Act.5 崩爛亭・老仙 4

「では僭越ながら私から…。」


 アタシの願いを無意識に感じ取ったのか、まず口火を切ったのは千尋だった。


「まず、血穢。幽奈。今まで本当にごめんなさい。私がの前から居なくなって、姿を消したのにはいくつか理由があるの…」


「…」


「千尋…」


「最初に説明すると、私のこの『神薙』の性。これは本当の性では無くてアタシは神薙家のなの。私はで生まれる前からこの『神薙家』に引き取られるのが決まってて、私に流れるがその理由になるの…」


 アタシは思い当たる記憶を掘り返し千尋に尋ねる。


「…お前こないだでアタシを拘束したよな?…お前も『夜兎人』なんだろ?」


「それは…そうとも言えるかもしれないけど、正確には違うの」


 千尋がそう言い濁したところでウラドが割って入る。


「それについては私から説明致しましょう。血穢殿、貴方は以前『霊茄』殿から『夜兎人』の成り立ちについての話をお聞きになられましたかな?」


「…あぁ、『夜兎人』は古くからこの星にいる少数民族で、その先祖の肉体を悪用して怪物になったのが『V吸血鬼』だと」


「その話には多少語弊がありましてな、端的に言えば我々『夜兎』も『V吸血鬼』と同じくに過ぎぬのですよ」


「…どういう事だ?」


「我々『夜兎』には古くから伝わる掟がございましてな。それは簡単に言うと『定期的に御始祖様のを拝領し続けよ』という訓示でありまして、我々『夜兎』は御始祖様のを摂取し続けなければVとなり果てるのです。…丁度先日、血穢殿に狩って頂いた我が息子、『カジモド』の様に…」


 続ける様に千尋が言う。


「私にはそのが流れているの…」


「何言ってんだ?お前は別に『夜兎の始祖』って訳じゃ…」


「約25年前…人類は再び異形の大群の脅威にさらされ、危うくを越えられかけて人類が絶滅しかけた『ペトラ戦役』…。多くの英雄、勇士たちが異形達に虐殺されゆく中、その対策として『終末技術革新』《シンギュラリティ》の技術を用いたの一つ。通称『沼男計画スワンプマンプロジェクト』と、その技術を応用した人体複製クローニング問題と流行の一端…」


 何かに気づいたのか、そこまで聞いていた幽奈の顔が真っ青に青ざめ、絶句する。


「千尋…そんな…。貴方!!」


「そう…私は…夜兎の始祖、『血の女王MiNA THiSATO』の『完全同位複製体』。クローン人間ならぬといったところだね…」


「…なるほどネー。つまりは『夜兎人』のとしてが作られた訳かァ」


 妖廼も会話に交じりだす。それに対してウラドが補足をつける


「『夜兎』の『人類』の間には古くからの約定がありましてな。人体複製技術自体は秘匿されながらもその実、古くから『夜兎』に伝わった技なのです」


「複製技術を人類に提供する代わりに、人格が備わって無い御始祖様の『魂無き血袋クローン』の制作を代行してもらっていたのですが…」


「今からおよそ18年前…何の因果か本来宿るはずの無い複製体に人格が宿る事態がありましてな…。そもそそもは一度に多くは抽出できず、複製もかなりのコストが掛かる。さらに不思議なことにを宿す肉体は一体しか世界に存在出来ぬのですよ」


「そこで『現在の夜兎の長』である私は『千尋様』から人口透析という形でのを拝領に思い至ったのです」


「…」


「一族の為とは言え、もの心つかぬ優しい千尋様を病気と偽り利用してを拝領し、弱りながらも健気に透析を行う彼女に私は次第に罪悪感に苛まれましてな…。耐えきれぬ私は千尋様が16歳になられた際に彼女に真実を打ち明け、その意思を伺いました」


「そこでトラブルになっちゃってね…。幽奈。なの」


「…そうでしたのね…」


「『千尋様』のお答えは『ご自身の身を捧げる』というとても高潔なものでした…しかし私はそれを聞いて一つ疑問に思ったのです」



「『千尋様』の献身の御言葉を聴いた私の愚かな子供らは、さも当然かの如く振る舞い、を在ろうことか罵倒したのです」


「ウラド!!だからそれは違うといったでしょう!?彼らはただ生きていたかっただけ…」


「ゴホン。まぁあの子らの意思はともかくとして、私は私含めわが一族を


 アタシは一つ思い出した事をまた尋ねる。


「…『カジモド』の心臓を吸収したのがそれか」


「話が早いね血穢。詰まるところ始祖の性質を持つアタシの身体は、どうやら取り込んだ『夜兎』の命を補完できるみたいなの。現に今この瞬間も私の中にをしっかり感じる…」


「…それで?アタシに残りの子供達を狩り殺してその心臓をお前らにを渡せと?」


 ウラドが代わりに答える。


「あの子らは強情でしてな。


「はっ!…アタシの仇ながらだな。少なくともよりかは!」


「義父さんもに死んでアイツらに喰われたってのか!?ふざけるのも大概に…」


「…私だって出来るのなら彼らに傷ついて欲しくないし、私だって本当は別に《生餌》》になりたい訳じゃないの!!」


「命が補完出来て、私がもう少し好きな様に彼ら顕現させて、人生を送って貰うことだって出来る。今のままじゃになって無意味に死んでゆく事になるんだよ?これじゃ誰も幸せになれない!」


「だからって言ってるんだよ。お前たち二人がどうしようが勝手だが、そいつらがどう生きようがそいつの勝手だろ!?」


 アタシはどうしてであるウラドの子供達に同情してるんだ?…あぁそうか…アタシと境遇が似てるんだ、社会や大人の都合に振り回されて生きてるアタシと…。


「ウラド。最初の依頼通り、お前の子供らは全員殺してやる!そもそもだしな!けどな、心臓だけは絶対にお前らに渡さねぇ!火葬する!!」


「それともう一つ!!お前さっきを宿す肉体は一体しか世界に存在出来ないと言ったな?」


「えぇ…それが何か?」


「率直に言うからアタシは…」


「ご想像のとおりですよ血穢殿。貴方は文字通り『』。御始祖様の『』、我々と同じ、『』に御座います」


 …本当は人間じゃない何て昔から気づいていた…。ただ認めたくなかっただけだ…。

 、『血酔』で倒れたアタシに千尋が自身の血を飲ませたのも、携帯水煙草vape内用液リキッドも恐らくは千尋の…。


「…アタシもいつか飲まれるのか?血に…」


「まず間違いなく…。私としてはアナタも同様に『千尋様』に還るべきかと」


 怒りを通り越したどうしようもない深い絶望がアタシの頭の中を駆け巡る。アタシは両手で頭を抱え、机に突っ伏して顔を隠し必死に涙を堪える。抑えきれなかった分の涙はアタシの頬を伝い、重力に逆らう事無くテーブルを少しづつ濡らした。


 悲壮に沈むアタシに幽奈が駆け寄り、アタシの背中を優しく擦る。千尋も同様に静かに涙を流し、師匠は複雑そうな険しい顔で黙ったままだ。ウラドはもう既に達観しているのか、澄ました顔で冷めきった食後のお茶をひとくち口に含んだ。

 その様子を見た妖廼は怒りに震え、千尋とウラドを睨みつけたままテーブルの上に残っていた殻付き胡桃を二つ、勢いよく手に取った。

 

 その瞬間、さっきまでだんまりだった師匠が荘厳な口調で静かに吠える。












「…出しゃばるなよ妖廼。お前が踏み込んでいい問題ではない。」










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