第36話 さらば清水家

 「どうぞ、私が作ってあげた朝食ですのでありがたく召し上がってください」


 音色はそう得意げに言って俺に朝食を出してくれた。

 皿の上には目玉焼きにベーコン、サラダが綺麗に盛り付けられていた。

 平和な朝ごはんといったところか。

 

 「ありがたく、召し上がらせてもらいますよ」


 パクッとベーコンを一口。

 

 「うん、美味しい!」


 純粋に美味しかった。

 昨日みたいな激辛カレーを恐れていたが大丈夫だった。

 さすがに、激辛で統一まではしていなかったようだ。


 「そうですか!それはよかったです!」


 音色は嬉しそうだった。

  

 「音色、お前の目の前に置いてあるのは…?」


 「ああ、これは見ての通り昨日の残りのカレーです」


 でました激辛カレー。

 俺は昨日アレのせいでどれだけ酷い目にあったことか。

 まず、無理矢理に食って体調不良になっただろ?その後は清水にぶっかけられて、カレーまみれになった。そして、そのせいで一泊するハメにもなった…。

 全ての元凶はそのカレーだ。


 音色はパクッとなんの躊躇いもなくカレーを口へと運ぶ。

 本当になんでこんな激辛なカレーを食べれるのかが意味がわからない。

 

 ん?待てよ。まさか、昨日のカレーが余っているのに、わざわざ俺には別のものを作ってくれたのか?俺がそのカレーを食べれないとわかっていて…


 「なっ、なんですか?そんなに私のことを直視して?気味が悪いですよ…」


 音色は俺の目線に気づいた。

 

 「フフッ…いや、別に」


 「なぜに笑っているんですか…なにが面白いのか…意味不明です」


 「ありがとうな…」


 俺は心の中でそっと呟いた。

 なんだかんだいって、音色は生意気だが、優しい。

 どっかの誰かさんの義理の妹と違って…


 朝食を平らげ、気づけば時計の針は10時を回っていた。

 未だに、奏と実歌さんは起きてこない。


 「いい加減寝すぎですね…」


 音色は痺れを切らしたように言って立ち上がった。


 「蒼様、一緒にあの寝坊助2人を起こしにいきますよ!」


 「えっ?俺も?」


 俺はせっかく優雅にコーヒーを飲んでいた最中だったのに。


 仕方なく音色に従い着いて行くことに。


 まずは、清水奏から。


 「グォー」

 

 清水は大体にお腹を出して豪快ないびきをかいて寝ていた。

 寝方、おじさんかよ。


 正直、こんな淫らな清水の姿を見たくはなかった。

 だが、これが現実だ。

 こんな美少女でも、腹を出すし、イビキもかくのだ。

 現実は嫌でも受け止めなくてはならないときがあるのだ。潔く受け入れよう。くれぐれも現実逃避なんてことはしてはいけない。


 「お姉様!起きてください!朝ですよ!」


 音色は清水の肩を揺らす。

 

 「グォー」


 起きる気配はなかった。


 「はぁ…仕方ありませんね」


 そう言って、音色は一度部屋を出た。

 諦めたと思った矢先だった。


 なんと、なんと音色はシンバルを両手に身につけて再びやってきた。


 「なっ!シンバル?」


 シンバルとはもちろん打楽器のシンバルだ。

 あのガッシャーンという大きな音がなるシンバルだ。

 

 「蒼様、5秒ほど耳を塞いでいてください」


 「りょ…了解!」


 俺は必死に手で耳を覆った。

 このままでは、鼓膜が無事にすまない。

 音色自身も耳に耳栓をしっかりとつけている。


 音色は大きくシンバルの幅を広げた。

 

 「ガッシャーン!!!!!」


 大きなシンバルの音が鳴った。


 「うぎゃあ!」


 清水は飛び上がるように起きた。

 まるで、ギャグアニメのように表現するなら、目玉を飛び出して飛び上がっていた…

 

 「おはようございます!お姉様!」


 音色は笑顔で言った。

 まさに、小悪魔の笑み。


 「ハァ…ハァ…音色、その起こし方はやめてって言ったよね!」


 清水は怒り気味に言った。

 寝起きが悪いとかは関係なくこうやって起こされれば誰だって怒る。


 「だって、こうでもしないとお姉様が起きないので」


 「だとしても、他の起こし方があるでしょ!」


 これを見ていると、妹って起こし方が雑なんだなも思った。俺の義理の妹とこと美来も俺を殴ったり、平手打ちで起こしてくるし。どうなってんだ最近の妹さんたちは?


 ちょっと待て、俺もこうやって起こさされていたかもしれないと考えると背筋が凍った。

 全く、本当に悪魔のようなやつだ。


 そのあと、実歌さんも同様にシンバルを叩き、本当の意味で叩き起こしたのだった。




 「頭いてぇ〜」


 無理に起こされた実歌さんは頭を押さえながら、ハンドルを握った。恐らくは二日酔いによる頭痛だろう。


 「ふわぁ〜」


 俺の隣でしっかりとシートベルトを装着して座っている清水は大きなあくびをして体を伸ばしていた。


 「さあ!レッツラゴーです!」


 俺の前の助手席に座っている音色は元気よく言った。


 「あの…家まで送ってくれるんじゃ…」


 俺が聞いていた話とは違う。

 俺は家まで車で送ってくれると言われたので言葉に甘える形で車に乗った。

 だが、なぜか音色と清水も乗っている。

 そして、音色の様子を見るに目的地は俺の家ではないような気がする。


 「もちろん、ちゃんと蒼様のご自宅に向かいますよ?……楽しい、楽しい!ショッピングの!」


 音色は俺の方を振り返って言った。

 その様子は小悪魔のようだった。


 「やっぱり…」


 俺はそうため息を吐いた。


 

 それから、俺は大手ショッピングモールへと連れて行かれた。


 「見てください!お母様!お姉様!これ可愛くないですか?!」


 「うん!可愛いね!音色にピッタシじゃない?」


 「なかなか、いいじゃないか…」


 と、3人は楽しそうに服を見て回っている。


 俺はなぜに連れてこられたんだ…

 完全に場違いな気がする。


 「蒼様はこの服どう思います?」


 音色は俺に白いワンピースを見せた。

 女の子らしく、可愛らしいものだった。


 「可愛いと思うが、音色に合うかは微妙かもなぁ」


 「はいぃ?なるほど、私が可愛いすぎて服の方が見劣ってしまうといいたいのですか!」


 「自意識過剰かよ…」


 「何かいいました?!」


 「別に…」


 音色は怒ったように背中を向けた。

 欲しいと思うなら素直に買えよな…


 「蒼くんは、見て回らないかい?」


 後ろから、実歌さんが話しかけてきた。


 「あまり、服とかに興味がありませんので」


 俺はあまり着る服にこだわりはない。

 極論に、ダサくなければいい程度で十分だと思っている。

 デートとかするわけじゃないし、服にお金をかけるまでもない。


 極論、着れればええやん。


 「ほーう、最近の男の子はあまりファッションに興味がないんだね〜」


 俺なんかを、世の中の男の子の代表と思われてしまった。

 世の中の男の子はファッションにとても興味があると思う。興味がないのは俺ぐらいだろう。


 それから、清水家の服選びは3時間に渡った。その間、俺はひたすらに待つという苦行を行っていた。

 たかが、服選びでそんなに時間がかかるとは驚きだが、女の子にとってはそれが普通なのだろう。


 そして、ショッピングモールをあとにした。

 ようやく、家に返してもらえる。


 「なんか、陰田くん…疲れてる?」


 隣の清水奏は、心配そうに言った。


 「ああ…なぜかとりあえず疲れた」


 理由は明白。


 「情けない人ですね…特に疲れることはしてないというのに…」


 助手席の音色は呆れた様に言った。

 

 「家に帰ってゆっくりと休むといいよ」


 ハンドルを握っている実歌さんは言った。


 それから、無事に俺の家へと到着した。

 

 「ありがとうございました…」

 

 「また、いつでも遠慮なく遊びにおいで」


  実歌さんが言う。

  当分はご遠慮したい。


 「はい…」


 「またね、陰田くん…学校でね…」


 清水奏は、笑って手を振った。


 「ああ、またな」


 俺も同じく返した。


 「あっ、あの!」


 俺が車から降りようとしたときに音色が言い止めた。


 「ん?」


 「その…また、絵本…読んでくださいね…」


 「わかった…気が向いたらな…」


 「絶対ですよ!約束ですよ!」


 「わかった、わかった…約束だ」


 「では、誓いの指切りげんまんを」


 「はいはい」


 俺は音色と指切りげんまんをして、車から降りた。


 俺は、ようやく我が家へと帰還することができたのだった。


 さらば…清水家…そして、ただいま陰田家。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る