第51話 苦肉の策

 それから、星北にしがみつかれること約10分程の時間が経過した。


 さすがに、10分もこう抱きつかれ続けたので大分緊張もほぐれてきた。

 頭も、冷静を取り戻した。

 先ほどは、軽く…いや結構パニックになっていた。


 この、10分間星北は一言も喋らなかった。

 無言…だけども、しがみつく強さはまるで「離さない」と言っているようだった。

 本当にこの力はなんなんだろう?

 女の子って案外力があるんだ…浅知恵を学びました。


 はぁ…一体、あと何分、いや何時間、下手したら何十時間、何日、何月、何年、何光年こうして抱きつかれ続けるのだろう。

 

 俺としては今すぐ離れたい。

 星北が嫌いとかではないけど、抱きつかれるのは慣れていない。


 というか、星北は重くはないのだろうか?

 今、現状は下から星北が俺に抱きつく形となっている。そのため、俺が上に、星北に軽く乗っかっている体制となっている。

 

 もちろんベッドに手をついて、できるだけ星北に体重をかけないようにした。

 手を話せば俺の全体重で星北を潰してしまうからな。

 足も、気持ち宙に浮かせた。


 今更ながら、あることに気づいた…

 ——————————俺、臭くないか?

 10数分抱きつけられ続けてやっとそのことに気が付いたのだった。

 俺は、スーパーから星北の家までスーパーマンのように空を飛んで…いやそんなことはできないので、地上猛ダッシュした。

 そのせいで、汗だくだった。

 ということは、ある程度臭いはするかもしれない…

 汗臭い可能性…いや、絶対論だ。

 

 まあ、幸い今のところだけどまだ星北に臭い、ましては、汗臭い…腐敗臭がする…鼻が取れる…鼻が捻じ曲がる…とは言われていない。

 だが、それも星北が言ってないだけかもしれない。俺の臭いを我慢してくれているだけかもしれない。星北はいつも辛辣で俺をたくさん罵ってくるけど、こういったシビアなことは言わない主義なのかもしれない。

 案外、星北はいいやつで優しいのかもしれない。


 はぁ…早く俺を解放してくれないかなぁ…

 

 「星北〜?」


 とりあえず沈黙を打ち破ることにする。

 冷静な頭でお話ししよう。


 「…………………………………………」


 無視だった。

 俺の呼びかけなど、1ミリも反応しなかった。

 あれ…?さっきまでは、言葉を返してはくれていたのに…

 もしかして、怒ってる?

 不機嫌?反抗期?

 やっぱ、臭かったか?

 知らぬ間に何かやらかしたかなぁ…?


 と、考えていると…


 「スャァ………」


 何やら寝息が耳に入ってきた。

 

 もしかして…寝てる?!


 俺の今の体制からは、星北の顔は確認できない。目視できないのだ。

 だけど、この呼吸は、寝息だろう。

 そう、確信した。


 だから、俺の呼びかけにも答えなかったのだ。よかった…無視された訳ではなかった。


 なぜ、寝たのかはわからないがおそらく力尽きたのかもしれない。

 そりゃ、元々風邪で調子が悪いんだしこんなにはしゃげば当然だろう。


 寝てる…ということは星北から離れるチャンスだ!


 俺は、まずはそぉ〜っと俺に抱きつく、しがみつく手を離そうとした。

 

 だけど…「ぐっ…ぐぬぬぬ!」


 コイツ…寝ているくせして、しがみつく力が全く弱まっていない?!

 驚くことに、俺にしがみつく力は寝る前と全く変わらなかったのだ。

 普通、人は寝れば自然と力が抜けるものではないのか?


 ほら、水曜にやる大人気バラエティ番組で説を検証していたではないか!

 詳しくは覚えていないが、タライの紐を握って寝るというシンプルなものだった。

 まあ、後ほど見てみてくれ。面白いよ。


 って、そんなことを考えている場合でもなければ、余裕も無い。


 さて…一体どうすればいいのでしょう?

 どうすれば、星北のこの馬鹿力クリングを解除できるのでしょうか?


 まずは、この身勝手の極意である無意識に働く、しがみつく馬鹿力をどうにかしなければならない。


 力を抜くにはどうすればいい…?


 う〜ん…俺が力を抜くには…抜いてしまったときは…あっ!


 効果があるかは、わからないが…やるだけやってみるか。


 「フ…フゥー!!」


 俺は、星北の耳に息をかけた。

 俺の場合、耳にふぅ〜っと吐息をかけられると力が抜けるのだ。

 なんか、耳フーされるとゾクゾクして体に力が入らない。


 俺の耳フーなんて誰も望んでいないし、普通に不快感を与えると思う…申し訳ない…誰得だよって話ですよね…ご了承ください。


 それから、俺は数回星北の耳に息をかけ続けたが、効果は無かった。

 相変わらず、星北の力は強いままだ。


 クソ…俺の耳フーの仕方が悪いのか?

 ただ…息をかけるだけでは駄目なのか…

 ならば!


 「ふぁ〜」


 俺は優しく、包み込むようにふわ〜っと星北の耳に息をかけた。


 「あっ…」


 初めて星北から声が漏れた。

 よし!効いている!

 このまま、責め続けろ!


 「アッ…ハハハ!」


 「うぐっ!」


 なんということでしょうか…

 星北の抱きつく力は弱まりませんでした…それどころか、くすぐったくて反応したのかは知りませんが、さらに足までしっかりとしがみつかれてしまいました。


 結果としては、より最悪な状況になってしまいました。むしろ悪化しました。


 手…プラス足で、がっちしクリングされています。

 

 余計なことをしてしまった!

 状況を改善するどころか、悪化させてどうすんだよ!


 もはや、絶望的な状況といえるだろう。


 クソ…どうすれば!どうすればいい!?


 あっ………一つの策が俺の頭に浮かび上がった。


 俺は、それを実行することにした。

 できれば、やりたくはなかった。

 それに、この策は一か八かだ。


 俺は星北の脇に手を忍ばせる。

 

 そして…そのまま…こちょこちょした。

 星北の脇をくすぐった。


 「くっ…うう…アハハ…ハハ!」


 すると、星北は俺のこちょこちょに対してくすぐったそうにした。

 そして、ついには手と足を離したのだ。


 最終的に星北は、両手を広げてベットに倒れ込んだ。


 やった…!

 苦肉の策だったが、うまくいったようだ。

 星北が、効く方でよかった。

 

 女の子の脇をくすぐるなんて、ほぼ痴漢と同じ行為だと思ったので実行したくはなかったが仕方ない。


 訴えるなら、俺は素直に罪を認めます。

 法廷で会いましょう。


 そして、俺はようやく星北から解放されたのだった。

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