Act.3 血に酔う

 あの後すぐにファミレスを出たアタシはトボトボと歩きながら帰路につく。住んでるアパートは歩いて一時間弱掛る距離にあるが、頭冷やす意味もあり、アタシは敢えて歩きで帰ることにした。

 深夜の冷たい夜風が孤独感をさらに増幅させるのと同時にアタシの身体の熱を確実を奪う。何とも言えない気持ちになったアタシは、ジャケットの前ボタンを全て閉め、肩をすくめるような形で普段歩きで通らない道を歩いていく。こういった時は決まって過去を反芻する。今夜のアタシはを思い出していた。


………………………………………………………………………………………




「貴方が『蛭蠱 血穢』さんですわね?お姉さまや先生から話は伺っていますわ」


 今からざっと一年くらい前…。そういえばあの日もこんな冷たい夜の日だった。アタシはこの夜、『V吸血鬼』の討伐の仕事を終えて現場の跡かたずけをしていた。当時のアタシとしては強敵だった化け物との死闘を繰り広げ、結果として浴びた『』の臭いのせいでアタシひどく気が立っていた。

 現場に突然現れた彼女は返り血だらけのアタシの…『』いでたちに全く物怖じせずに不遜な態度でそう話しかけて来た。


「アー。アンタがあの悪霊師匠が言ってた、『罅骨 幽奈』か…。聞いた話だと、ずいぶんと腕が立つ上にを授けられたみてぇじゃねか。で?一体何の用だよ?わざわざこんな廃墟まで」


 当時、師匠から噂だけを聞いていた存在の彼女がこのタイミングでこんな所までわざわざ来るなんて間違いなくこの後面倒なことになると考えながら、フードを深く被ったままのアタシはゆっくりと彼女の方を振り向く。

 

 まずアタシの目に入り込んだのは、彼女の美しい白銀の髪だった。ここにはVが儀式で使っていたであろう僅かな蝋燭の灯りと、崩落した廃墟の天井から漏れる微かな月光しか光源が無いにも関わらず、彼女の銀髪はそれらすべての光を吸収し反射しているかの様な、そんな青白い光を放っていて、その光に照らされた顔も非常に整っており、体つきも一見華奢だが背筋がまっすぐしており無駄なもの贅肉が無い女性的なもので、一言で言うと『美しさの中に一本太い芯がある』。そんなアタシとは対照的な女性が目の前にいた。

 

 アタシは第一印象をベースにどんな嫌味を言ってやろうかと考えていたが、初めて彼女を目にした時、同性でありながらもそのあまりの美しさに思わず息をのんでしまった。

 対して幽奈はアタシの顔見るなりかなり驚愕している様子で。その顔は疲れ切ったアタシの酷い顔への侮蔑というよりかは、まるで『死別した旧友と再会した』様な…今思えばそんな表情をしていた。


 幽奈は自身が驚いたしまりの無い顔をしているのを晒しているのに気付いたのか恥ずかしそうにすぐに表情を整え切り出す。


「…ワタクシの事を既に聞いているなら自己紹介は必要なさそうですわね」


「担当直入にお聞きしますわ。貴方、『神薙 千尋かんなぎ ちひろ』という人物に覚えがありまして?」


 …何かと思えば全く知らない人物の名前を出されて困惑する。どうやら人探しみたいだがアタシの記憶に掠らない名前の事に訊かれ、この疲れた時に一体何なんだと呆れたアタシは、このに何だか意地悪したくなりワザと含みを込めたような言い回しで挑発するように返す。


「…さぁどうだったかな?確かにそんな奴いた気もするけど、初めましての他人のアンタに教える義理が?」


「…やっぱり何か知ってますわね!?」


 幽奈が突然語気を強め互いに緊張が走る。…食ついてきた。この感じだと力ずくでも聞き出すつもりみたいだ。


『チーちゃんの器は思ってた以上に矮小だったから技の半分はもう一人の教え子の幽奈ユーミンに伝えたヨ?これから二人で切磋琢磨してネ♪』


と師匠に言われていたのもあってアタシはどうしても幽奈こいつ実力を確かめたかった。

 育ちの良さそうな身なりの通り、いきなり切りかかる様な奴では無さそうなのでさらに挑発する形でアタシは仕込み炮烙の鯉口を切りながら幽奈に告げる。


「ふーん。そんなに知りたきゃ力ずくで聞き出してみろよ?…それともで荒事は苦手かな


「……後悔しますわよ」


 幽奈はアタシを睨んだまま彼女の履いた白刀に手を掛ける。師匠は確か沈河ちんが』といってたか…。

 アタシの妖刀炮烙と対をなす幽奈の『沈河』と、彼女が授かった方の流派『虚霊忌殺流きょれいさつりゅう』の実力を試すために、アタシはそのまま居合の構えに入る。幽奈も同様にアタシとは、只でさえ静かな夜がさらに静寂に包まれる。


 極度の緊張が走る中、アタシ達は。その強い気配は明らかに敵意を殺気を放っていて、アタシ達が斬り合う瞬間を狙って襲おうとしているのが感じ取れた。おそらくアタシが狩り損ねた『V吸血鬼』の生き残りだろう…。

 アタシは幽奈とにらみ合いながらも片目で彼女に目配せをする。意図を理解したのか彼女は返事をする様に瞳を閉じた。

 アタシと幽奈は柄を握る力を強め、互いの扱う妖刀あいぼうを神速の速さで引き抜く…。


 一閃…。


 アタシ達の抜刀斬は、その斬撃はそれが隠れていた廃墟の瓦礫ごと十字に切り裂いた。奇襲するつもりが逆に不意をつかれた『V』が地獄の歌の様な歪な断末魔をあげ、血しぶきを上げながら絶命してゆく。


 アタシ達をVの死を確認し、互いの型の血振いを行う。柄を叩く作法のアタシの『葬流』の血振いと違い、幽奈の『忌流』の血振いは刀身の背を優しくなでる様な変わったものだった…。

 ……なるほど。師匠が『切磋琢磨』しろと言うのは何となく分かった。

 脅威がさったアタシ達は流れでそのまま妖刀を鞘に納め。それぞれが自然に口を開く。


「とんだ邪魔が入りましたわね…」


「わりぃ。仕留めそこなってた。…アンタ強ぇな」


は誰ににでもありますわ。…貴方こそ中々の御手前ですわね。先生が言うだけありますわ」


「…今夜は帰りますわ。興が削がれましたの」


「ですが勘違いなさらずように…。これからワタクシ、貴方から


「おーこわっ。ストーカーかよ。けど後悔しても知らねぇよ?」


「でしたら次会う時に話してくださいな。」


 急に幽奈に呼び捨てにされる。どうやら彼女は少し私の事を認めたようだ。…けどそんなに悪い気がしないアタシはそのまま合いの手を打つように返す。


「そいつは約束出来ないね。…じゃあな


 あたしの返しに少し驚いた様子の幽奈は嬉しかったのか少し微笑んでから


「えぇ…御機嫌よう」


とだけ優しく言ってその場から去っていった。


 冷たい夜風に吹かれ、月明かりに照らされた廃墟の中で奇妙な友情が芽生えた夜。はそんな日だった。


 …まぁホントに面白いのは次の日の朝に支部でに互いを紹介されて、しかもと取っ組み合いの喧嘩をした事だったのだが…。



…………………………………………………………………………………


 、思わず一人で思いだし笑いをしてしまう。

『あぁ早く仲直りしないとな…。でもどうやって切り出そう?』と考えていたその時、アタシは気配を感じた。

 


 最悪だ。こんな時にまでアタシの気分を害しやがって…。

 アタシは歩みを止め、『炮烙』の鯉口を切る。そして強い怒りを込めてその気配を放つ臆病者に言い放った。
















「こんな時にまで邪魔しやがって…。アタシが気づいて無いとでも思ってたか?出で来いよ臆病者!!」





















 





 




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