もう遅いよ
時間が更に過ぎて行き、騒がしい夏、収穫の秋、寂しい冬、田舎に来たのはもう一年以上前のこと。
時は五月、俺は荷物と一緒にお婆ちゃん家の玄関に立ってた。
「お婆ちゃん、一年間お世話になりました」
いつまでも田舎に残る訳もなく、いい年の子供として、ちゃんと学校へ行き、社会復帰しなきゃならない、だから今日はお婆ちゃんから離れる日。
「大丈夫かい?怖いならまだここに残ってもいいんだよ」
「大丈夫、もう一年前の俺じゃないから」
嘘である。
今でも家に、学校に戻るのが怖い。
元々は四月前に戻って始業式に間に合う予定だったが、怖さのあまりにメンタルが崩し、その結果五月の遅れた始業という状態になった。
「俺は、ちゃんと未来に向き合わないといけないからな」
いつまでもお婆ちゃんや家族に迷惑を掛かることができない。
この一年間、俺はたくさんお婆ちゃんから勇気付けられた。
歩き方を忘れた俺に、必死で前へ進めるよう手助けしてくれた。
だからお母さんと姉さんは俺のことが嫌いでも、戻らなければならない。
それにこの家に残るか離れるか以前に、学校から卒業しなきゃならないからな。
「……わかった。行ってらしゃい、コウちゃん」
「ありがとう、お婆ちゃん」
渾身の勇気を振り出し、俺をお婆ちゃんに近く。
寂しさをこらえ、震える手を心で押さえ、お婆ちゃんを抱きしめる。
『そんなことしていいのかお前』
いいんだよ、相手はお婆ちゃんなら。
「行ってきます」
そう言って、俺はお母さんが用意した車に乗る。
まだと弱くて、頼りないが。
そんな俺でも、セーブゾンから飛び出た。
車の中は一年前と同じく、沈黙しかなかった。
この一年間何が起きたとか、家の現状とか、そういう対話は全くなかった。
俺は嫌なほど改めて思い知らされた。
お母さんはまだ俺のことが嫌いと思う。
家に到着した時は既に夜になった。
家に戻り荷物を下ろした後、「仕事があるから」って一言で、お母さんは去った。
玄関に入って、恐る恐るの「ただいま」。
すると、リビングの方から足音が走ってきた。
俺の心臓が止まりそうになった。
いるのはわかってる、というかそれが当たりまえ。
姉さんが走ってきた。
『姉さんじゃん』
出てくるな。
『嫌だね、俺は忠告してるだけだよ』
お前はただの妄想だ、本物じゃない。
『これ以上姉さんに嫌われたいか?』
……
いや……嫌だ。
『ならちゃんと確認しろよ、姉さんの顔』
顔は、大丈夫……みたい。
『手はどうだ、何も触れてないよな」
大丈夫、きっと大丈夫だ。
『本当か、も一回よく見て?』
大丈夫。
『本当に本当?も一回……』
「……コウくん?」
「……はっ!?」
心臓が本当に止まったみたいになった。
我に返った俺が見えたのは、引き攣った笑顔をしていた姉さん。
「コウくん、ね?」
姉さんの手は震えている、なんなら冷や汗すら見える。
その顔には見覚えがある。
『邪魔しないで』
『君のせいだ』
釈放されたばかりのあの頃の、俺は拒絶する笑顔。
「大丈……」
「ごめんなさい!」
「コウくん?!」
姉さんがこれ以上声を掛ける前に、俺は荷物を持って二階にある自室へ走って行った。
見ていられなかった、わかっているはずだった。
姉さんはまだ俺のことが嫌いだ、じゃないとあのようにはならない。
引き攣った笑顔、震える体、きっとよっぽと俺の顔を見るのが嫌だろ。
なのに俺は呑気と姉さんの前で立て、強迫性障害を発症してる。
「ま……て……くん」
姉さんはきっと俺と同じ家の下にいることが嫌なんだろ。
そんな俺を出迎いしてくれるなんて、本当に優しい人。
これ以上姉さんを困らせたくない、もうこれ以上姉さんに嫌われたくない。
だから俺は姉さんに会わないように自室へ逃げ込んだ。
出来損ない弟でごめん。
この夜、俺は一回も部屋から出ることがなかった。
部屋の中で、俺は泣き声みたいな何かが聞こえた。
翌朝、学校がある為、俺は恐る恐る部屋から出た。
家の中には誰もいなかった。
リビングの中を覗いてみると、そこには用意された朝ごはんがあった。
『コウくんは食べてください』のメモと共に。
確かお婆ちゃんの話によると、姉さんは生徒会長になった。
朝から居ない理由は生徒会の仕事だろ。
ただでさえ忙しいのに、俺なんかのために朝ごはんを用意してくれたなんて。
「優しすぎるよ、姉さん……」
こんな姉さんに感謝しつづ、俺は朝ごはんを食べる。
その後、俺は自転車で登校する。
もう二度と電車に乗るのはごめんだからな。
『おい、お前何かしてない?』
するわけないだろ。
途中、人混みに会う度に頭の中の声が響くが、一年間の治療のおかけで俺はなんとか無視できた。
相手の顔が見えないのならなんとか我慢できるだけだけど。
そんな脳内が騒がしい登校を乗り越え、俺は学校へ到着した。
職員室に呼ばれ、担任を紹介され、俺は自分の教室へ向かう。
「ここは一年B組、みんなはあなたより年下だけど、仲良くしてください」
先生の言葉で俺は自分が一応一年留年した形でにこの高校に残ったことを思い出し、「俺が年上か」みたいなことを呑気に考えながら教室に入る。
でも呑気な態度は一瞬しか維持できなかった。
目、目、人の目。
クラスのみんなが、俺をじっと見ている。
当然のこと、こんな中途半端な時期で新しいクラスメイトが増えるのだ、誰だって気になる。
わかっている、全ては当たり前のこと。
『これはあかんやつだな』
俺の頭をそう簡単に俺を許してくれない。
これから彼らとずっと同じ部屋で勉強する事を考えるだけで、気が狂いそうになる。
『何かやらかしたじゃないの?』
大丈夫、彼らの顔は大丈夫みたいだから。
同級生たちの顔を見回しながら、そう自分に言い聞かせ続ける。
「大丈夫ですか?日向さん?」
「なんでもない、ちょっとぼっとしていただけです」
心配する担任にそう言い返した後、俺は簡単に自己紹介する。
結果を言うと……
「顔こわっ」
「見た、あいつ先の目つきメチャおかしかったよね」
「不良?嫌だな……」
見事に失敗した。
椅子に座った後、この様な俺への疑いが時々伝わってくる。
ただでさえ顔が怖いのに、強迫性障害が発作して挙動不審になったから、それもそうかしか言えない。
でも俺への批評は痴漢事件と関係ないことと、座る位置は窓横の一番後ろの席だから、過剰な視線に浴びせられることがない、この二つの事だけが救いだった。
「これからどうしよう……」
クラスメイトの顔を見て変な発作しない様に、俺は窓外を見つめながら小声で呟いた。
「疲れた……」
昼休み、俺は慌ててクラスの外へ逃げ出した。
その後も、俺の噂話が止まることなく続くし、クラスメイトの顔を見ない様授業するのも割と難しいことを思い知らされた。
座ってるだけなのに心が疲労困憊な俺は、今はただ静かな場所で昼ご飯を食べたい。
パッと見るに、中庭は人がいなさそうなので、そこに向かおうとしたその時。
「コウ……?」
聞き覚えのある懐かしい声が聞こえた。
「詩織……」
そこにいるのは大好きだった幼馴染、遠坂詩織。
「あんたいつ帰ってきたの?知らなかった」
そう言いながら俺に急接近する詩織。
気付けば、詩織は俺のすぐ前に居た。
「え……」
「帰ったら一言くらい言いなさいよ!」
「あ……あの……」
頭が真っ白になった。
昔みたいな綺麗な笑顔で話かけに来る詩織の顔を見て、どうすればいいのかわからなくなった。
そもそも、どうして詩織が俺に話しかけに来た理由がわからなかった。
だって……
だって詩織が……
「田舎に戻ったて聞いた時本当にびっくりしたんだよ私」
「あっ……はい……」
「私、ずっとコウのこと気にしてたんだよ」
「はっ?」
俺のこと、気にしてた?
「気付けばここにいないし、連絡もしてくれない、失踪したと思ったわ。それよりさ、あんたがいない間、本当なにも気が気じゃなかったわよ。凛子さんがずっと勉強してるし、はるきも顔出さないし。だからあんたが帰ってきて本当によかったよ」
そう言いながら、詩織の顔がちょっと赤くなった。
「正直言うとね、あんたに会いたかった。あんたがいないと何も始まらないって言うか、寂しいって言うか……」
俺に、会いたかった?
詩織が、俺に?
でも、詩織が言ったじゃないか?
「だから今から一緒にご飯食べに行かない……」
「はぁ……はぁ……はぁ……」
考えるな、思い出すな、じゃないと俺は……
「『昔い』みたいにさ」
『私は犯罪者の幼馴染なんかじゃない!』
「ああああああああ!」
なんで!?なんでなんでなんでなんでなんで!?
詩織が言ったじゃないか、もう俺の幼馴染なんかじゃないって!?
どうして俺に近つくんだ、どうしてそんな笑顔を見せてくれるんだ!?
俺があんなことしたのに、なのに昔いみたいに!?
何にだ?
痴漢をした俺みたいに?
『おいおいおい、お前は詩織に何もしてないよね』
してないしてないしてない、何も触っていない。
『ちゃんと見ろ、相手は詩織なんだぞ』
手、触感がない。顔、嫌う表情じゃない。距離、あっ……
『はい近いすぎ、これはあかんなぁ」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「コウ!?」
俺は詩織に謝りながら、は震える足を無理矢理動かせ、必死に後ろへ後退する。
「どうしたの!?コウ!?」
「ごめんなさい、犯罪者でごめんなさい」
「えっ」
もうここに居られなかった、これ以上詩織に何かをする前に逃げ出したい。
「私と……一緒に……」
「犯罪者の幼馴染にさせてごめんなさい!」
俺は後ろに振り向いて、思い切り走り出した。
「痴漢なクズでごめんなさい!」
「コウ……私は……ご……」
詩織は何かを言おうとたが、俺の耳には届かなかった。
ひたすらに走って行った、中庭に逃げたいで一心だった。
だけど……
「お兄ちゃん……?」
神はそれすら許しなかったらしい。
中庭に到着すると、となる女の子が見えた。
ポサポサな髪、大きいメガネ、印象を一言でまとめると暗い女の子。
それでも、俺は一目で彼女の正体がわかった。
「はるき……!?」
昔の印象と真逆なんだけど、心のとこかが彼女ははるきであるってことを知っている。
わかった、そして、俺は……
『これは終わったな、早く逃げろ』
「ごめんなさいいいいいいい!!!!!!!」
怖さのあんまりに転んでしまった。
「えっ……」
「俺は何もしないから、お願いだから来ないで!!!!!」
強迫性障害による恐怖だけではない。
思い出してしまった、電車にいるはるきのあの絶望した顔。
俺のせいで、全てを失ったのようなあの顔。
「お兄……ちゃん、だよね?」
「来ないで!」
「えっ……」
俺慌てて立ち上がり、そして見えてしまった。
はるきの、絶望した顔。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
もう何もかまおしまいだ。
きっと俺はこの世で生けていけない人間なんだっと。
頭はそれしか考えられなかった。
この後のことはあんまり覚えはなかった。
気付けば俺は屋上のドアの前に立っていた。
「学校初日で飛び降りかよ、洒落にならないぞ」
さすかに自分の本能の行動にドン引きした俺は、おかけて正気に戻った。
「大丈夫……きっと大丈夫」
手のシワを数える様に自分の手のひらを見つめながら、自分を説得する。
こんな行為になんの意味もない、むしろ辛さが感じろほど。
だけど、することによって心のどこかが安心を感じることもまだ事実。
『全部お前のせいだからな』
頭の声の言う通り、今この状態になった原因は俺。
きっとこれは俺への罰なんだろう。
そう考えると、納得って言うか、心がなんだか軽く感じた。
結局これは自業自得だからな。
辛く感じるのは当たり前。
「屋上なら、誰も来ないよね」
なんとか自分を落ち着かせた後、最初の目的を思い出した俺は、俺は屋上でご飯を食べようとした。
この決断は人生を変える決断を知らずに。
「あっ」
ドアを開けた瞬間、イケメンが見えた。
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