幕間 入院先にて…。

 あの後アタシと戮さんはそのまま救護班によって中央病院に運ばれてそれから一週間後の現在、絶賛入院中だ。戮さんの予想どおりアタシの背骨にはひびが入っており、今は絶対安静の状態で昼間にも関わらず病院のベッドに横たわっている。

 『秘密警察』の配慮によりアタシはVIP用の完全個室の入院室にあてがわれ、無駄に広い部屋とベッドに逆にうんざりしているところだ。


 うんざりと言えば今日は『幽奈』がお見舞いに来てて今この瞬間、彼女が持参したお土産の高いリンゴの皮を黙々と剥いている所だ。それだけならまぁいいのだが、彼女は今朝からお見舞いに来ているのにも関わらず、さっきからずっとこんな調子で口数も少なく、怪我で重症のアタシよりずっとしんどそうな顔で俯いてばかりだった。


 確かに一回あって話はしたのだが、それは『千尋』の居場所についてや、携帯水煙草vapeを返して貰うだけの最低限のものだったしそういえばちゃんと仲直りはしていなかったか…。…アタシはもうあの時の事は気にしてないし、今だに引きずってそんなに神妙な顔しながら言葉に迷っている幽奈に若干の呆れを感じつつ、アタシは口を開いた。


「悪かったよ。幽奈。お前の気持ちも知らないであんな事言って」


「いえ…謝罪するのはワタクシの方ですわ。血穢、本当に申し訳ありませんわ…」


「…経緯はどうあれ、『千尋』には会えたんだろ?話は出来たのか?」


「えぇ…でも焦ったワタクシが無理やり彼女を引き留めようとしたので…」


って感じか?話を蒸し返すつもりじゃねぇけど、お前にとって『千尋』って何なんだよ?別に『』してた訳じゃないんだろ?」


「…ワタクシ達は別に同性愛者ではありませんわ。少なくともワタクシには現在お付き合いしている殿方もいますし」


 別に幽奈にがいないとは思ってなかったが、急な情報に頭を小突かれる感覚がする。アタシは「まぁ随分と酔狂な男も居たもんだ」と感心して、が口に出そうになるが寸での所で我慢する。


「彼女はそう…。平たく言えば『恩人』ですわね…。『とても大きな恩』をワタクシに施してくれた人」


「彼女が居なければはいませんの。彼女に出会う以前のワタクシは…の人間でしたわ…」


 なるほどね。精神が特に不安定な時期にになってくれた人って事か…。アタシにとっての『義父さん』みたいなところか。話題に出されると冷静でいられなくなる…。


「孤独を拗らせて…周りの人間を見下しては、その心を踏みにじる事に悦を感じる…。ワタクシの本性はその程度の人間ですわ…」


「…?余裕が無かったらどいつもだいたいそんなもんだろ?」


 アタシなんかが特に顕著な例かもな。今は言いたくないけど。


「フフ、もしアナタがあの時のワタクシと出会っていたら、恐らく今の関係で無くて、だったかもしれませんわね」


 さっきから自嘲的な発言を繰り返すあたり、よっぽど昔の自分が嫌いなのだろうな。良家の生まれとはいえ…いや、だからこそのが彼女にはあるのだろう。

 ただ生きるのに必死ではだったが、ありのままの自分を認めてくれる人が周りにいたアタシとは違う闇が…。


「自分の殻に籠り独りぼっちだったワタクシを、クラスのみんなの前に連れてってその輪に交じるように促してくれたのが『千尋』ですの。もちろん恩があるのは千尋だけではありませんわ」


「あぁ、分かってる」


「…いつもみんなの中心でワタクシ達を纏めてくれたヒーローである彼女が、ある日を境に急に自分一人で問題を抱え込みだしましたの」


「それであの学祭襲撃事件か…。」


 あの事件は当時、結構有名だったな。『V』の集団が『守人もりびと』の養成学校の学園祭に襲撃した事件。事件後にアタシも現場検証でとして呼ばれたのを覚えている。

 報道で多く伝えられたのはあの事件で唯一失踪した『神薙 千尋』の行方について…。

 『神薙家』がこの街有数の名家であったのが原因で、報道番組やネットでは様々な憶測が飛び交うも、現場レベルで秘匿された情報は、彼女は『神薙家』とは違う『特別な血の一族』であったという事実。

 現場検証の仕事の後も、あの事件を個人で調べていくうちに、アタシがあまりに『千尋』に似ていることや、幽奈に出会って、彼女が極秘に提供してくれたをアタシが裏ルートで鑑定してもらった結果、それで、双子或いはそれ以上と鑑定結果がでた。


「…なるほどね。大体わかったよ」


「それよりアナタ、怪我の方は大丈夫ですの?」


「それは問題ない、今週末には退院だってよ。棘が刺さって穴が空いた場所ももう治ってるしな」


「相変わらず驚異的な再生スピードですわね…」


「これに関しては親に感謝だな。肉親はだれか知らないけど」


「…。」


「あぁそうだった、幽奈あそこに掛けてあるアタシのジャケットにポケットにある物を取ってくれよ」


「ええ、構いませんわよ」


 幽奈はそう言うと立ちあがり、病室の壁に掛けてあるアタシのレザージャケットのポケットを弄る。


「…?何もありませんわよ?」


 そうだった。あの時泥だらけになったアタシのジャケットは一度クリーニングに出したんだった。まずいな。確か入院中に頼んだんだっけか、『アイツ』に…。

 そんな事を思い出した瞬間、病室の引き戸が勢いよく音を立てて開き、けたたましい大きく元気な声が病室内に響き渡る。


「ヤーヤー麗しい諸君!!今日もいい天気だねー!!!二人とも元気にしてたかナ~?」


「ハァ~…出ましたわね…」


 幽奈が顔に手を当てながら露骨に嫌そうな顔する。無理もない。がいるとどうも場の調子がおかしくなる。でもまぁ今回に関してはナイスタイミングだな。

 










今ちょうどここに一番居て欲しかったぜ、『肌埜 妖廼はだの あやの』。







 


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る