Act.4 腐喰のカジモド 3
超高熱の獄炎と数多の飛ぶ斬撃を伴う衝撃波が教堂を内側から飲み込んでゆく。
老朽化が進み、ただでさえ崩れそうな廃墟がそれを受け止められることは当然無く、教堂は炎に撒かれながら粉々に吹き飛び半壊した。
『鎌鼬・飯綱』の余波を受けた施設の残骸は今だに着火された状態で燃え続ける。ユラユラと燃えるその火は心なしか教堂の辛うじて残された箇所を照らしてる様に見えた…。幸い、外は今だ豪雨に晒されておりこの辺り一帯が山火事になることは無さそうだ。
あの堅牢な肉体を持ちながら俊敏な移動も可能な『カジモド』があの一撃だけで滅殺出来るとは思わないが、向こうからのアクションが何も無い…。あの巨躯だ。逃げ出すなり、反撃に出るなどの動きがあれば分かりやすい兆しあるはずだが。それも感じない。このまま隠れきって場をやり過ごす気か?
そう考えているとアタシの背後のすぐそば…、それこそ奴の拳が届く程の近距離に強烈な気配を感じとる。
『しまっ…!?』
気づいたときには既に遅く、奴の硬い外殻と毒棘に覆われた巨大な右腕の拳がアタシの胴体を穿ち、そのままアッパーカットの要領でアタシは教堂の外までそのまま吹き飛ばされた。
不味ったな…。全く気配を感じ取れなかった。これは『幻肢の術』の応用的な使い方の一つなのか?。あの状況下で自身の気配だけを限界まで希釈させる錯覚を起こさせたとなると単純に魔術師としての素養も十二分に高い。
なるほどこれが『
教堂の窓から強烈に吹き飛ばされながらもそう冷静に考えてられてるアタシは、あらゆる意味でこの業界で修羅場慣れし過ぎたのだろう。我ながら奇妙な感覚だ。
外に吹き飛ばされたアタシはそのまま教堂の庭園に転がり、雨でぬかるんだ泥に塗れ、小石や砂利のせいで体のあちこちが擦り傷だらけになる。軋む体の痛みに耐えながらアタシは『炮烙』を杖替わりにして何とか立ち上がり、半壊した教堂からのそのそと這い出てくる『カジモド』を睨みつける。
不味いな…。さっきの衝撃で骨の何本かにひびが入ってるな。それに奴の拳に生えてる棘の先から出てる毒性の分泌液のせいか少し体が痺れている。
『秘密警察』の所までなんとか誘い出せるか…。いや駄目だ、カジモドも『幻肢の術』が使える以上視界の悪い雑木林での戦闘は奴にアドバンテージがある。それに『秘密警察』の一般隊員はアタシや戮さんみたいに『異能』の力があるわけでも無いから万が一
…なんとしてもここで仕留める!!!
「…。」
アタシは震える体で八相の構えを取る。継戦の意思を見せるアタシに対し、カジモドは1メートル程に砕けたの教堂の瓦礫をハンマー投げの要領でこちらに向けて投げつてきた。
「百鬼葬流奥義…『
身体が痺れ、大きく体を動かせないアタシは、飛んでくる瓦礫に対して刀身を滑らしながら最低限の動きで身を翻す事でその投擲物の軌道をずらす、『葬流』の防御技法を使う。
瓦礫の軌道は何とかずらせて身を守れたが、カジモドはそのままの勢いでこちらにまっすぐ突進してくる。次の技が間に合わない…!万事休すか…。
戦いを諦めた訳では決して無いが、攻撃を躱せないと判断したアタシは衝撃に備えて防御姿勢を固め、反射的に目を閉じてしまう。
覚悟を決めて、堪える姿勢をとるが肝心の衝撃が一向に来ない。一体何が起きたと思った瞬間…
「ギゃあaaァあ!!?…がぁ!?ぐアぁaあぁぁ!!!」
耳をつんざく様な
アタシは奴の方を凝視すると、『カジモド』の左目は潰れており、奴はその痛みに悶えていた。
「この攻撃はもしかして…」
「…やはりこうなったか。血穢、お前に作戦行動はまだ早かったのかも知れないな」
声の主である『出禍堂 戮』が雑木林から出てきた。彼の右手には彼専用の
「対異形用の『聖銀炸裂徹甲弾』の味はどうだ?えぇ?海坊主?」
「…戮さん!!」
頼りがいある助太刀にアタシは思わず声を上げる。その声色にひとまず大丈夫だと確認した戮さんがアタシの元に歩み寄りいきなりアタシの頭に一発拳骨を入れる。
ガチンッ!!!
「痛っ!!」
愛ある鈍い痛みに思わずアタシは頭を抱える。流石、元義父さんの後輩だ。こんなとこまでそっくりで何だか懐かしい感覚と安心感で笑みが出そうになるが今は何とかそれを抑える。
「…説教はあとでたっぷりとするとして、今はアイツを何とかするぞ。立てるか血穢?」
「何とか…って言いたいですけどこの状態だと多分足しか引っ張れません…。」
そういいながらアタシは震える身体で何とか刀を構え直す。
「そうか…。ならこれを使え、流石に
戮さんはそういうと彼のトレンチコートのポケットから一つのアンプルを取り出し、アタシに渡した。
ガラス製のバイアルの中で生き物の様に今だ泡立ちながら黄緑色に発光する粘性を帯びた液体に、アタシは気味の悪さを感じながら恐る恐る彼に尋ねる。
「…これは?…まさか」
「『狂力ワカモト』の希釈してない原液だ。どんな怪我や痛みでも15分は動ける。」
「勿論代償もあるがな。…使え。仮にもお前は狩人だ、その責任と義務を果たせ…」
「…。」
心苦しそうに言う彼に対し断る道理も無く。アタシは無言でアンプルの首をへし折り、それを一気飲みする。喉を通り抜ける原液が心なしか食道から口に戻ろうとする感覚を覚えるが、気合で飲み込み無理やり嚥下した…。
科学合成された過剰な甘さと、異端調香師の流派が扱うおおよそ口に含むべきではない漢方の様な何かにありがちな延々と口中に残る苦い後味にむせながらも、身体の痛みと痺れはすべて消え失せた。その場しのぎの回復が何とか出来たアタシは彼にさらに質問する。
「げほっ!げほっ、…部隊は?」
「下がらせた。お前があそこまでの奥義を使うほどの相手だったら下手な援護は逆効果となるからな」
「…
「…使うんですね?あれを」
「あぁそうだ…。血穢、少し離れていろ…」
アタシは戮さんに促され少し彼との距離を取る。幸い、カジモドは今だ痛みに悶え蹲っているので
…戮さんは微量の脂汗をかきながら自身の左腕の『呪布具』の拘束を取り外し、その左腕に刻まれる封印式を開放した。
「『亜空間拘束術式・開放』食い荒らせ…
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