第32話 絵本

 映画を見始めて、あっという間に2時間ほどが経過していたことに今更ながら気づいた。

 時刻は11時過ぎ。


 映画は終盤の終盤だ。

 映画の感想は素晴らしいの一点張りで済ませておく。

 全てを細かく、語ったら長くなりそうなので申し訳ないが割愛させていただこう。


 「ふわぁ〜〜〜あ」


 隣の音色は大きくあくびをした。

 とても、眠そうに目を擦っていた。


 「お子様はもう寝る時間じゃないか?」


 俺は言ってやる。

 お子様に。お子供様に。


 「はぁ?誰がお子様ですか!お子様というくくりに限定するのなら、蒼様もまだ、お子様でしょう?」


 音色は子供と言われて、頬を膨らませていた。

 音色の意見もそうといえば、そうなのだが。


 「まあ、俺も一応はまだ子供だが、音色はお子様だろ?」

 

 子供の子供、つまりお子様。


 「誰がお子様ですか!私をお子様扱いしないでください!私を舐めないでください!私を蔑まないでください!」


 「……はいはい…」


 それほどには思ってはないし、言ってはないのだが。


 「とはいえ、音色はもう寝なさい」


 左隣の奏が言った。

 奏を見るに、全くもって眠気などは感じられなかった。

 まあ、先ほどまで寝ていたのだから当たり前だが。

 これが、姉と妹の差のなのか?


 「え〜お姉様までも、お子様扱いするのですか〜?」


 「そんなつもりじゃないけど、音色はまだ中学生なんだし、ちゃんと寝ないと成長できないよ?」


 「でも、お姉様〜!」


 「でもじゃない!寝ないなら、私の時計型麻酔銃で強制的に眠らせるわよ!」


 「そ、それは嫌ですね…眠りの音色にはなりたくないです…」


 「じゃあ、もう寝ること!わかった?」


 「わかりました寝ますよ…しかし、お姉様はどうなのです!?」


 「私は高校生だからいいのよ」


 「理屈になってません!それは、理論も根拠もない屁理屈というものですよ!」


 「屁理屈だって、立派な理屈だよ?」


 俺みたいなことを言う。


 「それは、日本語という言葉の甘えです!屁理屈にすら成り上がってませんよ!」


 「あ〜聞こえな〜い」


 奏は耳を塞いだ。

 子供の様に。

 音色よりよっぽどお子様のようだった。

 

 「お姉様、それはさすがに無理がありますよ…私よりもよっぽど子供に見えてしまいます…」


 さすがに、音色でも呆れる。


 「悪いことは言わない、こうなると多分何を言っても無理だ…だから、大人しく寝な?」


 俺は言ってやる。


 「仕方ありませんね…私も眠いですし大人しく寝ます。いえ、寝てあげます」


 素直じゃねーなコイツ。

 どうせ、大分眠たいんだろ…?

 映画を見ている時だって眠そうに何回も目を擦っていたじゃないか。


 「では、行きましょうか」


 音色は俺に言った。


 「へっ?どこに?」


 「どこって、私の部屋ですよ?蒼様も来てください」


 「なんでだ?俺が行く必要があるのか?」


 「ありますよ…いいから、黙って来てください!来ないというのなら、首輪をつけて無理矢理にでも、連れて行きますよ?」


 「わかりましたよ…」


 なんて、怖いことを平然と言えるんだ…


 というわけで、なぜか俺は音色の部屋に連れていかれた。


 音色はベットに横になっている。

 俺は、ベットの隣に置かれた椅子に座らされた。


 俺は一体どうすればいいのだろうか。

 ここで、大人しく音色が寝るのを見守ればいいのか?

 まるで、どこかの国のお嬢様のボディーガードみたいだな。


 「あの、蒼様」


 唐突に音色が言った。

 なんだが、もじもじもしていた。


 「なんだ?」


 「絵本を…読んでいただけますか?」


 音色は、掛け布団の中から一冊の絵本を取り出した。


 「へっ?」


 「だから、絵本を読んでくれませんか?」


 「ブッ!」


 俺は、思わず笑いを吹き出してしまった。


 「な、なぜ、笑うのです!」


 「だって、絵本って…マジで子供じゃん…」


 絵本=子供という、俺の偏見もあながち間違いではないだろう。

 連想ゲームをした場合はそう繋がってもギリセーフだろうし。


 「仕方がないじゃないですか…私、寝る前に絵本を読んでもらえないと、熟睡できないのですから…」


 音色は頬を赤くして言った。

 その表情は可愛かった。


 「いつもは、奏に読んでもらってるのか?」


 「いえ、動画サイトの読み聞かせで聞いています」


 「じゃあ、それでいいだろ」


 俺がわざわざ読む必要がないじゃないか。


 「その…今日は蒼様に読んでほしいのです…駄目ですか?」


 音色が天使のような瞳で俺を見る。

 やめろ、そんな目で見られたら断りずらいじゃないか!

 キラキラと輝く瞳が俺を襲った。


 「わかったよ…」


 俺はなくなく了承した。

 あんな目で見られたら仕方ない。


 「本当ですか!では、お願いします!」


 音色は嬉しそうだった。

 そして、絵本が渡された。


 タイトルは『狼くんとヒーローの猫』と書いてあった。

 表紙には、絵の具や、クレヨンで描いたような一匹の狼が描かれていた。


 「この本はお姉様から頂いた本なんですよ」


 「……ふ〜ん……」


 元は奏の本だったのか。


 「じゃあ、読むぞ」


 「はい、お願いします!」


 「ちゃんと寝ろよ?」


 「蒼様が、しっかりと読んでいただければ、私は死んだように眠りますよ」


 物騒なことを言わないでくれ。

 本当に死なれたら間違いなく犯人として逮捕されるのは俺なのだから。


 しかし、絵本を読むことなんて久しぶりだ。

 それに、読み聞かせに関してはしたことがない。未経験。初心者、ビギナーである。

 上手く読めるかはわからない。


 「本当の狼くん(タイトル)、ある街に動物たちの通う学校がありました。狼くんのクラスは皆んな仲良しでした。ある日のことです。狼くんは、いつも通りに友達とお喋りをしていました。ですが、そのあとにお友達同士がこう話しいていたのを偶然に聞いてしまいました。『狼くんって、うっとうしいよね』『うん、わかるでしゃばりというか、自分をヒーローとかと勘違いしているよね』と。なんと、お友達は狼くんの悪口を言っていたのです。狼くんはひどく傷つきました。『僕って、うっとうしいやつなのかな』狼くんはそう思ってしまいました。その日から狼くんは、自分の本心を隠しました。自分を出すとまた、傷つくことを恐れたからです。狼くんは、自分を騙して、自分を偽りました。そして、狼くんは性格も、見た目も全て演じました。そのおかげで、もう誰も狼くんの悪口を言う人はいなくなりました。ですがある日のことです…」


 ここまで読んだところで、音色は寝てしまった。

 スヤスヤと気持ちよさそうに寝ていた。


 「……………」


 俺はそっと絵本を閉じて、本棚にしまっておいた。


 この本は…まるで…


 

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