Act.6 甲骸のハサン
幽奈を待っている間、アタシは駐車場の中に併設されている喫煙BOXで
BOX内を赤黒く染めてゆく煙は、独りぼっちのアタシの渇きを癒すことで酔いを覚まさせ、それにより暇を持て余した脳は思考を巡らせた。
この赤煙の中に『千尋』の血が混ざっているなんてな…。この
…不完全で欠陥のある肉体を持つアタシは、これからもこうやって『千尋』から献血を受け続けなければいけないのか…『アタシの正気を保つ為』に…。
千尋の話口調からしても、透析はかなりの恐怖と苦痛を伴うのだろう。さっきの席でちらりと見えた、彼女の首筋にあった青ざめた二つの注射痕がその仰々しさを雄弁に語り、容易にその惨状を想像させる。
さっきの席でああいって啖呵を切ったはいいが…確かにウラドの言う通り、『倫理観が欠如したアタシ達化け物』がそもそも存在しなければ、彼女は血を流し続けることも無く、身分を隠す事はあっても、生活自体は普通の人間として生きていけるのだろう…。
…一人になった途端思考がぶれる。辛うじて形を保つアタシの『自己肯定感』は、『自身の腐ったの血』によってボロボロに腐食し、今にも音を立てて崩れ去りそうだ。
「はっ…アタシも一応、剣士の端くれ…。事が済んだら…潔く腹を切った方がいいかもな…」
…アタシの泣き言を叱咤してくれる人も、慰めてくれる人もここにはいないのに言葉にまで出るなんて、最近のアタシは随分女々しくなったもんだ。
…違うな、アタシは最初からずっと泣き虫で、怒ることでそれを誤魔化してただけか…。
思考がどんどんと悪い方に深く…深く沈んでゆく。俯いて、視線を自身の足元に向けると、アタシの足元には『大量の蛭が憑りついた赤子の亡者達』が居て、その子らはアタシの足に縋り付き、「こっちだよ」と言わんばかりに足元の『血沼』の底に引きずり込もうとする…。
「ごめんね…。今そっちに逝くからね…」
既に現実と妄想の区別もつかず発狂したアタシは、安堵の表情を浮かべ、足元の『血沼』にその身を任せようとしたその時…
ドンドンドンドンドン!!!!
突然の騒音に『虚構の幻影』から意識を取り戻したアタシは、思わず音のする方向を見る。そこには幽奈が何度も喫煙BOXの窓を叩いている姿があった。
アタシは慌てて喫煙BOXの扉を開け、赤黒い煙と共に外へ飛び出し、脂汗を流しながら幽奈に弁解し、取り繕った。
「あぁ悪りぃ悪りぃ!ぼーっとしてた!」
「………」
幽奈は何かを言いたげな怪訝な顔をして、黙ってアタシを暫く見つめていたが
「その匂い…。『血の鉄臭い』匂いは仕方ないとして、それ以外の化学合成された甘ったるい栄養剤みたいな匂いは何とかなりませんの?」
と鼻を覆う大げさな仕草をする。よかった。どうやらさっきの痴態は見られて無かったみたいだ。
「ハァ…結構な長い時間を待たせてしまったのはお詫びしますが、そんな様では『ワタクシの従者』は務まりませんわよ?血穢?」
幽奈はふざけてそんなジョークを飛ばすが、さっき見た『幻影』が今だ脳味噌の裏側に張り付いている余裕の無いアタシは、面白い返しもできずに
「ごめん、ごめん、…すぐに準備するよ」
と、ある意味アタシらしからぬ平謝りをしながら、
しばらく気まずい雰囲気が二人を包むが、早々と出発の準備を終わらせたアタシはヘルメットを幽奈に渡した後、
「待たせたな!さぁ!家に帰ろうぜ『お姫様!!』」
と空元気で幽奈を
「くれぐれも、安全運転で頼みますわよ…」
と、あきれ顔で言いながらヘルメットをかぶる幽奈はそのまま
…………………………………………………………………………………………………
歓楽街『
ライダーのアタシとしては「こんな寒い季節に勘弁してくれ」と言いたいところなのだが、一方幽奈は言うと学生服であるにも関わらず、寒さなど微塵も感じさせない文字通り『どこ吹く風?』といった様子だ。
彼女は以前から何故か寒さに対して異常な耐性があるが
「ここまでくるとまるでどこぞの『
「だ、れ、が!『
どうやら口にも出ていたらしい…。ヘルメット越しに頭を何度も小突かれて、アタシの頭が小刻みに揺れる。
「おい、だから運転中に頭を叩くなって。安全運転出来ねぇだろ」
さっきから
行きの時にはしっかりアタシの腰に抱き着いてきたというのに…。相変わらず起用というか要領がいいというか。何でもすぐ習得して自分の物にする彼女を少し羨ましく思う。
「ん?妖廼からLiNEですわ…。『今日はホントにごめんなさい』ですって…」
アタシ達三人の『グループLiNE』にメッセージが入ってたようだ。運転中で返信出来ないアタシは幽奈に伝える。
「『気にしてないから大丈夫。また三人でどっか行こうぜ』って送っといてくれ」
「えぇ。…送っときましたわ」
「それにしても、『貴方』といい『妖廼』といい、すぐに感情的になる癖はいい加減やめた方がいいですわよ。ワタクシ達…いや、妖廼はもう成人してましたわね。…とにかく、もうすぐ大人になるのですから時と場合に相応しい慎みを覚えるべきですわね」
「…わかってるよ、ほんとまったく、母親かお前は」
「フフ、よろしい♪」
そんな感じで適当な軽口を言い合いながら、アタシ達は高速の料金所をETCで通り抜け、『龍劫禍街第二環状自動車道』をぐるっと回るコースで『幽奈の実家』に向かった。
寒空の高速道路を法定速度より気持ち早めで駆ける。アタシは内心、正直寒さできついから早く家に帰りたかったが、さっきまでうるさかった幽奈が急に静かになったので不意に振り返ると、スマホをしまい、夜風を全身で感じ黄昏る彼女の姿を見て、ここまで来てよかったと何となく思った。…暫くの沈黙のあと、幽奈がゆっくりと口を開く。
「血穢。『千尋』のことなんですけども…」
「…まてっ」
「?」
突然、視界の先に妙な人影が写る。そのいで立ちは現代には余りにも不釣り合いで、全身が中華国仕様の甲冑の鎧武者が、これまたひときわ巨大な赤毛の猛馬に跨り、その巨大な身の丈以上の『方天戟』を携えて、眠るように微動だにせずじっとしていた…。
「馬だな…」
「えぇ馬ですわね…それに…甲冑武者?」
「コスプレにしたってこんな誰もいない場所で何やって…!?」
アタシ達がそのままその奇妙なそれを横切る瞬間に、アタシの目はしっかりと赤毛の猛馬の特徴を捉えた。その猛馬の赤い毛並みは、実際は毛で無く、『揺らめく赤褐色の鮮血を魔力により象った物だった!!』流動する血液が体毛に擬態してるのもそうだが、よく見たら馬の全身そのものが血の魔術によって作られたもの…間違いない!こいつは!!!!!
「幽奈ぁ!掴まれ!!飛ばすぞ!!!」
「血穢?何を急にっ!?ってきゃぁぁっ!!!??」
アタシは
…とにかくだ!この状況でこいつとやり合うのはかなりマズイ!!ウラドから流された記憶の情報の通りならこいつは『一騎当千の伝説』をいくつも持っている、『騎乗戦闘の武神』!ウラドの息子の一人である『甲骸のハサン』だ!!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます