再会――1

「蓮弥くん、行っちゃヤだ!」


 三人の女の子が泣いていた。


「お別れだなんて寂しいよ! ずっと一緒にいようよ!」


 赤ん坊みたいにわんわんと泣きわめく萌花。


「もう会えないの? なんとかならないの?」


 いつもは強気な美風だが、いまはすがるような目を俺に向けている。


「わたしたちだけじゃありません。蓮弥さんもつらいんです。だから、見送らないといけないんです」


 八歳このときで、すでに大人顔負けの知識を持っていた詩織にも解決策が見いだせないようで、小刻みに体を震わせながら、俺との別れを自分に言い聞かせていた。


 その光景を第三者の視点から眺めながら、俺は悟る。


 ああ……また、この夢か。


 これは八歳のころの記憶だと。三人の幼なじみとの、別れの記憶だと。


 この夢を、俺は数え切れないくらい見てきた。だから、このあと、あのころの俺がどうしたかも知っている。


 こぼれそうになる涙を必死に堪え、あのころの俺が言い放った。


「結婚しよう!」


 三人が目を見開く。


「父さんと母さんが言ってた! 結婚したらずっと一緒にいられるって! 結婚したから一緒にいるんだって!」


 ギュッと拳を握りしめ、悲しみを涙とともに拭い去ろうとするかのように目元を擦り、続ける。


「もう引っ越しちゃうけど、俺だってみんなと一緒にいたい! だから、また会えたら結婚しよう! 今度こそ、ずっとずっと一緒にいよう!」


 それは、なんとか三人に泣き止んでほしくて言い放った告白。それでも、心の底からの願いだった。


 まだまだ子供だった俺は、結婚は一対一でするものだと知らなかった。しようと思えば三人と結婚できると思っていた。だから、いつか彼女たちと結婚して、いつまでも一緒に過ごそうと本気で考えていた。


 きっと、あのころの俺は、結婚の約束をり所にしたかったのだろう。いまは別れてしまうけど、この約束がまた自分たちを巡り合わせてくれる――そんな祈りを込めて、プロポーズしたのだろう。


 俺の告白を受けて、三人が唇を引き結んだ。


 もう泣いてはいけない。泣いてはいられないというように涙を拭い、無理矢理作ったような笑顔で答える。


「「「うん! 約束!」」」




 そこで目が覚めた。




 目元に指をやると、かすかに湿っている。どうやら泣いていたらしい。


「また、あのころの夢か……」


 のろのろと上体を起こし、かすれた声でひとりごつ。胸をきむしりたくなるほどの切なさにさいなまれながら。


 彼女たちと出会ったのは六歳のとき。引っ越し先の田舎町でだった。


 田舎のひとびとは仲間意識が強く、よそ者に冷たい傾向がしばしばある。俺が引っ越した田舎町ではその傾向が特に強く、よそ者である俺はつまはじきにされていた。友達なんて当然できなくて、孤独な毎日を過ごしていた。


 そんなときに出会ったのが、同じ時期に引っ越してきた、三人の女の子だ。


 彼女たちも俺と同じくつまはじきにされ、いつもひとりぼっちだった。言わずもがな、その女の子たちが、美風・詩織・萌花だ。


 孤独だった俺たちは、それぞれがそれぞれにシンパシーを感じた。同じ境遇にあったからこそ、共感し、同情した。


 共感と同情が友情に変わるまでに時間はかからなかった。俺たちは友達になり、毎日のように四人で遊んだ。


『味方は自分たちだけ』という心理的要因もあり、俺たちの絆は日に日に深まっていった。後にも先にも、彼女たち以上に親しくなったひとはいない。


 この四人で、ずっと一緒にいたいと思うようになった。ずっと一緒にいられると信じていた。


 けれど、終わりは突然やってきた。両親の仕事の都合で、俺はまた引っ越さなくてはならなくなったのだ。


 俺たちの絆は固く、だからこそ、離れたくないと強く思った。結果、俺たちは結婚の約束をしたのだ。いつの日か、また出会えると信じて。また一緒に過ごせることを願って。


 だが、願いは願いに過ぎなかった。


「みんな、元気にしてるかな」


 ポツリと呟く。


 約束すれば再会できるほど人生は甘くない。あれから七年経つが、ただの一度たりとも、俺は彼女たちと出会えていなかった。


 幼かった俺たちはスマホを持っていなかったので、三人とは連絡先を交換できていない。あのころは住所や郵便番号を気にしていなかったので、三人と手紙のやり取りをすることもできない。


 彼女たちの現状を知る手立てが、俺にはないのだ。


 いま、彼女たちはどうしているだろうか?


 いまもあの町で暮らしているのだろうか? それとも引っ越したのだろうか?


 離ればなれになっているのだろうか? それとも、いまでも連絡を取り合っているのだろうか?


 知りたい。会いたい。話したい。


 けど、俺にはできない。


 いまでも彼女たちを想っているのに。


 あの夢を見たあとは、いつだって目覚めが最悪だ。憂鬱さと気怠さと情けなさが混じり合った、雨雲みたいな不快感が胸中にはびこっている。


 そんな重苦しい感情を吐き出すように、俺は深く溜息をついた。


「いつまでもこうしちゃいられないよな」


 なんとか気持ちを切り替えようと独りごちながら、ベッドサイドの置き時計に目をやる。


「って、もうこんな時間!?」


 わずかに残っていた眠気が一瞬にして吹き飛んだ。自分が寝坊したとわかったからだ。


 今日は、これから俺が通うことになる高校の、入学式がある。進学して早々、遅刻するのはマズすぎる。


 跳ね上げるような勢いで掛け布団から抜け出し、ベッドから降りるため、フローリングに右脚をつく。




 ズクンッ!




 瞬間、膝に鈍い痛みが走った。


「――っ!」


 声にならないうめきを上げて、膝を抱えてうずくまる。


 鉛みたいに重苦しい痛みが、の恐怖を、絶望を、呼び覚ます。


 心臓が早鐘を打つ。呼吸が荒ぶる。視界が狭まる。脂汗が止まらない。


 あまりにも長く感じる数秒を経て、膝の痛みは治まった。


 それでも、鼓動と呼吸はいまだに荒く、寝間着は汗でびしょびしょになっている。


 カタカタと体を震わせながら、俺は弱々しく呟いた。


「失ってばかりだな、俺」


 胸にぽっかりと穴が空いたような、ひどく空虚な気分だった。

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