Act.5 崩爛亭・老仙 3

 中華円テーブルLAZY SUSANのそれぞれの指定された席に通されたアタシ達はまずオーナーから軽くコースの説明を受ける。


「改めまして、本日は『崩爛亭・老仙』にお越しいただき誠にありがとうございます」


「当料理店は世界各地から高価なものから珍しいものまでありとあらゆる食材を仕入れ、これまた世界有数の至極の料理人、スタッフ共々が誠心誠意をもってお客様方をおもてなしさせて頂きます」


「お手元にあります本日のコースの御品書きの料理以外にも、ご注文は何でも承りますので何なりとお申し付けくださいませ。…では先ずお飲み物の注文が御座いましたら、お伺い致しますがいかがなさいましょう?」


 なのでソフトドリンクを頼む、二人はホット烏龍茶でアタシはコーラを頼んだ。本当はが良かったのだが、顰蹙を買いそうだったのでやめておいた。

 『ウラド』は年代物の高級赤ワインのボトル一本開けて貰い、更にはせっかくだからと小さなグラスにこの店の名物老酒、『黄金神鞭酒ジンシェンピンチュウ』を注いでもらった。小さなグラスに注がれた『黄金神鞭酒』はアタシの想像以上に神々しく輝いており、のではないかと疑うほどの美しい耀きを放っていた。

 『師匠』の席にも同様の『黄金神鞭酒』が置かれたが、そのグラス特別な仕様で中の酒の輝きをより引き立てる設計になっており、簡単に例えるなら『ラウンドブリリアントカットダイヤ』をそのままグラスにしました見たい表現が一番わかりやすいか…。まぁまさにこの街の英雄ないし神に供するに相応しい『聖杯』にそれは注がれた。

 一方『妖廼』はさっきまであれだけ張り切っていたのに急にもじもじし始め、一体何事かとこの場の皆が思い始めていたら、彼女は消え入る様な小さな声で言う。


「アノォー…。を『かめ』で貰う事って出来ます…?なんて…ハハハ…?』


 …なんて奴だ。時価とは言え、/Lする『黄金神鞭酒』を一ガロン4.5Lくらいありそうな『保存瓶』事注文するとは…いくら幽奈でもそんなの払える訳ないだろ。いくら何でも常識が無さすぎる…。

 あまりの発言にドン引きして顔を引きつらせる千尋と、恥ずかしそうに頭を抱える幽奈。そしてそれを見たウラドが笑いを堪えきれず咳払いしているのもそうだが、一番驚いたのが、本来で最高のタイミングでこの場に登場しようとしてたであろう『師匠』がもう既にし、『妖廼』をジト目で睨みながら文句をいい始めた事だった。


「…あのサー、妖廼アヤノン?ここは私がもう全額払ったシ、さらに贅沢するのは別にいいんだけどサ?…もうちょっと『』を勉強しよ?お願いだから…」


 本来ならば乾杯のタイミングでカッコよく顕現してキメたかったであろう彼女師匠が、グラスの口を指でなぞりながら不貞腐れる。


「あーもう台無しだヨー、もういいヨ。妖廼アヤノンに『かめ』で持ってきてあげテ。全く……」


「かしこまりました『ナイア様』。すぐにお持ちを」


 …オーナーが表情一つ変えずに注文を承るのと、当然の様に支払うと言う師匠に流石に上級国民は違うなとアタシは思った。

 オーナーが一旦奥に下がったタイミングで『ウラド』と『千尋』、そしてそれにつられた幽奈が席を立ち、師匠に挨拶する。


「おーこれはこれは、お久しぶりに御座いますな。


「お初にお目にかかります『ナイア様』。『神薙家』次期当主の神薙 千尋と申します」


「あーいいヨいいヨ、もうそういうのは…。妖廼あのこが雰囲気ぶち壊しちゃったし」


 …気になるワードがいくつかあるがまず『妖廼』、お前はそこで照れてないで謝れよ。

 

 暫くして給仕係が妖廼の分の酒と、アタシが今まで見たことない様な豪華な盛り付けの前菜を運び、オーナーが簡単にコースの説明をする。正直話に興味無かったアタシはオーナーの話は聞き流していたが、代わりに妖廼が他のスタッフにこの段階で追加の注文を頼んでるのを聴いてた。


「まず鱼翅羹フカヒレでしョ?それから燒鵝腿ガチョウのモモ焼き、あと蒸条石斑魚スズキの蒸物。もし無かったら他の魚でもいいヨ!それと蝦球麺海老そば!あーあと紅燒鮑魚アワビのうま煮も…。あ゛!?醉虾酒漬海老もあるの!?これ二…三つお願い!!…肉が足りないな。これだ!醬豚肉豚肉XO炒め!あと野菜もいるね。炒青菜青菜炒めも頂戴!…あとはー、えーい頼んじゃえ清蒸大闸蟹蒸し上海蟹一つ!!それと人数分の粽子ちまき芝麻球ゴマ団子。とりあえずそんなもんかな?♪あ、忘れてた。あとをお皿いっぱいに!!」


 妖廼こいつが昔からアタシ以上の大食漢であるのは知ってはいたがまさかここまでとは。上機嫌なウラドが妖廼に絡みに行くほどだ。


「ハッハッハ、第一印象の通り随分とお若いですな妖廼殿。実に羨ましい。私ももう少し若ければお付き合いできたでしょうに」


「いやーどうも、至ってなものでお恥ずかしいでス♪太りたくないものですからァー♪」


 晩餐の準備がそろったので師匠が簡単に乾杯の音頭を取り、アタシ達は食事を始める。

 アタシ達に出された中華料理の数々は、メニューの名前こそ同じだが、アタシが今まで食べた事の無い様な品物ばかりで、『気品を纏ったかの様な繊細な味付けの前菜』と『それに対をなす刺激的で食べ応えのある濃厚で香り高い主菜」達がアタシ達の脳内をぐちゃぐちゃ刺激し、アタシ達の脳を自らのエンドルフィン脳内麻薬の濁流に飲み込む。


 美味の洪水に溺れるアタシ達の反応リアクションはまちまちで、あまりの美味さに逆に箸が止まるアタシに。「食べなれている」とすまし顔でカッコつけてはいるが口角が上がりきってるが誤魔化せない幽奈。食べこぼしや下品な食べ方をしないといった最低限のマナーこそ守ってはいるが、次々と出てきた料理をまるで吸い込ん出るかと錯覚するほどのスピードで平らげながら酒をあおる妖廼と、料理の味に感動し、目を見開いて驚愕する千尋。…流石に年輪を重ねた師匠とウラド二人は、感動こそすれど大人の余裕を保ちつつカッコよく落ち着いて食事を楽しんでいる。


「フフフ…どれも美味しイ…。料理長としてもまた腕を上げたネ『除怨ジョーオン』♪」


「勿体無きお言葉。スタッフ共々恐悦至極に存じます…師父マスター『ナイア』」


 『除怨』と呼ばれたこの店のオーナーもなのか…。それにウラドも…。師匠、アンタは一体いつから生きてきたんだ?


 アタシ達はそれからもコース料理を存分に楽しみ、和やかな雰囲気を保ちつつ食後のお茶を嗜んだ。…ならここでお開きとなって終わるのだが、あくまでこれは。本題はこの後の話し合いになる。

 この場全員が、今から一気にこの場の緊張が高まるのを感覚的に察知したのか、それぞれの面持ちが次第に神妙になってゆく。

 …緊張が高まるにつれそれぞれの私語が減ってゆき、最終的に沈黙がこの場を支配した時、師匠がおもむろに口を開く。


「さて…ト。楽しい食事会も済んで、これで私たちは文字通り『食卓を囲んだ仲』という訳ダネ。…んジャそろそろに入ろうカ?誰から何を話ス?」























…この時を待ってたぜ。さぁ『千尋』。この場を用意してまで話したかった事を全部話してもらおうか!

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