Act.6 甲骸のハサン 5
静寂の中で取り残されたアタシは、今起こっている状況を理解するために頭を捻る…。
ハサンのさっき言っていた話からすれば、幽奈とハサンは、アタシが気絶している間に戦っていてハサンが勝負に敗北したのは間違い無いだろう…。
…しかし幽奈が無事とは誰も言ってない!?幸い、アタシの身体は『血蒼』によってかなり回復している。…ならば早く幽奈を探さないと!
アタシは考えを纏めるより、先に幽奈の安否を確かめる為にこの場から移動しようとしたその矢先。
「ゲホッゲホッ!…あぁ、やはりここに居たのですね血穢。ならば『血蒼』は約束を守ったと言うことになりますわね…」
竹藪の茂みから、自身の『沈河』を杖の様に扱い、空いた手にはアタシの『炮烙』をしっかりと握る『幽奈』が現れた。
…彼女の身体は小さな切り傷が全身に刻まれ、着ていた『星翔学園』の立派な制服もズタズタになっており下着や肌も少しだけはだけていた…。…しかも、肌がはだけてる一部の部分には熱した鎖で縛りつけた後の様な、痛々しい火傷跡が残っていた。
弱弱しくこちらに向かう幽奈に対し、アタシは急いで彼女に駆け寄り、彼女の肩を持って近くのベンチ向かう。
アタシは彼女をそこでゆっくり下ろすと、彼女のはだけた下着と肌を隠す為、アタシは既にボロボロになっている自身のスーツのジャケットを脱ぎ、彼女の身体に被せた。
「幽奈!大丈夫か!?今、助けを呼んで…」
「ハァ、ハァ、ありがとう…血穢。でも大丈夫ですわ。それは『
「…ホントにすまない…アタシが不甲斐ないばっかりに…一体何があったんだ?」
「…。」
彼女は少し言い淀むというか、言葉を選ぶような素振りを見せ、アタシに簡潔に話した。
「…少し、予想外の攻撃を受けましたの…でも心配いりませんわ。傷も見たよりかは浅いですし、火傷跡も『わが社の最新医療』で完璧に治りますわ」
「それより…」
彼女はどうしても言いたい事がありげな表情で顔を顰めると、アタシの背後にある竹藪の茂みに向かって、ボロボロの状態で辛うじて出せるだけの大声で怒鳴る。
「報告の仕事済んだのならすぐにこちらに出向いて、ワタクシ達の介抱の一つでもしたらどうなんですの!?…この薄情者!!」
アタシは声が向けられた茂みの方向を見ると、そこには全身黒ずくめの『外骨格戦闘服』を着て、顔に『能面』のつけている刺客の様な人物がいた。体つきは小柄で、シルエットで鑑みるにどうやら女性の様だ。彼女がきっと幽奈の言う護衛の『
「フン!わざわざ予備の仮面に付け替える余裕があったようですわね!!」
「…申し訳ありません『幽奈様』。ですが…」
喉に張り付けるタイプの変声機を使い、口答えしようとする彼女に幽奈は厳しく命令を下した…いや脅したのか。
「言い訳無用!…『
「くっ!!………。」
『M.A.Y.』と呼ばれる人物は、ほんの一瞬だけ怒りの感情をあらわにしたが、直ぐに彼女の言う事聞き、ゆっくりと自身が被る『能面』を取り外して素顔を露わにした。
「え…?…『皐月』…さん?」
公園の外灯に照らされた彼女の顔はアタシの良く知る人物で、仕事でもよくお世話になっている、アタシの所属する『灯月の家』のオペレーターでもある『
「えへへ…。ごめんなさい『血穢』さん。出来ればこんな形で貴方に会いたく無かったな…へへ」
申し訳なさそうに俯く『皐月』さんにアタシは驚愕して言葉が出ない。
いつもおっちょこちょいで、泣き言ばかり言う、いわゆる情けない人物である彼女がまさか幽奈の護衛の仕事をしてるなんて…。しかもその佇まいと装備、間違いなく素人のそれでは無い。…汚れの仕事をするアタシならわかる、恐らく彼女も多くの命を…。
「あーあ。貴方の前では、『おバカな皐月ちゃん』でいたかったのにな…」
「…フン。まったく白々しいわね!この女狐!!…さっきまでの態度は一体どこに行ったというのかしら!?血穢、この女だけは信じてはいけませんわよ?」
『皐月』さんは幽奈の言葉に反応して左足を細かく震わせる。多分、幽奈に言いたい事があるんだろうけど、それ以上の事態にアタシは気づいた!!『皐月』さんの足元にはさっきまで無かった血溜まりが出来ていて、今現在も『外骨格戦闘服』の足部分から血が漏れ出ていた!!
「まっ待てよ幽奈!『皐月』さんは重症の状態で何とか気丈に振舞ってたんだぞ!?気づかなかったのか?…『皐月』さん!見せて下さい!」
そういってアタシは皐月さんに駆け寄り、左足の傷を見せてもらうとする。
「…大丈夫ですよ血穢さん。自分で何とか出来ます。『幽奈様』…私自身に治療を施してもよろしいでしょうか?」
「…許可します」
歪んでいる…。あまりにもだ。二人の歪んだ関係性にゾッとしたアタシは、思わず幽奈に苦言を呈した。
「おい幽奈!?さっきから厳しすぎるんじゃないのか!?二人の具体的な関係性は分かんないけど、いくら何でも…」
「…血穢。その女は気を失った貴方を殺そうとしましたのよ?…ワタクシの前で」
「…!?」
あまりのショックに全身の血の気が引いたアタシは、思わず『皐月』さんから後退りしてしまった。
「…恐らく、お父様からの命令ね…。『
心無い幽奈の挑発にアタシは流石に我慢の限界だった!幽奈、お前には分からないのか?彼女はこんなにも感情を必死に抑えているんだ!『皐月』さんだってきっと『命令』と『自身の思い』の間で葛藤があったはずだろう?
「いい加減にしろ幽奈!!『雇い主』ってのはそんなに偉いのかよ!?」
「!!?…あ゛ァぁあアぁ゛ぁぁあ゛ァー!!!どいつもっ!!こいつもっ!!!!」
ストレスの限界が来たのか、幽奈は突然自身の頭を両手で思いっきり掻き毟って、ただでさえ乱れていた銀髪を更にぐちゃぐちゃにした…。それも見るも無残になるほどに…。
「!?やめろ幽奈!!」
アタシは錯乱し発狂する幽奈を急いで静止する。幽奈を両手を強く掴み、「離せっ!何も知らない馬鹿のくせにっ!!」と大粒の涙を流しながら騒ぎ散らかす彼女を必死に取り押さえる。
そうさ…、アタシは何も知らない。幽奈…お前の重責も、葛藤も、それに他人に預けられない苦しみでさえも…。…けどアタシは、お前にまで人の道を踏み外して欲しくないんだ。
ベンチから転げ落ち、泥だらけで揉みくちゃになるアタシと幽奈に、応急手当を最低限済ませた皐月さんが加わり、何とか幽奈を落ち着かせることが出来た。
抵抗を諦めた幽奈は地面に蹲り、嗚咽をあげながらしくしくと子供の様に泣き始めた。…彼女につられるようにアタシの頬にも涙が伝う。
そんなアタシ達を見た皐月さんが再度アタシ達に謝罪しようとする。
「『血穢さん』、『幽奈様』。この度は本当に…」
「皐月さん…もう大丈夫です。貴方の葛藤と判断はアタシ、分かるんです…。何となくだけど、あの一件で似たような事があったから…」
「…あの時は丁度、私がオペレーターでしたね…」
「その代わりと言ったらなんですが、皐月さん。もうすぐ救助隊が来ます。少しだけ…ほんの5分だけ、『幽奈』との時間を下さいませんか?」
「…そんな事で良いのならいくらでも時間を稼ぎます」
皐月さんはそう言って、救助隊が向かってくるであろう方向へと歩き去っていった。
それを見送ったアタシは、蹲る泥だらけの『幽奈』を再びベンチに座らせ、立膝になり跪く形で顔を覗き込み優しく彼女に尋ねた。
「さっきはゴメン。何か言いたい事があったんだろ?幽奈?」
涙こそ止まったものの、俯く事を止めず、しばらく黙ったままの幽奈。その表情は伺えない。しかし彼女は俯いたまま少しずつ話始める。
「…今回、ワタクシが取り乱した事は謝りませんわ…」
「あぁ、分かってる。…悪いのは全部アタシだ」
「分かっていません!…貴方、一体何があったか知らないで…」
「知ってるよ…。アタシが『暴走』したんだろ?『ハサン』に殺されかけたお前を助ける為に…」
「…!?なら何故!?」
「夢だと思いたかった。酷い悪夢だと…。幽奈、お前のその太ももの火傷は『暴走』したアタシが…」
そこまで言い淀んで今度はアタシが顔を俯く。…『血蒼』、やっぱりアタシはお前に…
「血穢…。一つだけ、『誓いなさい』」
「…?」
「『生きる事から逃げずに、何があっても命を投げ出さない!』と!!!」
「『
「…あぁ約束するよ。アタシは…!?」
そう自信なさげに言いかけた瞬間、アタシは幽奈に思いきり胸倉を掴まれ、お互いの顔が、お互いの鼻先につくまで近づいた。
もはや目を逸らす事も叶わない距離で、幽奈のドライアイスの昇華の様に、静かに燃える彼女の決意の瞳に圧倒され、アタシは息を呑んだ。…これから彼女言うことにアタシはきっと逆らえないであろう。
「違うっ!!『誓いなさい』!!!『
「………あぁ、『誓うよ』。アタシは『生きる事から逃げずに、何があっても命を投げ出さない』」
あぁ…なるほど。確かに『ハサン』の言う通りだな…。こんなにもアタシの事を想ってくれる親友なんて…。アタシは本当に『恵まれてるな』。
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