第40話 意味

 「はぁ〜」


 「どうしたの?ため息なんかついて〜?」


 と、隣の席で相変わらず可愛い清水奏言った。


 1時間目と2時間目の狭間の10分休みである。なぜ、50分間も授業をしたというのに、10分しか休みがないことへの理不尽さを語るのは後ほどにしたいと思う。


 「いや…不運なことがあってさ…」


 不運というか、どちらかというとだだの自業自得なのだが…100パーセント果汁入りのオレンジジュースより100パーセント俺のせいだが…

 

 無理矢理に拗らせて、羞恥心を全て捨てて人のせいにするならば、清水奏…君のせいでこうなった…

 

 そもそもあの図書室に行ったのは清水から身を隠そうとしたからだった。

 そのときに、あのネタバレ女の星北と出会い、本を借りた…で、家に忘れた…うん…どう考えても俺が悪いな…


 結果的には俺は星北の図書委員の仕事を一週間という期限付きで手伝うはめになってしまった。それはあくまで表向きで、裏は奴隷と成り下がったのだ…


 「不運なこと…?もしかして、好きな子に彼氏がいたとか…?!」


 清水が笑って言った。

 そんな意味のわからないことを。


 「……違う……」


 残念不正解。


 「では、失恋したでござる?」


 クデスも言う。


 「ちげーよ」


 「フッ…ラブユーが伝えられなかったか?」


 鬼介も言う。


 「ちげーよ、キルユー!」


 「じゃあ、じゃあ!今日の星座占いが悪かったとか?」


 と、天野も言う。


 「星座占いとか知らんな…信じてもないし」


 ってか、俺の周りに人が集まりすぎな気がする…


 清水は隣の席だから仕方ないとして、クデスと鬼介と天野が俺の席に集まってきている…

 まあ、追っ払うのも面倒だしいいか…

 

 陰キャライフには適さないことはもちろんわかっている…理解している…たが、どこかでこれでもいいと思ってしまっている自分もいる。


 「いや、いろいろとあって図書委員の仕事を手伝うことになったんだ…」


 俺はありのままに言う。

 理由を伏せて。


 「へ〜陰田くん優しいね!」


 「……そうか…?」


 清水は俺が善意で手伝うと思っているだろうが、全くもってそんなことはない。


 「はっ、どうせお前がなにかやらかして手伝うハメになったんだろ?せいぜい頑張れよ!」


 鬼介は見抜いた様だった。

 さすがは、陰友といったところか。


 「ところで、その図書委員の人って誰でござるか?」


 「ああ…隣のクラスの星北ってやつなんだけど…」


 「星北…さん?ん〜誰かわからないな〜」


 天野は首を傾けた。


 「俺氏も知らないでござる」


 皆んなが星北のことを知らなくても別に不自然ではない。

 超有名人でもなければ、学校一の美少女でもない。ましては、宇宙人…でも、多分ない。

 普通の女の子だ。


 「ねえ、ねえ!今日のお昼皆んなで学食で食べない?」


 と清水が話題を切り替えた。


 「いいでござるな!」


 「いいね〜」


 「構わないぜ」


 3人ともになぜに、乗り気だった。

 コイツら、いつの間にこんなに仲良くなったんだ?


 「あっ…俺は無理だ…」


 「え〜なんで〜!?」


 清水は不満そうにした。


 「図書委員の仕事がある…」


 そう、俺は昼休みから星北の奴隷に成り下がるのだ。残念ながら、楽しいお食事会には参加できない。


 図書委員ではないのに、図書委員の仕事を行う…図書委員もどきよりも、もどきの人間…いや、星北の椅子である。



 ということで…昼休み。

 「昼休み、光速で図書室にきてね」

 と、俺は星北に言われた通り昼食も喰わずに、重い腰を上げて図書室へと嫌々に行った。


 相変わらず、図書室はガランとしていてた。

 本当にこの学校には図書室を利用する人がいないのだな再確認できる。

 まあ、今の奴らは、本なんか読むよりゲームの方が好きなんだろう。

 どうせ、今も教室でスマホゲームでもしているのだろう。


 さて…星北はどこかな…

 いつも通り星北の姿はない。

 探す気にもならない。

 どうせまた急に「やあ」とか言って現れるだろうな…


 「やあ」


 やっぱり…予想通り。

 後ろを振り返ると星北がいた。

 

 「なんだ…今回は驚かないのかい…つまらないな…」


 星北は残念そうに言った。

 まるで、悪戯を見破られた小悪魔のように。

 

 「ハッ…そう何回も俺を驚かせられると思うなよ?もう、その登場の仕方は慣れたわ!」


 俺だって、何回も驚く様な馬鹿ではない。

 あらかじめこう来ると予想してれば、驚くことはない。


 「君は私が思ったより賢いね…」


 星北は関心するように言った。


 「俺が馬鹿だと言いたいのか?」


 「別に…馬鹿とは言ってないさ、ただ、間抜…」


 「間抜けだと!?」


 「……ハハッ…」


 「おい!愛想笑いで今の消すつもりか!」


 「では、そんな君に問題です…〆切日に本を忘れてくるような人をなんて言うでしょう?」


 「………間抜け……」


 「正解!大正解!!!エクセレント!」


 くそ…正論すぎて何も言い返せない。

 何も言い返せない自分が情けないぜ!

 今すぐに、滝行でもして心身ともに洗い流して、心機一転したいぜ!


 「ところで、星北…聞いていいか?」


 「なんだい、間抜けくん」


 間抜けくんって…まあ、いいや。

 その間抜けくんからの何気ない質問。


 「図書委員の仕事を手伝うって、具体的に俺は何をすればいいんだ?」


 図書委員の仕事の内容について、今のところ俺は何も知らされてない。教えられていない。

 それでは、手伝うにも手伝えない。

 ほら、俺は間抜けくんだから何をすればいいかがわからないんだよ。


 「まあ、簡単だよ…昼休みは主に本の貸し出し受付さ…カウンターでただひたすらに待つだけだよ」


 「本の貸し借り…ってか、普段本を借りる人なんかいるのか?」


 見た感じ、誰もこの図書室を利用しないと思うが。


 「ん〜ほぼほぼいないかな」


 「じゃあ、意味あるのかよ…どうせ、今日も借りる人なんていないだろ?」


 そもそも、借りる人がいないのに受付をする意味がないのでは?

 無駄では?無意味じゃないか?


 「蒼くん…この世界に意味の無いものなんて存在しないのだよ…この世界にある時点で、存在する時点で既に何かしらの意味があるのだよ…」


 「ん?…」


 なんかすごく理論的な、論理的なことを説明された気がする。

 全く意味という意味が頭に入ってこなかった。

 俺は本当に馬鹿なのかな…


 「それに、万が一本を借りる人が現れるかもしれないよね…ほら、一週間前の君みたいなやつがさ…」


 「たしかに…」


 言われてみればそうだが…

 可能性としてはある。

 まあ、僅かだけど…


 「あと、物事を勝手に決めつけちゃ駄目だよ…未来に絶対なんてない…未来は誰にも予測できないし、推測くらいしかできないものさ…決まっているのは君と私はいずれ残酷に死ぬことぐらいからな…」


 「はぁ…」


 「理解できたかな?ポンコツ脳くん?」


 馬鹿で間抜けのポンコツ脳くんにはちょっと難しすぎる話だ。

 残酷に死ぬということについては聞き流しておく。


 

 それから、俺と星北はずっと受付にて待機していたが、本を借りるという人は現れないまま昼休みの終了のチャイムが鳴った。


 「おい、結局いなかったじゃねーか」


 俺は文句を漏らした。


 「まあ、こういう日もあるさ…ただの結果論にすぎない…」


 星北は目を逸らした。


 俺の貴重な昼休みが無駄に潰れてしまった。

 いや、無駄ではないが、どうせなら仕事をしたかった…人の役に立ちたかった。ただカウンターに立つだけよりはマシだ。

 

 

 「じゃあ、今日の放課後は約束通りね…」


 俺が教室に戻ろうとする際に星北が言った。


 「ああ…」


 今日の放課後は俺の家に俺が忘れた本を取りに行く約束をしていた。

 ひょっとして、忘れてたりと期待した俺が馬鹿だった。

 しっかりと星北は覚えていたようだ。


 「はぁ…」


 俺の奴隷としての一週間はまだ始まったばかりだった。



 

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