Act.6 甲骸のハサン 3

 一定の距離間と、お互いの高速度を維持し続けたままの『カーチェイスシューティング』が続く。

 ハサンがこれ以上に距離を縮めない…それかのは…恐らく奴が『流鏑馬の構え』で騎乗射撃を行う以上、これ以上のスピードを出せば今度はやつの可能性ももちらん考えられるのだが…、向こうが有利なで膠着状態が続いているのに関わらず、奴が一切『搦手』や『他の戦術』を取らないのは…やはりとしか思えない。

 …それこそ、じわじわと兎を追い回す鷹のように…。


バァン!!!…ガシャン!!!


 『DA Mark XXX .50AE死の天使』の弾倉マガジンが撃ちだされ、スライドストップがかかる。幽奈はもはや、再び『血の魔矢』を打ち落とした。

 『DA Mark XXX .50AE』薬室と銃口から流れる硝煙の煙が、飛行機雲の様にアタシ達の駆けてきた道を、一筆書きでなぞりながら速やかに霧散していく…。


「フゥ…残り14発…さぁ、どうしたものか…」


 幽奈がそう言いながら、空になった《マガジン》を当てつけの様にハサンに向けて投げる。…もちろん、奴に当たるなんて事はないが。


「あんな見せたんだ!試してんだろうな!!!』


「まったくですわ、ホントしつこい男…度し難いわ」


 ガシャン!!!幽奈は悪態をつきながら『DA Mark XXX .50AE』に二つ目の弾倉マガジンを差し、スライドセーフティを下ろす…。再装填リロードは完了だ。


「それにしてもアイツハサンのあの甲冑姿や馬、それに弓と騎乗の技術まで。…まるで『呂布』と『赤兎馬』だな!」


「あら?からその名前が出るなんて…。明日はですわね♪」


「馬鹿にしやがって、いくらアタシだって『三国演技』くらい知ってる!」


「フフ、では血穢。『志』と『演技』での明確なは?」


「それは…アタシのだ…」


「ってふざけてる場合じゃねぇ!この状況は不味いよな流石に!?次の『鷹針たかばりJCTジャンクション』で下に降りちまうか!?ここよりは撒けるだろ?」


 一本道の高速道路よりかは、障害物や死角が多く作れ、騒ぎも大きくなる市街地の方が足の速いやつから逃げ切れる可能性は大いにあるだろう。ただ一つ、大きな問題ももあるが。


「…被害が無為に拡大する選択は正直したくありませんわね」


「でも少なくともお前は『』!!タイミングは…賭けになるが…」


「少なくともアイツハサンの狙いはアタシのはずだ!!!?」


 アタシの取り急ぎの提案に幽奈が黙り込み、


「……血穢…。貴方あんまりにふざけた事ばかり言ってると、?」


 セリフこそ幽奈がたまに言うブラックジョークではあるのだが、調では彼女はかなり本気で怒っている。

 正直な話、何故彼女が怒っているか全く見当がつかない…。は何も言っていないはずなのだが。


「その様子ではワタクシが何故、貴方に怒ってるかさえ分からないようね?…まったく」


「貴方に言いたい文句だけで、小一時間かかりそうですから…、一言だけいいますわ。…スゥー」


「『友達の命の危機ピンチに家に帰って寝てろ』だなんて!?貴方一体どういう了見ですの!?血穢!!?」


 「違う…。確かにお前の言うことは本当だけど…。アタシはただ、アタシ自身の個人的な因業カルマに『幽奈』…出来ればお前を巻き込みたく無いんだ!…既に遅いって事も分かってる!…でももし、アタシの因業カルマでお前が怪我や、があったとしたらアタシは…」

 

 アタシはそこまで心の奥底で思っても、『』。今はこないだの様に口喧嘩している場合では無い。


 バァン!!!バァン!!!バァン!!!


 考えている言い訳を遮る様に、幽奈が続けざまに飛んできたの『血の魔矢』を撃ち落とす。


 「残り11!!…ですが血穢。『下に降りる案自体』は賛成ですわ。このままで埒が明かないどころか、弾が持たない!」


「アイツもそろそろに出てきたしな!!遊びは終わりってか!?」


「…つ!!確か『鷹針たかばりJCTジャンクション』のすぐそばに『魔鬼野ヶ池公園まきのがいけこうえん』がありましたわね!?!血穢!あそこでを仕留めますわよ!!…『』!!」


「あのが有名な公園か!?なるほどな!あそこでを使ってって寸法か!!」


 流石幽奈だ。、元々公園の一部でしかなかったが、現在は7を占めているあの『魔鬼野ヶ池公園まきのがいけこうえん』を使うとは!!

 あのではハサンの『弓』も!『馬』も!長柄の『方天戟』も!!まともに機能しない!!!


 往くべきタオを見据えたアタシ達は相棒NiNJA666の限界すれすれのスピードを更に上げる!!この直線で一気に距離を離さねぇと!!頼むぜ『相棒』《NiNJA666》!!!


 その瞬間、バックミラー越しに見えている、弓をこちらに番えていた『ハサン』が、その向けている弓を、今夜ばかりは何故かいつも以上に美しい龍劫禍街この街のこの夜空に向けていた。

 

 『死の予感』…。いや…これはある意味『死の宣告』なのだろう…。幽奈も気づいている。…何故気づいたかだって?

 弓と一緒にアタシ達に対して向けられた、狩りを楽しむハサンの『』が、痺れを切らし、明確な『』に変わったからだ!!!


 ハサンは曲射の型で弓を引き絞る…。撃ちだされるものは恐らく、奴を一騎当千の奥義!!


 「…ヴァレンタイン流虚血こっけつ術奥義…『血狂叢雨』《ちぐるい むらさめ》」


 空高く撃ちだされた一発の『血の魔矢』は、上空で炸裂し血霧となり、次第に雲へと変わる…。そのは見るからに異様なもので、雲でありながらも、、さらにそのには苦悶の表情をあげながら絶叫するの様な顔が無数に浮かび上がり、その無数の亡者共がアタシ達にを向けた。


「血穢ェ!!!!早く『炮烙』を!!!!」


 幽奈が絶叫しながら『DA Mark XXX .50AE』死の天使を労う事無く投げ捨て、素早く後部座席タンデムシートの上に立ったかと思うと、背を向けたままを待つ姿勢を取る。


 アタシは考える間もなく、相棒NiNJA666に側面に佩く様に外付けされた『炮烙』を瞬時に引き抜き、その柄を


 刹那、『血雲』から降り注ぐは『』。一発一発が致命になりうる『』が、千をゆうに超える数、アタシ達に向けられ放たれ続ける。どんな武の達人であっても、ましてや…これだけのを凌ぎ切る事は…。


「…虚霊忌殺流奥義…『A CAT OF SCHRODiNGERシュレディンガーの猫』」


 幽奈は『炮烙』を自身の足元の後部座席タンデムシートに突き立てる。幽奈の魔力が、瞬時に相棒NiNJA666とアタシ達に浸透し、アタシ達の存在は限界近くまで『』された。

 『物質』と『反物質』の挟間…或いは『実存』と『虚構』の隙間に、まるでで滑り落ちるかの様にアタシ達は駆ける。アタシの視界に移るのは歪み切った時空間と青白く輝く光子の奔流。

 位置関係上、本来当たるはずだった『』達は次々とアタシ達をすり抜け、地面に突き刺さり炸裂する。それによって出来たアスファルトの砕けた飛沫でさえも、アタシ達を傷つける事無く通り抜け、飛び去ってゆく。


 これが幽奈の『』…。アタシの周りを傷つけ、破壊するばかりのとは違い。

』そのわざはまさに『神の御業』

 …しかもそれを…。

 …師匠。どうして貴方はを…。


 …気づけば『』達は全て降り注ぎ終わり、血雲もその姿を消した。

…どうやらアタシ達は事なきを得たらしい。しかし幽奈は先ので息も絶え絶えで、意識もかなり朦朧としていた!!

 後部座席タンデムシートに刺した『炮烙』を支えに、何とか相棒NiNJA666にしがみついてる状態だ。!マズイ!!幽奈を何とかしないと!!!


 仕方が無いとはいえ、この瞬間、アタシの意識は幽奈に行き過ぎてしまった…。

ハサンというのに…。


「御命、頂っ戴ィ!!!」


 気が付けばアタシ達のすぐ横にまで迫っていた『ハサン』が、その巨大な『方天戟』でアタシ達を掬いあげる様に薙いだ。

 時間が止まる。…これはアタシの意識の話だ。実際に止まったわけじゃない。

 でもアタシにとっては、あの時間は『虚無の永遠』の様に感じられた…。死期を悟る走馬灯の中、思い出されるは懐かしい義父さんとの『継承の記憶』だった…

 






















「血穢。…人は時として『大切な何かを守る為』に、大切な何かを『捨てなければ』いけない事がある…。それは執心の染みついたであれ、決して揺るがぬであれ、そして…もだ…。」


「…だが捨てる事を。世界は常に純然たることわりにより廻る。」


「澱み…乾いた池に雨が降り、清浄な水がまた池に戻る様に!『空の虚無にこそ、新たなモノが宿る』のだ…!!」


「捨てろ!捨てるのだ血穢!!『未熟な己を捨てる為』!!『新たな自身と出会う為』!!!」

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