第44話

今日の天気は晴れ

「ロベルト久しぶりだね」僕は言った。

「ああ、ひさしぶり」ロベルトが言った。

5月の春。ロベルトが日本に来た。ロベルトとは小さいころからの付き合いである。

5カ月ぶりの再開である。

「なあ、世界って意外と近いんだな」ロベルトが言う。

「まあ、飛行機で9時間だからな」僕は言った。

「いや、人との距離が最近近いようにかんじてきた。」ロベルトが言った。

「それは、SNSの発達とかで」

「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」ロベルトが言った。

「この世界っていうのは、感情と言うものが可視化され始めたような気がする。」ロベルトが言った。

「それは、ニュースとかのこと」

「そうだ」

「世界っていうのは、なんて傲慢なんだろう」ロベルトが言う。

「まあ、確かに最近のニュースはいらない情報だらけだ」僕はいった。

「今度、バスケをやろうと思っている。」

「どっかバスケチームにでも入るのかい」

「ああ、千葉パルスというチームなんだけど、そこに1か月だけ入ることになったんだ。」

「それは、おめでとう」

「あさって、見に来てよ。」

わかった。やっぱロベルトは身長高いからバスケ有利なのかもね」

ロベルトといえば、高校のときには、すでに180cmを超えていた。

まだ、初めてあった時は身長はそこまで高くなかったけど、伸びたのだった。

高校時代のロベルトはそれはおもしろいエピソードがある。

電車で頭をぶつけた。とか、ひったくり犯をつかまえたことだってある。

「そういえば、福山って彼女いるの」

「うん、そうなんだ」

「まじか、身長は何センチ」

「158ぐらいじゃないかな。」僕は彼女のことを思い浮かべて言った。

「じゃあ、よかったね。身長低い女子がいいって言ってたよね」

「まあね」僕は微笑んだ。

「今度、佐伯と福山でご飯いこうよ

ひさしぶりだしさ」ロベルトが僕に問いかける。

「ああ、それはいいね。」

「最近、おもったよ、日本はいい所だと」

「それはよかった。元々育った場所だもんね」

「あさっての、バスケの試合忘れないでね」

「うんわかったよ。けがだけは気をつけてね」

僕とロベルトは店の前で別れた。


ロベルトというのは、お人よしであり、ロベルトといるとよく面白いことが起きる。

彼は、日本育ちで、アメリカに行ったり来たりしている。

小さいころは図書館にいるのが好きらしかった。

いまは、バスケットチームに入っているというからには、

外で遊ぶのが好きなのかもしれない。

ロベルトが高校生の頃、佐伯と僕でバッティングセンターに行ったことがある。

そこで、ロベルトはバッティングセンスがあり、

だいたいの球を前にとばしていた。

センター前ヒットのあたりを連発していたのだ。

これは、ロベルトには運動神経があるとおもった。

だから、バスケットチームに入ると聞いたときは、

驚いたが、同時に確かにバスケもやらせたらうまいかもしれないと思ったのだった。

僕とロベルトは仲がいい。


次の日井端さんの家にいった。

あいかわらず、家の壁には油絵や水彩画がかざってある。

「よく来たね。」井端さんが出迎えて来てくれた。

「井端さんひさしぶり、油絵の出来はどう」

「まあまあかな。動物の絵を中心にやっているんだけど、どうも、動物の毛がうまくかけなくて」

「動物の毛か確かにどっちに向きをそろえればいいか分からないもんね」

「これが、キリンの絵」

そこには、少しカラフルなキリンがかかれていた。

「すこし、思い切って色を変えてみた」と井端さんが言った。

「いいんじゃない、」僕が言った。

「福山くんも久しぶりに絵を書いてみなよ」

井端さんに言われてぼくも絵を書くことになった。

キリンの絵である。

井端さんが描いた絵を見よう見まめに描いていくが

まったくといっていいほど輪郭がくずれていて、バランスがとれていない

キリンの顔の絵になってしまった。

「最初はそんなものだよ。もう一回やってみな」

「そういわれて、もう一回やってみるが、あまり進歩していない」

「ああ、福山くん。絵心がないようだね。

しょうがないこれも才能の世界だ」

井端さんに言われてしまった。

絵の才能なんてものはないことはわかっていた。

井端さんみたいに絵を描く人っていうのは、やっぱり持った能力なのだろうか

「井端さんは子供の頃から絵がうまかったんですか」

「まあね、子供の頃は絵がうまかった」

「そうなんですね」

僕は、さっきの井端さんが描いたキリンの絵を見ながら言った。

やっぱり、井端さんはすごいと思った。

きっと井端さんは、今でもうまいのに、もっとうまくろうと頑張っているのだろう。

僕にはそういう好きなものはあるのだろうかと思ってしまう。

井端さんは好きだからこれだけ絵が描ける。

でも僕は、絵が好きではないから描かない。

それだけの違いなのかもしれない。

才能があってもなくても。

一言で、才能とくくるのは僕は好きではない。

才能というのは、もともと持った。自分の中のなにかだし、

後天的にも芽生えるもの。

でもその才能といわれるものは個人個人違う。

才能があるから、そうなるよね。と言われても

そこには、才能以外の要素が絡んでいく。

みんなから絵を見られる美術館に展示されることは

やはり、絵のうまさ以外にも、人脈が必要でもある。

そして、絵の才能と言われるものにも、

海を書くのがうまい人、人の輪郭を書くのがうまい人。

動物を描くのがうまい人。線をきっちりかける人

などなど、色々ある。

それら、まとめて、才能だなんて片づけられるのはうれしくないだろう。

ロベルトが好きなバスケだって

背が高い人がバスケでは有利で、それも才能だと言われるけど。

背の低い人もポイントガードとして活躍している人だっている。

そして、ダンクが得意な人、パスが得意な人色々いる。

僕にとって、才能とは、細分化されていない。巨大な枠みたいなものである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る