人生はクソでしかない。


生まれてからいいことなんて一つもいなかった。


クソみたいな親、破れる夢、息苦しい環境。


私が望んだものは何一つも叶わなかった。


なんで私は生きているんだろ、たまにそう考えてしまう。


そのはずなのに……


「不破さん!」


最近現れたうるさいやつが頭から離れない。


彼は今まで出会った人と全く違う。


自分とは全く違う人種で、裏がないって言うか、真っ直ぐって言うか。


辛いはずなのに、嫌なことばっかりなのに、いつもへらへらと笑っている。


見たことがない、大馬鹿者。


なんで彼は、あんな笑顔を見せられるんだろう?


「はぁ……」


夜八時、適当に作ったインスタントラーメンを啜りながら、私はこんなつまらないものを考えていた。


「ただいま」


あいつが帰って来た。


嫌々と玄関の方へ見ると、私と同じ黒髮をしている女が居た。


私のお母さん、認めたくないが。


「あんた、まだそんなもの食べているの!?」


「……」


帰ってきた間も無く、最初の言葉が私への文言。


「あんたね、もっと健康を気を付けなさいよ」


「……」


「あんたが病気になって困るのは私なんだよ、分かってる?全く……」


そんなこと言って、あいつ部屋の中に入った着替えをする。


最後にあいつと一緒にご飯を食べるのはいつだったでしょう?


朝起きた時もう家にいないし、帰る時間はいつも夜の八時。


あいつにも仕事があるので手料理を求めないが、たまにでもいいから一緒に晩ご飯を食べるのはどう?


部屋から出てもあいつはきっとテーブルに近つかないでしょう、どうぜもう外で食べたし。


育児放棄にも程がある。


食べ終わて皿を洗って、ソファーでスマホをいじっているところで、あいつはやっと部屋から出てきた。


もちろん晩ご飯を食べる訳でもなく、そのままソファーの向こう側で座った。


「透、学校の方から聞いたよ」


「……なんですか」


まだ文言か。


「まだクラスメイトと喧嘩したでしょう、何やっているのよあんた」


知りません、なんもしてないのに煽られたので、ちょっと口論しただけ。


「あんたねえ、ただでさえ人付き合いしないのに、人と喧嘩したりしたらダメでしょう」


「……」


「成績がいいでもそれだけじゃ就活できないんだよ、社会性を持って、もっと人に優しくしてあげなさいよ」


「……」


「そもそも私は問題児の親として扱わされてるんだよ、私の為でもちゃんとください」


いつもそうだ、会うたびに文言の次に文言、文言ばっかり。


内容はいつも自分のこと、まだは未来の何か、


今の私に関わることは、何一つない。


自分のことばっかり。


「なんで私の娘はやらかしばっかりで……」


あいつの目の中に、私はいない。


「もしかしてあんた、人付き合いしない理由は、まだアイドルとやらに関わるんじゃないでしょうね?」


「はっ!?」


思わず大声を出した。


私の中の中にいる禁忌を、こいつは躊躇なく触れやがった。


「あんたね、まだやってるんの!?そうだったら今すぐ……」


「お前に、私の何かわかるんだよ!私の行動にいつも文言ばっか」


「私はあんたのために……」


「お前にとって私はどうでもいいでしょう!?もううんざりだよ!お前のことが!」


「えっ……」


普段は何もしないの癖に、自分の気分に害する時だけ親ぶって。


もうこの家に居たくない。


あいつの呼び止めを無視して、私は自分の部屋に入る。








「今日は雨が降りそうだな……」


一人で朝ご飯を食べながら窓の外を眺める。


すでに七時なのに、外はまるで六時のように暗い。


黒い雲が太陽を塞ぎ、どう見ても今日は雨が降るだろう。


「行ってきます」


誰も居ない家にお辞儀し、俺は傘二つを持って外へ出た。


まだ人が少ない街を潜り抜け、ある場所へ向かった。








「え?」


学校へ到着した時、いつもにない姿が見えた。


不破さんが校門前に居る。


登校の時で不破さんに出会うなんて今回が初めてだ。


挨拶しようと近つくと、俺は異常に気がついた。


不破さんはスーツケースを引っ張っている。


それもかなりでかいスーツケース、まるで今から旅行でもするみたいな……


「……!」


そんなこと考えていると、不破さんは俺を気ついて頭を振り向いた。


彼の顔は一瞬歪んで、そして顔を逸らして学校の方に走る。


「不破さん!?……行っちゃった……」


あんまりには早くて、追いかけようとしてもついていける気がしない。


今まで色んな不破さんを見たけど、あんな緊張した不破さんは初めてだ。


心配なんだが、今から追いかけるのはなんだか違うって気がした。


昼休みの時間もあるし、気が落ち着いた時で話そう。


そんなこと思っていたが、そうにはいかなかった。


昼になって、空から雨が降り始めた。


勿論屋上に行くわけないので、俺は二年の教室へ行った。


結果、不破さんを見つからなかった、不破さんらしき人物がどこにもない。


その後食堂や体育館など行きそうな場所を回って、保険に屋上まで寄ってみたが、やはい不破さんはいなかった。


あの不破さんなんだし、きっと俺の知らない人気のないとこへ行ったでしょう。


結局、俺は放課になるまで不破さんを見つからなかった。


もう一回教室を覗いたが、やはりいない。


心配だけど仕方がない、俺は家に戻ることにした。


「ダメだよ透ちゃん!?」


人混みを避ける為にちょっと時間をツラして放課しだが、学校の玄関までお行くと喧嘩するような声が聞こえた。


「邪魔しないでください」


「えっ……不破さんだ」


そこにいるのは不破さんと、制服をちょっとアレンジした、ちょっと派手な格好をしているギャルらしき女の子。


不破さんはこの前みたいな絶対零度な目で、女の子を睨む。


「考え直して!家出しても何も解決できないんだよ!」


「家出……?」


女の子の言葉に、俺はびっくりした。


不破さんが家出する?なんで?


不破さんの身に何が起きているんだ?


「そもそも解決する気はありませんので」


「そんな……!」


「もう行きますので、退いてください」


「待って……きゃ?!」


「……」


女の子は不破さんを止めようとしたが、不破さんは女の子の肩を押し、彼女はそのまま転んで地面に座った。


そんな彼女を置いておき、不破さんは頭を振り向かずに走って行く。


傘もささずに。


「不破さん!?……君大丈夫ですか?怪我はありませんか?」


気が戻った俺は不破さんを追いかけたいが、その前に俺は女の子の方に向かった。


心の動悸を抑えて、俺は女の子に問いかける


「ヒィ……大丈夫だけど……」


急に現れた俺に怖がりしつつ、女の子はそう言って、自力で立ち上がった。


「なら良かったです、不破さんは俺が追いかけますから、君はここで休んでください!」


「えっ……」


俺の言葉に、何故か女の子はびっくりした。


「不破さんって……あんた透ちゃんとは一体どんな関係?」


「同じとこで昼メシ食べる仲間です!」


そう言って、俺は走り出した。








「やはりここにいたのが……」


慌てて不破さんの背中を追いつこうとしたが、女の子と話した時間差で姿が全く見えなくなった。


しばらく街中を回ったけど、何処にも不破さんの姿が見つからない。


その時、俺は思い出した。


俺が校外で、唯一不破さんと面識がある場所


「こんなとこで座っていたら、風邪ひきますよ」


誰もいない路地裏の行き止まりで、不破さんが体育座りしていた。


俺は不破さんを雨から庇うたまに隣で傘を差す。


「いりません……」


「そうですか」


不破さんは弱々しい声で拒絶したが、俺は相変わらず側から離れない。


「なんでここにいるんですか?」


「校門で喧嘩するとこを見ちゃったので」


「……」


「……」


「そこの傘、あなたのですか?」


不破さんは視線をずらし、横の地面にいる傘を見る。


傘の下には、何もいないダンボールが置いてある。


「猫ちゃんは自分の雨宿りがあるみたいですけどね」


「……優しいですね、あなた」


「ありがとう……ございます?」


「なんで疑問なんですか?」


「ははっ、そうですね」


不破さんからの褒め言葉に戸惑いつつ、素直にそれを受け取ることにした。


どうやらそれは本気な言葉らしい。


不破さんの言葉から、いつもの切れ味がない。


「……寒くないですか、不破さん」


「あなたこそ、雨に打たれて大丈夫ですか?」


「俺は大丈夫、不破さんと同じ状態になるだけですから」


「なんですかそれ」


「俺を心配してくれてありがとう」


「……そういうのじゃないから」


正直今でも不破さんをここから連れ出したい。


だけどもう一歩踏み出す勇気が出しない。


俺には、不破さんにさらに踏み込む資格があるのか?


「……」


「……」


「本当になにも聞かないですね、あなた」


「……」


「気にしないのですか、家出した理由」


「気に……はしますが」


気にはなるが、でも聞く気はない。


この前のこともあるが、それ以上に心の傷は下手に触れない方がいいものだと思う。


個人経験なんですが、田舎にいる頃、お婆ちゃんはいつも静かに俺の側にいる。


それだけで安心感があるって言うか、一人じゃないって言うか。


こう言う時に限って、嫌なことに関わらずに側で何も聞かない人がいるって大事だと思う。


「大丈夫ですよ、俺はここにいるだけですから」


俺は今で出来るだけ、優しい顔で微笑む。


そんな俺の言葉を聞いて、不破さんは顔を俺の方に向く。


「なんであなたはこんなに笑えるんですか?」


俺は絶句した。


「あなたは辛くないですか?」


不破さんの目は、光がなくて、どこが頼りなくて、それでも俺の中を覗いている。


「なんであなたは私を構うんですか?」


彼の目を見て、俺は色々とわかった。


きっと最初に出会った時から、薄々くわかっていた。


不破さんが怖くない理由、不破さんと絡みたい理由、不破さんを笑わせたい理由。


彼のその目には、見覚えがある。


一人ぼっちの時鏡を覗く度に、俺は必ずそれを見るからだ。


失礼かもしれないが、俺は不破さんのことが自分に似ってると思っていた。


全てを信じられない、何もできず一人ぼっちになって、寂しさを堪える。


彼は俺と同じ、絶望した目を持っている。


だから俺は不破さんを怖がらない、彼ならわかってくれると思ったから。


だから俺は不破さんと絡みたい、仲間が欲しいから。


だから俺は不破さんを笑わせたい、自分にできなかったことを今度こそできるようになりたいから。


「そうですね……俺自身もうまく言語化できないが……」


俺って、びっくりするほど身勝手な人だな。


「側に居てくれる人がいるから……ですかね?」


「は?」


「一人ぼっちだった俺の話を聞いてくれる人が居るから、俺は安心して笑える」


身勝手な話だけど、不破さんが静かに側にいることが心地良かった。


「辛いことはありますが、俺は一人じゃないことがわかったから、我慢できる」


だから、俺はそんな不破さんのために……


「俺は自分を助けることができなかった、だから今度こそ何かをしたい、そんな俺を助けた彼を」


「自分本位な人ですね……」


「そうですよね、ごめんなさい」


「知った口で大口叩いて、あなたは本当に最低な偽善者です」


「だけどやめるつもりはありません」


「知ってます」


「……」


「本当に……最低」


不破さんは鋭い目で俺を睨む。


だけど自分の思いを知った以上、俺は先へ進みたい。


「だから、俺が言いたいことは、不破さんも一人じゃないってことです」


「うるさい人がいますので」


「ははっ、そうですか」


資格があるかどうかじゃない、今から資格を作り出すんだ。


大事な恩人で、同類のために。


「このままここに残ると、風邪ひきますので……」


俺は、一歩踏み出す。


「行く場所がないなら……俺の家に来ませんか」


不破さんの出会ってから、最大のわがままを言い出す。


「空き部屋があるからさ、暫くそこに住みません?」


「……誘拐ですか?」


「違いますよ!?変なことしませんから!?でももし嫌だったら無理しませんが……」


「まだそうとは言ってません……」


不破さんは俺の腕を掴み、ゆっくりと立ち上がる。


「そこまで言われたら、行くしかできないじゃないですか」


「えっ……」


「暫くの間、よろしくお願いします」


こうして、俺たちの同居が決まった。

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