Act.2 術と業 5

「絶対に戦うなって…。そんなやべぇ奴なのか『壊』ってやつは?」


 現実の世界に帰還したアタシは開口一番にそう言う。

 幽奈の返事を待ってたが、どうやら彼女はまだ頭を抱え狼狽えていて、しかもさっきより神妙な面持ちでぶつぶつと独り言を続けていた。


「なんだよ?お前の担任のセンコーってそんなに怖いのか?」


「っえ?あぁなんですけれども…いや…じゃあ一体何故…」


「……」


 あの様子だとどうやら個人的な事みたいだから深く探るも不躾だしスルーしとくか。


「とにかく出ようぜ。用事は済んだんだし」


「…えぇそうね。ここに長居するのも好くないでしょうし」


 何だか煮え切らない態度の彼女だが、そんな事いってもしょうがないのでアタシは部屋の扉をノックして、向こう側で待っている巫女を呼んだ。


………………………………………………………………………………


 社務所から境内に出るとあたりはすっかり暗くなっていて、時刻はもすぐ19時を指そうとしていた。丁寧にお見送りしてくれた巫女たちに軽く会釈し御悪巣観音寺を出たあとアタシは幽奈に話掛ける。


「さてこれからどうするよ?腹減ったし、飯でも行くか?」


「それ自体は結構なのですけど。こないだ連れて行かれた、みたいな場所でしたら…ワタクシ、帰りますわよ?」


「んぁーわかったっての!ちゃんと座れて落ち着いて食事出来る所ですよねお姫様!」


「よろしい」


 なにがよろしいだ…あの時も店で一番楽しんでたのお前じぇねか。


「でも借金の返済や仕事道具と相棒バイクの整備代とかで金欠なのはマジだから高い店は勘弁な?」


「えぇ、ワタクシも今は食事そのものを楽しみたい訳じゃありませんので軽くでいいですわ」


 あれからお互い候補の店をいくつか出し合って、結局決まったのは一人あたり3000Zくらいする高めのファミリーレストランだった。

 何か腑に落ちない気がするが昼代を返して無い現状、まぁ仕方ないか。

 アタシ達はそのまま御悪巣町を離れ、ファミリーレストランに向かった。


…………………………………………………………………………………




「…貴方…さっき『金欠』って言ってましたわよね?」


 アタシの前に並べられた3をみて幽奈が訝しむ。


「うぅーすまんのぅ…この右手が勝手に注文パネルを…」


 アタシはそうやってふざけて答えて見せる。だって仕方ないだろ?旨そうだしなにより腹減ってんだから。


「すまんのぅって…貴方この店でもワタクシに支払わさせる気でいますの!?」


「あぁ…貴方がが分かった気がしますわ」


 呆れた幽奈はそう言いながら自身の頼んだ細麺カッペリーニのオイルパスタをフォークでくるくると巻き取る。

 アタシ達はそういった軽口を言い合う談笑を続けながら暫く食事をして、幽奈が食事のデザートの顔よりでかいパフェ食べてる時にアタシは気になってた事を思い出し幽奈に尋ねる。


「なぁ、師匠を復活させよとしてる組織って…」


「えぇ、先月『犯行声明』を出した新興宗教から派生した犯罪組織『リバーシ』で間違い無いでしょうね」


「犯行声明それ自体が先生彼女の復活と言っているのですから」


「ですが世間は荒唐無稽な愉快犯としか思って無いですわね。そもそもそういった『反魂術』はというのが現在の定説ですし。」


「なにより、彼らは表立ってはまだ何もしていませんわ」


「…含みのある言い方だな…?知ってるぜ幽奈。お前、戮さんのとこ秘密警察も出入りしてんだろ?」


「なっ!!?何故其れを…!?」


 なんとなくカマを掛けてみただけなのだが、幽奈の露骨な反応にアタシは思わず愕然とする。こういう所だ。師匠が言ってた幽奈こいつの悪癖は…。

 正義感や倫理観は立派だが、捜査や交渉には全く向かない人間性。

 この街の深淵を探るに余りに危ういその性質は、本人が気づかぬまま闇に囚われる典型の結末を辿ることになる。


「はーマジかよ。いくら何でも分かり安すぎるだろ…」


「だましましたわね…」


 幽奈が急に語気を強め、アタシを睨め付けながら言う…。どうやら余裕が無くなるほどの秘密センシティブなトピックらしい。理由は多分…。あれなんだろうな…。

 幽奈を心配したアタシは真剣さを込めて諭す様に幽奈に伝える。


で必要以上に裏社会に首突っ込むなよ。命がいくつあっても足りねぇぞ?」


「貴方には関係ありませんわ…


 幽奈が余所余所しく冷たく言い放つ。さっきまでの楽しい雰囲気は台無しだ。確かにアタシのせいではあるけど、本気で心配してるのにこうも突き放した物言いについ感情的になったアタシは、本来言うべきでは無い彼女の禁句ワード言ってしまった。


「そんなに大事なのかよ…。幽奈とそのクラスメイトお前らを裏切って失踪した『』とやらは…」


「っ!!!」


 感情が高ぶり、席を立ってつい大声を出しそうなった幽奈だったが、寸での所で感情を抑え込み、再び席に座り静かに言い放つ。


「『千尋ちひろ』の悪口をワクタシの前で言うなと昔言いましたわよね?」


を何も知らない貴方に彼女をそんな風に言う権利はありませんわ!」


 語調が完全に怒気を纏っている。またやっちまった…。これはもう引き返せないな…いいさ…アタシも言いたい事を言わせてもらおう。


「知らないも何もお前から又聞きした話で完全に状況を理解できるわけないだろ?」


「大体そいつだって、にお前らの学校に入っただけで、お前らとの友情だってどうせ全部嘘だろ?」


「だからどうしてが貴方に分かるのかって訊いていますの!!」


「むしろそっくりさんなら逆に貴方がそこまで彼女を否定する意味が分かりませんわ!?一体貴方何がそんなに…」


ようにだったんだよ!双子の!血のつながった!!!」


「…貴方…ほんとにを検査しましたの?」


「あーそうさ!認めたくないけどな!アタシの家族は死んだ義父さんだけだ!理由なんか知ったこっちゃないがアタシを捨てた!」


「仲間を裏切るような屑を育てて、アタシを養護施設に捨てたあいつらじゃ…」


「…貴方が怒る理由は分かりましたが、きっとそれだって何か事情が…」



「はっ、今思い出したよ!出会った頃お前言ってたよな?『千尋のことを聞き出すまで貴方に付きまといますわ』って!」


「結局お前も千尋アイツの事が知りたかっただけでそもそもアタシの事なんかどうでも…」


 言い終える前に、鈍い衝撃と痛みが左頬を走る。目に涙を溜めた幽奈がアタシを思いっきり引っ叩いたからだ。

 幽奈は高ぶり過ぎた感情を制御できず、涙声で何かを伝えようと口をもごもごさせるが語彙見つからないのか、しばらくすると食べかけの溶け切ったパフェをそのままに黙ってレジに向かい、携帯を叩きつけるようにアプリで乱雑に無人決済を済ませ扉を蹴破るかのように店を飛び出した。


 ここがホールスタッフいない店で、客もフードを深く被った根暗と盲人の年寄りが一人づついるだけの状況で本当に良かった。

 どうしようもない状況で今だ左頬の痛みが続く中、アタシはしばらく俯いたままそれこそ深淵に沈みこむように、自身の欠点について真剣に考えていた…。


 






















 最悪だ、本当は今日の事を幽奈にお礼を言うつもりだったのにどうしてアタシはいつもいつもこうなのだろうか…。師匠がさっき言ってた『怒りに身を任せると人がいなくなる』とはまさにこの事だ…。頭で分かっていても心が追い付かない。一度始まると止まらない。これがアタシのカルマってか?クソッタレが…。

 一体どうしたらこの癖が直せるんだ。そもそもアタシが何したっていうんだ……。



 



 

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