Act.1 血の穢れ 3

 勢いを付けた抜刀斬は、瞬時に反応したVの喉元を僅かに掠めた。ここまでは流石に予想通り…。アタシは妖刀を振り抜いた勢いをそのままに体を大きくひねることでその場で回転し、Vの胴体を横一文字に切り裂く連撃をくりだした。奴の胴体は見た限り確かに真っ二つなったのだが、肝心の切った感触はまるでない。

 なるほどね。流石に古強者エルダー級って報告事態はホントだったわけだ。

 真っ二つになった奴の身体はすぐさまに影となり霧散し、その黒い煙がまるで蝙蝠の群れの様に再び集まって奴の身体は再構成される。


「フフフ…良い一撃だ…。実に良い」


 Vは不敵にそう微笑むと同時に持っている杖に魔力を込める。杖全体がどす黒い紅玉色光り、Vが魔力を帯びた杖の持ち手をこちらに向けると、魔力がその先に収束し、薔薇の棘の様な紅玉色の魔力結晶がこちら大量に放たれる。


「来たかっ…!!」


 アタシは瞬時に大きく後ろに飛び退き回避を行うが、結晶の弾速が想像よりずっと遅くゆらゆらと浮遊する様にこちらに近づいてくるので、思わず拍子抜けする。しかしすぐにその魔術の特性を理解し、アタシ一瞬動揺した。


「クソっ!!誘導魔道弾かよ!!」


 遮蔽物の無いこの空間ではは叩き落とすしか防ぐ術がない。通常の物理斬撃が効かない身体の上に、こういう絡め手を使ってくるのは、早く本気を出せと言わんばかりの立ち回りで一層腹が立つが…もう考えてる暇はねぇ。


 アタシは手に持っている鞘を腰に差し、その空いた手で妖刀の刃を柔らかく包み込む…。そう…まるで本当に鞘を持っているかの様に…。そしてアタシは手で包み込まれた妖刀の刃を思いきり滑らし、

 刃はアタシの瀉血された鮮血を纏って赤黒く輝き、悪血のような赤紫の色の澱んだ魔力が、怨嗟の炎の様に揺らめき、刃を包み込んだ。


「またごめんね…おはよう『炮烙ほうらく』…夜食の時間だよ」


 アタシは『炮烙』を片手で脇構えに構え、力を込め静かに息を吐く。


「っふー……百鬼葬流奥義!!…『鎌鼬かまいたち』!!!」


 振り抜かれた炮烙の刃からはが轟音と共に解き放たれる。広範囲で扇状に広がった獄炎の刃は、こちらに近づく大量の魔道弾を一瞬の内に粉々に切り刻み、燃え尽くした。


 百鬼葬流はその昔、盲目でありながらその身一つでこの国のあらゆる妖怪変化を切り伏せ、その力を我が物にしていきた伝説の剣客『鬼剣の暗魔』を開祖とする相伝の流派。

 穢血を吸い、妖の呪いを放つその悍ましい業は、時代と共に確実に棄却され失伝し、今では使い手はアタシただ一人だ。


 アタシの放った奥義の余波はVを巻き込んだが、この程度で奴がやられるとは到底思えない。アタシは炮烙を担肩刀勢に構え、突撃体制をとる。

 そして意識集中させて身体を星の重力に任せるように倒れる形の縮地法により加速し奴に突っ込む。


「でぃやぁぁあああ!!!」


 裂帛の様な猿叫をあげ、一直線に最高速で駆ける。視界の中に奴の姿を確認した…。少しよろめいている所からどうやら隙はちゃんと作れてるみたいだ。

 アタシは力の限り炮烙を袈裟切りの形で振り下ろす。しかしその一撃は奴の魔力がこもった杖にあっけなく防がれてしまった。


「いやはや…小手調べのつもりがここまで大暴れされるとこちらも少々本気にならざる負えないですね!」


 Vは炮烙を大きく弾いたあと、杖と体術を使った連続攻撃を繰り出す。アタシは辛うじてそれらをいなし続けるが徐々に追い込まれ、仕舞いに大きな隙を作られ、鳩尾に重い一撃を喰らう。


「がはぁっ!?」


アタシの肺がその一撃の重さに一瞬動きを止め、思わず膝をついてしまう。


「確かに筋はいい…があまり青く、技も文字通り付け焼刃ですね…。」


「ヒュー…ヒュー…クソッ…タレがぁ…」


息も絶え絶えに何とか悪態を付くのが精いっぱい…。こんなにも差があるのか…。


「もうここまででいいでしょう。では最後にをお見せしましょう…。しかと見届けたまえ!!」


 そう言い終えると奴の身体は巨大な漆黒の影となり、その影の中にはありとあらゆる異形の化け物が蠢いていた。影は際限なく巨大化し、それらは濁流となりアタシを飲み込む…。

 ここまでか…。くそ…何にも出来なかった…。あんだけ啖呵切っといてこのざまだなんて…。

 影の濁流の中、舌を噛み切りたくなるような悔しさを感じながら、アタシの意識は徐々に混濁し霧散していった。



……………………………………………………………………………………………………



 目を覚ますと、先ほど居た支部の応接室のソファーにアタシは横たわっていた。向かいには霊茄さんが据わっていて、仕事の報告書を確認しながら、コーヒーを飲んでいる。

 霊茄さんは目を覚ましたアタシに気が付くと労わる様に話しかけた。


「大変そうだったな、お疲れ様」


「あいつは?」


「彼ならもう帰ったよ、頃合いを見てまた来ると言っていた。それまでと…。」


「……異形狩りの組織なのにVあいつと前から知り合いみたいだった…。」


「霊茄さん…。一体何をどこまで隠してるんですか?」


「…そうだな。まずはそれから話さないとな…」


 霊茄さんは立ち上がり、コーヒーを入れなおす、マグカップに2人分のホットコーヒーを入れるとその一つを私に差し出しながら申し訳なさそうに続けた。


「もう明け方になるが、本当に今でいいのか?」


 あたし俯きながら静かに頷いた…。














 …この世界はあまりに非情だ。大人たちはいつも大事な事を教えずにはぐらかし、それでいて子供にそれを押し付けて利用し、問題を処理していく…。

 力だ…力が欲しい…。誰にも振り回されず、己が一人で生きていけるだけの力が欲しい…。

 アタシは霊茄さんが話す事の状況を聞きながら、手渡されたマグカップを悟られないぐらいの力で強く握った。





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