第1章 未知との遭遇

「うーん、……と、これで何度目だったかな?三度目?いや、四度目か」


 クリップボードに挟んだ診療録カルテを読み返しながら老齢の医師ズリーニは目の前に座る患者の少女に問う。


「さ、」


 患者であるカタリナが口を開こうとすると、隣に座る姉のハナがそれを遮った。


「三度目です、先生」


「三度目か」


 診療録カルテから目を離してズリーニはカタリナを診る。


「うーん、……と」


 患者の少女カタリナは変わっていなかった。


 丸いメガネをかける瞳の奥に、光は変わらず感じられない。


 目元のクマは睡眠不足によるもので、活気も変わらず感じられない。


 鎖骨にかかる程度の栗色髪は無造作に乱れ、整えられている様子は変わらずない。


 整容せいように気を配る余裕がないほど心身疲労しんしんひろうの状態に変わらずあるようだった。


 静養せいようを促す診断を一度目に行い、二度目にも同様の診断を下したが今日、この目で診るまでその状態は変わっていなかった。


 「カタリナさん、今日に至るまで君の話を三度聞かせてもらったが────、」


 ズリーニはカタリナから目を離して診療録カルテに書かれたこれまでの記録を目で追い始める。


 医師としての診断に間違いがないように。


 


 『悪い夢をみる』 『小麦畑に立つ家』


 『夜、眠れなくなる』


 『家に入ると悪魔あくまに出会う夢をみる』


 『コップや皿が突然割れる』 『カーテンの後ろに人影があった』


 『近所の人に相談しても誰も信じてくれない』


 『頼るべき親族はいない』


 『家の中で気配がする。誰かが後ろから見ているような』


 『深夜によく目が覚める。誰かが見下ろしているような影がある。飛び起きるがその影はない』


 『部屋の壁を三回叩く音が聞こえる。昼間は少なく、主に夜間が多い』


 『夢の中の悪魔が住む家から出る夢を見る。目が覚めると悪魔が部屋の扉から除いていた』




 ズリーニは書き込んだ診療録カルテから診断の答えを導き出す。


 誰の目から見ても分かるカタリナの心身疲労に至るその最大原因。


「────重度の精神疾患せいしんしっかんの可能性がある。ここではなく適切な場所精神病院で診てもらうべきだろう」


「先生!」


 突然、カタリナの隣に座る姉のハナが語気を荒げて立ち上がる。


「カタリナは病気じゃありません!私もこの目で見ているんです!」


 最愛の妹を精神異常者おかしい人とみなされるのは絶対に納得いかない。


「ぼくは一人の医師として、医学知識を最大活用した上で診断したよ」


 投げかけられる言葉も聞かずに、問答無用もんどうむようでハナはカタリナの手を取る。


「行きましょうカタリナ。これ以上はためにならない。時間の無駄よ」


「患者は君じゃない、カタリナさんだろう」


「もっと経験豊富マシな医者に診てもらうことにします。それでは」


 カタリナの手を強引に引っ張りハナは診察室を出ようとする、が。


「少し待ちなさい」


 ズリーニは紙をちぎってそれをメモとして、その上にペンを乱雑らんざつに走らせた。


「ぼくは現実的な判断をしたと思ってる、だけど君は納得していないね?」


 カタリナはこくりと頷いた。


 ペンを走らせ書いたメモを、ズリーニはカタリナの手にぎゅっと握らせた。


 カタリナの表情は不安で溢れていた。


「君が笑顔で暮らせるなら、ぼくは非現実オカルトだって否定しない。おそらくこの問題はそうだろう。君が笑顔になった時、またおいで」


 ズリーニは大丈夫だからと、やわらいだ表情をカタリナへ送った。


「先生!カタリナにくだらない真似をしないで頂戴ちょうだい!」


 もうここに用はないと、ハナはカタリナの手をもう一度引っ張り、診察室を後にする。


 扉を勢いよく閉める音が、辺りに響いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ローマ教皇庁外務局指令「パンノンハルマの集落における心霊現象の調査」 浅間十八番 @k53179

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画