第2話
「私たちの友達に、徳井理智子って子がいるんだけれども、その子もインフルに罹っちゃって、学校を休んでいるんだよね。」
「それで、その子からチョコを配ってほしいって頼まれて、そのリストとチョコレートを預かったの。」
風子と嵐子はまるで一人の人間が話しをするように、綺麗に言葉をつなげて現状を説明していく。
「朝から、リストに載っている生徒たちに手当たり次第に配って回ったの。」
「知らない人とかもいたから、なかなか面倒だったけれども、まあまあ順調に進んで、最後の一個と思って、サッカー部の雛田さんに手渡したら、」
「『さっき、貰ったよ。』って、言われちゃって、」
「慌ててリストを見直したんだけれども、記述順ではなくて、教室とか部室が渡しに行きやすい順で回っていたから、もう誰に渡して、誰に渡していないのか、分からなくなっちゃった。」
「それで、映像研究部の事件を解決した結ちゃんなら、最後のチョコを誰に届けていいのか推理できるんじゃあないかと思ったの。」
無茶苦茶な状況設定ではあるが、謎は理解できた。つまり、最後に残ったチョコレートをまだ届けていない相手の元に届ければ良いというわけだ。オレは改めて、手許の紙に視線を落とす。
渡してほしい相手リスト
To しましま
一年三組のみんな
佐原くん(一年一組、野球部、)
仲邑くん(一年一組)
越前くん(一年二組、管弦楽部)
流山くん(一年二組、バスケ部)
金井くん(一年四組、英語部)
春田さん(一年四組、管弦楽部)
彼方くん(一年五組、サッカー部)
八ヶ崎さん(一年五組)
■■■■(■■■■、文芸部)
沖田先輩(二年三組、映像研究部)
木瀬先輩(二年五組、バスケ部)
佐々山先輩(二年五組)
雛田先輩(二年六組、サッカー部)
宮下先輩(二年六組、ボクシング部)
樋村先輩(二年七組、剣道部)
巻川先輩(二年七組)
節操のないくらいにチョコをばら撒いているな。呆れを通り越して、この意気込みにはある種の敬意を覚える。
「ところで、女子の名前も混じっているけど、」
八ヶ崎というのは、隣のクラスの女子だ。彼女ともある事件で面識を持ち、その後も別の事件で出くわしたことがあるので、間違えることはない。
「ああ、友チョコだね。」
「友チョコ?」聞きなれぬ言葉にオレは首を傾げた。
「さすがに今どき友チョコ知らないのは、ありえないよ。」
「モテない人間には、モテないだけの理由があるんだね。」
さっきからことあるごとにこの姉妹はオレのことを小馬鹿にしてくる。天ヶ瀬の鼻を明かす前に、見事な推理でこの二人をまずは平伏させてやる。
「じゃあ、この滲んで字が■■■■としか、読めないのは何?」
「えっと、それは、」
ばつが悪そうに嵐子が視線を泳がせる。
「いやまあ、誰にでもミスはあるよね。」
「うんうん。完璧な人間なんて、この世にはいないよね。」
風子の助け舟に、嵐子はすかさず首肯する。その連携はさすが同じ遺伝子を有する一卵性の双子と言うほかない。
「で、何を零したんだよ。」
それはどう見ても、何かを零してインクを滲ませてしまった跡だ。
「お昼ご飯の時に飲んでいたコーヒー牛乳をちょっと、」
人差指と親指で数ミリの隙間を作り、零したのは微々たる量であることを嵐子は強調した。まあ、判読できないのがひとりだけなので、本当にわずか量なのだろう。
しかし、よりによって文芸部の誰かというのは、気が重い。
入学当時、オレは文芸部に所属していたのだが、現部長の郷野と口論になり、そのまま退部した。今現在はそこまで険悪な間柄ではないのだが、進んで文芸部に関わる気持ちにはなれない。とりあえず、文芸部に問い合わせるかは、リストから得られる情報をすべて精査してからだ。
「最初のしましまって言うのは?」
Toとなっているのだから届けるべき相手なのだろうが、他の人間の名前はしっかりと書かれているのに、この相手だけ渾名と思しきもののみ。ここに何かポイントがあるのではないだろうか。
「それは、私たち二人の渾名。」
「島姉妹で、しましま。」
「じゃあ、『Toしましま』となっているのは、」
「私たちに宛てた手紙だからでしょう。」
つまり、怪しいと思われた点は病人が友人に託した手紙の書き出しでしかなかったということか。ぱっと見で感じるリストの違和感はそれくらいだ。
「朝からチョコレートを配って回っていたっていうけれども、」先ほど聞いた姉妹の説明を思い出しつつ、オレは疑問を組み立てる。「まったく誰に配ったのか覚えていないのか?」
「さすがに私たちもそこまで間抜けじゃあないよ。」
「仲邑くん、越前くん、流山くん、金井くん、春田さん、彼方くん、八ヶ崎さん、沖田先輩、木瀬先輩、佐々山先輩、雛田先輩、巻川先輩に渡したのは覚えているし、間違いない。」
嵐子の言葉に風子は二度三度頷き、補足を加える。
「でも、残りの四人は誰に渡したのか、よく覚えていないんだよね。」
残りの四人――佐原と沖田と樋村と名前の判読が出来ない人物X。しかし、残ったチョコレートはひとつだというのだから、渡していない人物はひとりだけのはずだ。
「可能性のひとつとして聞くが、一年三組のみんなに配るように指示されているが、渡し漏れとかはないよな?」
「大丈夫。不在の人間には、机の中にチョコを入れておいたから、バッチリ。」
風子が自信満々に胸を張るので、それは情報として信じることとしよう。
そうなると、やはり先ほどの四人の誰かである。
「本人たちに確認するのが、手っ取り早い方法だと思うけど?」
「ダメ。それが出来るなら、相談する前に済ましているよ。」
「残った人たちの連絡先知らないし、部活が忙しそうな人ばかりだから、聞きに行くタイミングもないんだよ。」
なるほど、だから部活中の時間に渡していない人物を特定し、活動終了後に渡してミッションコンプリートとしたいわけか。
一人頷き、オレは再びリストへと視線を落とす。配った人間を度忘れしてしまったということだが、これだけの人数に朝から他人のチョコを配って回っていた島姉妹はなかなかどうしてしっかりしていると思う。はっきり言って、こんな多くの人間に届け物をするなんて、面倒以外の何ものでもない。しかも、受け取る側はチョコを貰えることを知らないのだから、効率的に行動しなければ、放課後のこの時間までにほぼ終わるということはないだろう。彼女たちの努力が窺える。
「……なるほど、」
リストに記載された名前やクラス、部活を見ていて、ひとつの可能性が天啓のように降ってきた。
「なになに、何か分かったの?」
「ホント? 意外とやるじゃん。」
風子と嵐子はぽつりと漏らしたオレの言葉を聞き漏らさず、身を寄せて紙片を覗き込んでくる。
「たぶん、一人に絞れる。」
オレの宣言に、二人から「おおっ、」という歓声が上がる。ひとつ咳払いをして、その推理をオレは語った。
「リストを見ると、同じクラスや部活に所属している人間が散見される。一年三組の生徒に配る時、教室に不在の人間に対しては机に入れておいたと言ったよな?」
「うん。」小さく嵐子が頷く。
「なら、他のクラスや学年の相手にも同じようなことをしたのではないか?」
「うん。教室にいなかったら、席を聞いて机の中に入れたよ。だって、全部直接渡していたらたぶん今日中に終わらないもん。」
手渡ししていないことを咎められると思ったのか、風子の物言いはわずかに反抗的だった。だが、それでならば辻褄が合う。直接渡していない人間もいるから、彼女たちは誰に配ったのか、分からなくなってしまったのだ。そして、
「配ったか分からない四人の中で、三人の人間はクラスメイトもリストに含まれている。つまり、佐原、樋村、宮下には直接渡していなくても、机に入れているはずだ。」
「おおおっ、」
感嘆の声が廊下に響いた。だが、事件はまだ終わらない。
四から三を引くと、残りは一となり、本来であればこれで問題解決になるのだが、残った位置名が■■■■の人物Xだ。では、この人物は一体誰なのか。
「最後に厄介のが残っちゃったね、」
厄介にした元凶である風子がまるで他人事のように腕を組んで唸る。
「これは分からないの?」
当初とは翻った期待の眼差しを嵐子が送ってくる。どうやら、ここまでの推理がオレへの信頼度を上げたようだ。天ヶ瀬がいなくとも、オレは十分に出くわす事件を解決できるのだ。
「その人物Xも推測は付いている。」
「マジで?」
「誰?」
「一年七組で、文芸部の山下尚也だよ。」
元々同じ部活に所属していたので、彼のクラスは知っていた。
リストの記載順は書いた人間の律義さを表すように、クラス順に名前が並んでいる。つまり、人物Xは一年五組以降に所属している文芸部の人間に限定される。そして、一年七組に所属している山下はその条件に見事に符合する。
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