たり前だろ。俺たちは四人でひとつなんだ。詩織がいないなんて考えられないよ」
「そう言っていただけると嬉しいです」
「いいこと言うじゃない、蓮弥」
「そうだね。あのころと全然変わってない。優しい蓮弥くんのままだよ」
詩織が胸を撫で下ろし、美風と萌花も穏やかに微笑む。
そんな三人を眺めているだけで、無限に活力が湧いてくる。いままでがくすんでいたかのように、世界が鮮やかに映った。
会いたくて会いたくてしかたがなかった三人と、今日から一緒に学校生活を送れる。まさに人生最高の日だ。
「それにしても奇遇だよな。四人とも同じ高校に進学するなんて」
神さまに感謝しながらそう口にすると、どういうわけか三人がキョトンとした。
ん? 俺、なんか変なこと言ったか?
三人の反応を不思議がっていると、美風が小首を傾げる。
「
「父さんと母さんから? なにをだ?」
今度は俺がキョトンとする番だった。話題とは無関係なはずの、両親の名前が出てきたのだから、しかたない。
俺の返答を受けて、三人が目を見合わせた。
「この様子では聞いてないみたいね」
「おかしいですね。総司さんたちには、ちゃんとお伝えしたはずなのですが……」
「もしかしてさ? 総司さんたち、わざと蓮弥くんに言ってないんじゃない?」
「ああー……あり得るわね」
「かもしれません。おふたりは愉快な性格をされていましたから」
なにかを察したのか、三人が溜息をつく。
みんな、いったいなんの話をしているんだ? 事情がまったくつかめないぞ。
頭の上に大量のクエスチョンマークを浮かべていると、真っ直ぐ俺を見つめながら、詩織と萌花が口を開いた。
「わたしたちが蓮弥さんと同じ高校に進学したのは偶然ではありません」
「わたしも美風ちゃんも詩織ちゃんも、蓮弥くんが江信に進むのを知ったうえで進学先を決めたの」
衝撃的な告白に、俺は言葉を失う。
俺の進学先を知ったうえで? そんな情報、どうやって手に入れたんだ? そういえば、みんなは父さんと母さんになにかを伝えたらしいけど、そもそもどうやってコンタクトをとったんだ?
疑問が膨らみすぎて、軽いパニック状態だ。
わからないことだらけで戸惑う俺に、美風が真剣な顔で
「蓮弥? あの約束、覚えてる?」
ごちゃごちゃしていた頭が一瞬で醒めた。
あのころ、俺たちは数え切れないほどの約束をした。『明日は萌花の家に集合』とか、『詩織から借りた本は読み終えたら返す』とか、『このゲームで美風が買ったらアイスをおごる』とか。
くだらない約束もあったし、大切な約束もあった。ただ、いまだに果たされていない約束は、たったひとつしかない。
美風だけじゃなく、詩織と萌花も、神妙な面持ちで俺の返答を待っている。
俺は震える唇を開いた。
「それって――」
「お前ら、クラスに戻れー」
『結婚の約束のことか?』と続けようとした俺の言葉は、やってきた教師によって遮られた。どうやら思った以上に長く話し込んでいたらしく、もうすぐ入学式がはじまってしまうようだ。
教師の呼びかけに従って、廊下にたむろしていた生徒たちが自分のクラスに戻っていく。
「これ以上は話せなさそうね」
「ええ。従わないわけにはいきませんし」
「続きは入学式が終わってからかな」
三人が息をついて――もう一度、美風が尋ねてきた。
「最後に訊かせて。覚えてる?」
美風の眼差しはあまりにも真っ直ぐだ。こんなにも真剣そうに訊いてくるのだから、『あの約束』とは、結婚の約束のことに違いないだろう。
そう判断した俺は、緊張で鼓動が速まるのを感じながら、三人と同じく真面目な顔つきで頷いた。
「覚えてるよ。忘れるわけない」
三人が満足げに微笑んだ。
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