第33話 夜はこれから
音色に絵本を読み聞かせたあと、俺はそっとリビングへと戻った。
「あっ、陰田くんありがとうね」
テレビを見ていた清水(姉)が、俺に気づいて言った。
テレビはドラマが流れていた。
多分、見た感じ恋愛だろう。
「音色はすぐに寝たよ」
俺はそう言って清水の隣に座った。
清水がポンポンと、ソファーを叩いていたため、座るしかなかった。(隣どうぞという意味だろう)
先ほどは3人でむりくり座ったので、キツキツだったが、今は余裕がある。
「フフッ、音色の寝顔可愛かったでしょ?」
「まあ、起きているときよりは可愛いな」
音色の俺を罵るときの顔は愛想がない、可愛くない。
だが、寝顔は子供っぽくまだ可愛かった。
つったく…音色も、義理の妹である美来も寝顔は可愛いのだがな…起きるとめんこくなくなくるぜ…おっとめんこいは山形弁だ。
「陰田くんは音色に好かれてるね」
「好かれてる?どちらかというと、毛嫌いしている様子だが?」
音色は、俺に対して当たりがきつい。それに加えて、罵倒してくる。とても、俺のことを好んでいるとは思えないが…
「きっと、陰田くんみたいなお兄ちゃんが来てくれて嬉しかったんだと思うよ?」
「お兄ちゃんって…」
「あっ!そういえば、ファミレスのお金忘れてた!あのとき、陰田くんが代わりに払ってくれたんだったよね?」
清水は思い出したかのように言った。
「ああ、そうだったな…なんなら、今日の喫茶店の代金も俺が代わりに払っといた」
わざわざ言う必要もないかもしれないが、あとで清水が喫茶店にお金を払いに行く可能性があるので言っておく。
「えっ!そうなの!あっ…そういえば、私九頭竜坂くんに連れられちゃって払う暇がなかったんだった…陰田くんが代わりに払ってくれなかったら…私は無銭飲食になってた!?」
「ああ、俺に感謝しろ」
俺は腕を組んで鼻を伸ばした。
「その節は本当にありがとうございましたぁぁ!」
清水はそう言って、ソファを降りて見事な土下座をした。
人に土下座をされるのは初めてだった。
人に土下座をされるのは思ったよりも、いい気分ではない。
俺としては美少女の土下座など、見たくなかった。
「土下座なんて、いいって!」
おそらく土下座をされるのは、最初で最後だろう。まさか、最初が清水だったなんて。
「いやいや、私は陰田くんのおかげで犯罪者にならずにすみましたから!」
「いいから、表を上げて!」
感謝されるのはいいが、土下座されるのはご勘弁願う。絵面的にやばいし。
「いやいや、まだ私の感謝の気持ちを伝えきれてない!」
そんな、俺の言葉など無視して清水は土下座し続ける。
「面を上げろぉ!詫び姫!!」
俺は解号のごとく言った。本作とは違うが。
俺は無理矢理に清水の体を起こさせた。
こうでもしなければ、永遠と土下座し続けていたかもしれない。
「陰田くんにお金返さなきゃだね」
「いや、いいよ返さなくて」
「えっ?いや、申し訳ないよ!返すよ!それどころか、5割り増しで返すよ!」
「俺は、闇金業者か!」
「えっ?違うの?」
「違うわい!」
「えと、いくら出せばいい?」
「だから、いらないって」
「なっ、陰田くんはもうすでに十分カッコいいから、わざわざカッコつけなくてもいいと思うよ!」
「別にカッコつけているわけじゃない…俺は今日、清水の家に泊まらせてもらうだろ?それでおあいこだ、というわけで、その件に関してはチャラってことで」
「で、でも…カレーを陰田くんにぶちまけたのも私だし、私のせいで陰田くんが帰れなくなっちゃったわけで…それにあのときはお金無かったけど、今はあるよ!」
「どうせ、あのときも本当はお金が入っているはずだったんだろ?」
「な、なんのことかな?」
清水は上を横目で見た。
「お礼だと言って食事するやつの財布にお金を入れ忘れるのは考えにくいだろ?て、ことは九頭竜坂に無理矢理にお金をとられた…と俺は思った」
「ハハ…やっぱ陰田くんはなんでもお見通しだね、恐れ入った!」
「九頭竜坂にとられたんだよな…」
「……うん」
酷い話だ。
そして、九頭竜坂のクズエピソードがまた増えてしまった。九頭竜坂のクズエピソードだけで、長編物語が完成するのでは?
「でも!やっぱり返すよ!」
「しつこい!俺がいいって言ったらいいんだよ!」
「やだ!私が返すといったら返すの!」
「だから、いらないって!」
「だから、返すって!」
それから、俺と清水の会話ループ5分ほど続いた。俺は意地でも清水からお金を受け取らなかった。
「意地っ張り!」
奏は、頬を膨らませて言った。
「そっちこそ」
意地っ張りはお互い様だ。
俺は絶対にお金を受け取らないと決めたんだ。
それに、まだお金にはそんな困ってはいない。2、3000円程度どうってことないと自分に思わせている。
「ねえ、陰田くん」
口論から5分ほど沈黙ののちに清水が口を開いた。
テレビのドラマもいよいよ終盤だろう。
「なんだ?」
「本当に今日は助けてくれてありがとう」
そう言って清水は笑った。
「…何回目だよ?」
正直、その言葉は本日のうちに何度も聞き飽きた言葉だった。
「陰田くんは、私のヒーローだよ」
そう言って、清水は俺との距離を縮めた。
そしてそのまま、俺の肩に頭を傾けておいた。
「清水?!」
あまりにも突然なことに俺は焦った。
「ダメ?」
「いや…ダメではないけど…」
「じゃあこのまま一緒にテレビ見よ?」
「いや、そろそろ眠たいし、寝ようかなと…」
「このまま、寝ちゃえばいいじゃん」
「これじゃあ寝れない…」
「ん…?、私が邪魔っていいたいの?」
「別にそんなつもりは…」
「じゃあ、いいでしょ?」
「そ、その…」
「夜はこれからだよ?」
そう、清水は俺に耳打ちした。
「ひゅん!」
思わず変な声が漏れた。
まずい…。
このままの状態が続くとまずい…
心臓の鼓動が加速する…
「ウェーイ!なにいちゃこらしてんだぁー?」
『ぎぁ!』
俺と清水は情けない声を出した。
そう、突然言ったのは酔い気味の実歌さんだった。
実歌さんのおかげで清水が離れてくれたのでよかった。
「貴様ら…こんな時間まで起きてたのか…」
「こんな時間ってまだ0時だよ?」
0時はまだと言えるのだろうか…
「若人は、ちゃんと寝なきゃいかんぞよ?」
実歌さんは酔っているせいか、喋り方が変だ。そして、明らかに目があれだ。
「そうですよね…夜更かしはダメですよね」
俺は、あえて実歌さんに賛同する。
「そうだぞぉ!子供は夜更かしちゃあきまへんでぇ〜!」
ああ、今更ながら確信した。
こりゃ、そうとう酔ってるな実歌さん。
「も〜うわかったよ!ほら、お母さんも、もう寝るよ!」
清水は実歌さんの、背中を押してそう言った。
「おやすみ、陰田くん」
と、去り際に俺にウインクをした。
小悪魔みたいな、ウインクだった。
さてと、俺も眠たいしもう寝よう。
お父様の敷布団を置いてってくれたのでそれで寝ようと思う。
因みに清水のお父様は出張で今は家にいないらしい。
「はぁ…明日は早く帰ろう」
そう呟いて俺は目を瞑った。
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