第53話 温まる料理

 「なんつー顔してんだよ?」


 俺は思わずそう言ってしまった。

 星北は顔をくしゃくしゃにしたようだった。

 まるで、転んで泣く直前の子供のように。


 「う……うるさいな……う…嘘つきくん」


 星北は、自身の顔を袖で拭った。

 そして、顰めっ面を俺に向ける。

 今の様子を見るに、星北も少しは冷静になったようだ。


 「で…体調はどうだ?」


 一応聞いておこう。

 さっきみたいに痩せ我慢の可能性もある。

 全く…どっちが嘘つきくんかな?いや、嘘つきちゃんか…


 「……そういえば…大分マシになったみたいだよ……」


 「本当かよ…?」


 俺は目を細める。

 さっきもそう痩せ我慢をしていたからな…疑ってしまう。

 

 「ほ…本当さ!なんなら、そんなに信じられないなら、走り回って元気を証明しようか?」


 「いや…走り回らなくていい…とりあえず熱を測れ、それで平熱か最低でも微熱前半だったら信じてやるよ」


 俺は、星北に体温計を差し出す。


 「蒼くん…疑い深い男は女の子にモテないよ?彼女なんてできやしないよ?」


 「栞ちゃん…言うことを聞かない女の子もモテないよ?彼氏なんかできないよ…?」


 俺と星北は、見つめ合う。

 いや、睨み合う。


 「はいはい、測ればいいんでしょ?そんなに君が私の体温を知りたい大変な変態さんなら、仕方なく言う通りにしてあげるよ」


 星北は、雑に俺から体温計を受け取った。

 そして、顰めっ面で俺に言った。


 素直になれや…


 「36.8℃…か…」


 それから、約2分ほどで体温の計測が終わった。星北の体温は見事に平熱ラインに入っていた。


 「で?まだ、何か文句でもあるのかな…?」


 星北は自身満々に言った。

 ドヤ顔で。どうだと言わんばかりに。


 「いや、ない」


 「全く…酷いね私のことを疑うなんて」


 星北はため息をつく。

 

 「おいおい…あくまで俺は星北を心配しているからそうしているんだよ?」


 「フッ…どの口が言っているんだか…心配しているなら、私を家に1人にして、呑気にアホ面で外なんかを出歩きはしないでしょ…」


 たしかに…言われてみればそうかもしれない。言動と行動が矛盾しているな…


 「でもなぁ!俺が外に出たのはちゃんと理由があるんだ!」


 そう…弁解だけはさせてもらおう。ただの無責任、矛盾男になるのは勘弁だ。


 「へぇ…その、ちゃんとしている理由をお聞かせ願いましょうか…?ん…?あれ、なんだかいい匂いがするね…」


 星北は、くんくんと鼻を動かした。

 俺が作った、お粥やスープの匂いにやっと気づいたようだ。


 「ふふふ…気づいたか…ちょっと待ってろ」


 俺は、台所からお粥とコンソメ野菜スープをリビングの折りたたみ式テーブルに置いた。


 「……これは?」


 「俺が星北の為に作ったんだよ」


 「私の…為に…?」


 星北は、驚いたように目を見開いた。


 「ああ、俺が出かけたのも星北に栄養ある食べ物を食べて欲しかったからなんだよ」


 いい感じに誤魔化す。

 いや、お茶を濁す。


 「そ…そうなのかい…そっか…ありがとう…」


 星北は少し嬉しそうだった。

 フッ…ちょろいぜ…先程までの星北の不機嫌は、消え失せた。


 「ほら、冷める前にさっさと食べろよ」


 「うん…いただきます…」


 まずはパックと、卵入りお粥を一口、口へと。

 

 「どうだ?」


 「……美味しい……」


 良かった…どうやら、美味しく作れたようだ。これで、不味いと言われたら結構ショックだった。


 「心が…温まるよ……」


 そう言って、星北はお粥を食べ続けた。

 意外とお腹が空いているのかもしれない。


 「意外とお腹が空いてたんだな…」


 「……いや…お腹はあまり空いてないよ」


 てっきり、お腹が空いているからパクパク食べているもんだと思っていた。


 「へっ?じゃあ…無理して食べなくてもいいぞ?食べれる分だけで…」


 「…お腹は空いてはないけど……美味しくて…嬉しくて…食べる手が止まらないのだよ…」


 「あっ……なるほど……」

 

 いざ、逆に褒められると何も言えない…

 まあ、そう言ってくれて良かったと思う。

 

 「にしても…君がこんなに料理が上手だなんて思わなかったよ」


 星北は関心したように言った。

 

 「まあ…でも、お粥とスープなんて誰でも作れるしな…」


 正直、別に俺の料理の腕前…というわけでもない。手順通りにやれば、誰でもできる。


 「なあ、星北…一つ聞いてもいいか?」


 俺が1番気になっていたこと。

 疑問に思っていたこと。

 謎に思ったこと。


 「星北…この部屋に1暮らしているのか?」


 この部屋の広さ、一つしかないベッド。それらから推測するに、そう思った。


 「うん…そうだよ」


 星北は、一言そう答えた。


 「……親は?」


 「親はもちろん、いるよ。母親だけだけどね…でも、一緒には暮らしてはないんだよ…」


 「なぜ?」


 「……それは……」


 星北は、少しの間口を窄めた。


 「私が1人で暮らしたいって無理にお願いしたんだよ!ほら、どうせ高校を卒業したら嫌でも一人暮らしするのだし、だったら今から慣れておきたいっていうか…1人暮らしの方が楽だと思ったというか…」


 星北は、今思いついたように言った。

 明らかに、無理矢理に理由を考えてこじつけていると思った。

 それは、俺の思い違いかもしれないが…

 

 「そうか…大変だな」


 「……いや…別に…そんなことはないさ…」


 「まあでも、ちゃんと自炊ぐらいはしろよ?」


 「な…なんで、私が自炊してないことを…」


 「冷蔵庫の中身を見れば、そう思うだろ?それに、ゴミ箱に弁当の空ばっかり入ってたぞ?」


 「人の家のそんなところまで覗き見するとは…恐れ入ったよ」


 「……覗き見てねーよ」


 「……実は…あまり料理が得意ではなくて」


 星北は気恥ずかしそうに言った。


 「まあ、そうだろうな…じゃあ、今度暇な時にでも料理の仕方を教えてやるよ」


 俺が教えられる立場でも技量を持っているわけではないけど、ある程度は教えられる。

 それに、困ったら有識者でも連れてくればいい。天野とか、料理得意そうだし。


 「……いや……遠慮しとくよ…」


 「えっ……なんでだよ?」


 「いや、何でもない…だけどもね…多分それはできないよ…無理だと思う……だって私は…」


 「できないって?無理って?」


 「…………ごめん…何でもない…忘れてくれ」


 星北は、そう言って目を逸らした。

 何となく…嫌な雰囲気だった…

 

 



 今思えば、これを実行するのをこの時からすでに決めてたのかもしれない…

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