姉さんの思い

私、日向凛子は、弟のコウくんのことが好きだった。


子供の頃、私の家庭はごく普通の親が共働きの四人家庭だった、私も今みたいにしっかりしてると言われる性格してない、わがままを言うし、友達にイタズラしたりもした。


そんな私を変えたのは小学の頃の出来事。


お父さんが車事故で死んだ。


大好きで、家庭の大黒柱のお父さんがあっさりで私たちの前から消えた。


あれから家庭環境は大きく変わった、お母さんは仕事漬けになり、毎日必ず家に戻るがそれもただ戻るだけ、それも帰ったら疲れのあまりにソファーに寝込むほど、だから中々家の世話ができない、その疲れと深刻さは幼い私でもわかるほどだ。


あの頃から、私はわからされた、私はしっかりしないと駄目ってことを。


私はわがままを言うなくなった、可愛い服を欲しくなくなった、遊ぶ時間を勉強に分けた。


なぜなら私はこの家で一番年上の子供だから、お母さん以外にこの家庭を守られるのは私だけだから、ちゃんと勉強して、たくさん稼げないといけない。


気付けば周りは私のことを優等生と呼び始め、学級トップとか、クラス委員長とか、色んな責任を負うことになった。


きっと私だけだったら、とっくにこんな沢山の責任に押し潰されていただろう。


でも私には大事な人、弟のコウくんが居た。


コウくんはいつも周りの人に怖がられていたが、そんな印象と真逆にコウくんは優しい子だった。


歳は私と一年しか差がないのに、彼はなんのわがままも言わない、自から家の家事を全部まとめた。


美味しい食事を作って、暖かい風呂を用意して、私とお母さんをサポートしようとした。


それだけじゃない、私が困る時は必ず手助けしてくれる、悩む時は外へ連れ出して私のストレス解消しようとしてくれる。


朝は必ずコウくんの「おはよう、姉さん」で始まる。


家に帰ったらコウくんが「お帰りなさい」って迎えてくれる。


私の服を洗濯するコウくんをからかうと「姉さんの匂いなんて嗅いてないよ!」っていつも真面目にデレてくれる。


そんな彼だから、気付けば詩織もはるき彼に惹かれた。


彼がいるから、私は今の私でいる。


なのに私は、いつになったか、それが当たり前と思い始めた。


そんな私にやってきたのが、高校一年。


何かがあったと言うと、私の成績は落ち始めた、私は課題に付いて行かなかった。


別に平均以下になったほどではないか、昔みたいに学年トップじゃなくなった。


それでも私には家庭を支える責任があるから、そんな私はこれくらいの偏差すら許しなかった。


コウくんも私の悩みに気ついたようで、新しい料理を学んで、暇があれば外へ連れ出して、いつもより頑張って私を慰めようとした、それでも私の悩みは消えることがなかった。


思い返してみればあの時の私は酷く思い込んでいた、時間があれば学校の図書館に入り浸って、頭が勉強でいっぱいいっぱいだった。


コウくんへの感謝を忘れるくらいに。


そんなある日、ある出来事が私の耳に伝わった。


コウくんが痴漢容疑で捕まった。


最初私も「ありえない」と疑ってた。


でもそんな思いもプレッシャーによって消えていった。


学校に帰ったらクラスメイトに「あいつの弟、痴漢らしいよ」と疑われる。


先生も「気をつけなさい」と、私を警告した。


ただでさえ成績がうまくいってないのに、これ以上何かあったら私の名声に影響する。


下手すれば内進にも影響が出て、いい大学に行かなくなり、いい職に就かず、こうなったらただでさえ富裕じゃないこの家は、終わってしまう。


追い込まれたあの時の私は、ここまで遠く思って、妄想してしまった。


気付けばコウくんへの感情は感謝から憎しみに変わった。


今思い返すと、私は本当にバカだった。


家族のために頑張ってきた私は、家族の名の下に、大事な家族の一員を捨ててしまった。


そんな私が取った行動は、今でも覚えている。


帰ってきた憔悴したコウくんの手を振り払い、罵倒した。


それでもコウくんは私を昔のように支えようとしたが、私はそれを無視した。


コウくんはこの家の恥、コウくんは敵、そう思っていた。


そしてある日、コウくんは家からいなくなった。


精神崩壊した彼は病院送りした後、すく田舎のおちゃんのとこまで送られた。


そこから私の日常は一変した。


朝で「おはよう」と挨拶してくれて、朝ごはんを用意してくれる人がいなくなった。


家に戻ったら「お帰りなさい」と迎えてくれて、もてなしてくれる人がいなくなった。


私の服を恥ずかしがりながら洗ってくれる可愛らしい姿がいなくなった。


今までやってない分の家事が、全て私に押し付けられた。


今まで私に答えてくれる優しい声が、どこかに消えてしまった。


心の中のどこかが空っぽになった気がした。


なんだか気になってコウくんの病気を調べたが、ひどさのあんまりびっくりした。


人間相手に強迫性障害なんて、これからどうやって生きていくって、思わず心配した。


でも、私はそんな思いを振り払った。


なぜならこれは全てコウくんのせい、心の寂しさはコウくんがいけない、強迫性障害もコウくんの自業自得。


だから私が心配する筋合いはない、私の苦しみは全てはコウくんの責任。


あの時の私は醜いほど、コウくんを敵であって欲しかったと思う。


じゃないと、きっと私はこの孤独に耐えられない。


でもそんな思いも長く続かなかった。


「冤……罪……」


警察からの通知を見た私は、何も考えられなくなった。


これを見たお母さんは、失神しそうになった。


おめてたい通知なはずなのに、未来への心配が一つ消えたいいお知らせなのに、私は死刑宣告を受けた気分だった。


この一ヶ月間の苦しみは自業自得だっただけじゃない、こんな苦しい思いは今後も続くだけじゃない。


今までコウくんにどこまで酷いことをした、コウくんをどこまで追い込んだ、コウくんは強迫性障害でどこまで苦しんでるのかを。


自分は大事な家族を裏切って、どれだけ自分勝手で醜い人間ってことを、思い知らされた。

あれから私の日常はさらに崩壊していく。


お母さんは家に戻れなくなった、時間があれば仕事をする、その姿はまるで教会で神に許しを求める罪人にように、まさに仕事漬けそのものになった。


私はどうかって言うと、私は全てを捨てた。


一切の娯楽を捨てた、人付き合いもしなくなった。


時間があれば勉強、そして家事修行。


今までコウくんに助けて貰った分、自分でなんとかする。


今までコウくんから貰った恩の分を、コウくんに返したい。


だから勉強も、家事も、完璧なお姉ちゃんでいなければならない。


こうしたら、私きっとコウくんに認めてくれる、許しを貰える。


辛くても、寂しくでも、私は必死に我慢した。


そこから、私の学園生活は友たちがないこと以外は順調だった。


成績がトップに戻り、先生に褒められるようになった、慕ってくれる人も増えた。


気付けば私はみんなから生徒会長に推薦された。


笑ちゃうよね、コウくんを捨てた私の成績が良くなって、生徒会長になったとは。


大事な人を見捨てた私が人を見守る立場になった。


まさに諷刺そのもの。


それでも私はやって来た、なぜなら全てをコウくんへの贖罪だから。


どんなことがあっても、私に悲鳴をあげる資格がない。


そして今日は、待ち望んだコウくんが帰ってくる日だ。


私は今までの家事修行の全てをこもった料理を用意し、今まで一番キラキラした自分を用意した。


まともになった自分をコウくんに見せて、誠心誠意でコウくんへ謝る。


それならきっと彼は私を許してくれる、そう思った。


そうはならなかった。


彼の神情は私を見た瞬間、酷く変化した。


目と歯が震え、冷や汗が流れ、口がブツブツと何かを言っている。


一言でまとめると、今の彼は常人に見えない。


「コウくん、聞こえる?」


私がどう呼んでも、彼は返事しない。


彼は、まるで恐ろしい何かを見ているみたいだった。


「コウくん、ね?」


事態があまりにもおかしくて、深刻で、変わり果てたコウくんの姿を目にしたせいで私の先まで用意したとびっきりの笑顔も引き攣り始めた。


「ごめんなさい!」


「待って!コウくん!」


一瞬正気になったと思ったら、コウくんは絶望した顔で逃げた。


何度呼んでもコウくんは私の声に応じてくれなかった。


「コウ……くん……」


私は、地面に膝をついた。


「ごめん……ごめん……」


先の状態を見て、誰でもわかる。


コウくんは壊れてしまった。


私のせいで、コウくんは壊れた。


コウくんからの昔のような笑顔はどこにもいなかった。


全部全部、私の裏切りのせいだ。


何が完璧なお姉ちゃんだ。


私の頑張りは、結局全部勝手な思い込みだった。


偉くなったとこで、コウくんが救われるわけじゃない。


コウくんを追い込んだ私には、許される資格がない。


あれからも、コウくんは部屋から出ることはなかった。


私は綺麗な料理が並んでいる食卓の前で、ひたすらに泣いていた。

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