Act.2 術と業 4

 アタシ達の呆れをよそに、ふんふんと鼻歌を歌いながら高座に戻り爪の手入れを始めた師匠はちらっと幽奈の方に目配せする。

 師匠の意図を何となく理解した幽奈は空いた口を防ぎ、ポケットからガムを取り出し噛み始め、顎に手を当てその辺をうろうろして少し考えたの後に、その思考がまとまったのか、ガムを包みに吐き出し、小さなエチケット袋入れてからゆっくりと話しはじめる。


「『幻肢破りの術』…。その構造を解説致しますわ」


「血穢、首飾りペンダント賽子DiCEを取り外して、床に放りなさい…」


 アタシは急に何を言い出すのかと疑問に思いながらも彼女に従い、首飾りペンダント賽子DiCEを取り外して、床に放り出す。

 そして幽奈も同様に首飾りペンダント硬貨COiNを取り外して、同じように床に放り出した。


「っ!!??」


 アタシ達の放り出したそれらは、


「これは…」


 驚き絶句するアタシに幽奈は順序だてて説明を始める。


「まず初めに、この『』は術者の精神世界に対象の意識…或いは魂そのものを引きずり込み、術者自らの都合の良い状況や事象を押し付けることで、対象の精神の破壊や洗脳を目的とした魔術ですわ」


「この呪いの様な類の魔術はワタクシの学校では当然の様に禁術ですし、何より特にこの術はいなければ行使出来ない代物ですの」


「フフフ…というト?」


 師匠が爪をヤスリで整えながら会話に混ざる。そんな師匠を僅かばかりの疑念の眼を向けながら幽奈は淡々と続ける。


「禁書『殲骸経せんがいきょう』の最初の構文にある極まった嘘は自身さえも騙しきるという記述のように、複雑で都合の良い幻術ほど術者が本当にそうなる、そう出来ると確信していなければ術として機能しませんの」


「…仮にあの本の寓話が本当だとしたら先生…。貴方は本当にこの術一つで『かの亡国の高城』を無血開城に導きだしましたの?」


「『』か…。懐かしいネ…。でもあのホラを鵜呑みをするのは危険だヨ?…ユーミン」


 アタシは話が脱線し始めたの察知しすぐさま修正に導く。


「おい、話が逸れてきてるぞ?」


「あら?申し訳ありませんわ。つい気になって…」


「とにかく、この術を扱えること自体がそれ相応の危険人物であることに変わりはありませんの」


 幽奈は片目で師匠を見やると、師匠はワザとらしく肩をすくめ、とぼける仕草をする。


「ですけどこの術…否…、精度や規模の大小関係無く致命的な弱点がありますのよ!!』


「それがこの状態と関係あるわけか…」


「あら?無学な貴方にしてはずいぶん察しが良いですわね血穢」


「…お前が博識なのは分かったから続けろって…」


 カッコつける算段やプライドをアタシに見透かされて恥ずかしいのか、幽奈は少し顔を赤らめながら咳払いしてから大げさに発表する。


「…ん゛ん……幻肢の中では…そう!『』!!」


「その為の『DiCE賽子』と『COiN硬貨』か」


まさしくそのとおりですわExactly血穢!!!これらの呪物Amulet…あ、お守りTotem意匠Designとして、これほど最適な象徴Symbolはありませんの!!流石先生!!そこに痺れるあこが……っ」


「明晰夢のように、まず幻を幻として認識するのが大事だってのは分かったけど実戦で悠長にこんなの眺めていられるのか?」


「…………それについても問題ありませんわ…。血穢。貴方ゲームは嗜みますの?」


 急にテンションが上がったかと思ったら、いきなり恨めしそうにこっち見ながら冷静になりやがって…。どうなんってんだオタクおまえの情緒は…。

 師匠は師匠でケラケラ笑いやがって…。ホント何なんだこいつら…。


「実像が存在しない虚像の世界はまさに、ですわ。その虚像の世界ではやがてその世界serverそのものに莫大な負荷を掛け最終的には……」


「『GAME CRASH』って寸法か…」


 アタシがそう言うと空転している。アタシ達の『お守りTotem』はさらにその回転速度を上げ、それに呼応するようにこの世界幻肢の世界が崩壊を始める。


「放り投げるだけでここまでの効果なんて、流石に便利すぎないか?」


「…正確に言えばまぼろしことですわ」


あくまでもその想いを補助する触媒に過ぎませんの」


「フフ…破滅的な思考の貴方には、大変な課題になりますわね♪」


 ジョークのつもりで言った軽口なのは分かっているが、予想以上に致命的クリティカルなところに刺さってしまい。アタシは上手い返しが思いつかず、黙り込んでしまう。

 幽奈はそんなアタシを見て察したのか、二人とも気まずくなりしばらくお互い沈黙する。


「……」


 流石に負い目感じたか、話を逸らす様に沈黙を破ったの幽奈はだった。


「…で?先生?いかがでしたでしょうか?このワタクシのは?」


「ンー、ホント流石だねユーミン♪そこまで洞察できるなんて、日頃の研鑽は裏切らないネ♪」


「ただ一つだけ忠告しとくと、あまり単独で闇に踏み込み過ぎない方がいいヨ。独り善がりの悪癖は妖廼アヤノンにも当てはまっているからネ?」


「アーあと見透みすか大学の禁書目録iNDEXを勝手に閲覧したことは、に報告しとくからよろしくネー♪」


 自身満々で褒められる気満々でいた幽奈の顔が一瞬にして青ざめる。

 アタシは頭を抱えしきりに狼狽える忙しい幽奈をそのままにして、もう一度深く先生にお辞儀をし、感謝を伝える。嘘偽りなく。


「本日も本当にありがとうございました」


「…チーちゃんもあんまり怒りんぼが過ぎると、みんな離れて行っちゃうからネ?はアナタ達の中で一番可愛くて、素敵なんだから♪」


「恐縮です…?」


 世界幻肢の崩壊はさらに進み、床も壁ももう殆ど崩れ去っている


「……そろそろ時間だネ。じゃあね二人とも♪妖廼アヤノンにもよろしく言っといてネー」


「今度は三人で伺いますわ、先生」


「うィー」


 そうやって片手を挙げながら背中を見せ、消えていく師匠に、アタシ達はもう一度深くお辞儀をした。

 そうしてアタシは現実の世界に帰還した。


 ……だが世界幻肢が完全に崩壊する寸前、師匠の声がアタシ達の心に響いてきて、一人の男の姿のビジョンが脳裏に浮かぶ…。
























「アー、大事なこと言い忘れていタ、組織は潰して欲しいいんだけどモ、『壊』と直接交戦するのだけはホントにやめてネ…」


           



        「絶 対 に 勝 て な い か ら」







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る