第31話 姉妹サンドイッチ
あれから、俺は清水奏、音色の実の母である、清水実歌さん(ミカちゃん)と長らく閑談していた。
談と、言ってもほぼ実歌さんの愚痴を俺が聞いてあげているだけだった。
会話という、会話をまるで放棄していた。
俺としてはその方がありがたかったが。
時間が経つにつれ実歌さんの、目の前のビールの空き缶の数が増えていった。
時間と、ビールの空き缶の関係は比例していた。
段々と、実歌さんの呂律は回らなくなり最後の方は何を言っているかわからなくなった。
最終的に、実歌さんは寝てしまった。
いや、酔い潰れたと言った方が適切だろう。
「はぁ……」
俺は無意識に吐息を吐いた。
やっと、長い長いただの愚痴を聞く時間が終わった。
ようやく、実歌さんから解放された。
スマホの時刻は、既に20時半を回っていた。
「まじかよ…」
もう、こんな時間なことに驚いたの同時に今夜この家で夜を明かさなければならないという事実に今更ながらの絶望感に打ちのめされた。
奏と、音色はリビングのソファーに横並びに座って楽しくテレビを鑑賞していた。
実歌さんを俺に押し付けて、優雅に楽しそうにテレビを見ていたとは。
「おや?蒼様、ようやく解放されましたか」
音色は鼻で笑うように言った。
「ああ、とにかく疲れた…」
今日1番疲れたといっても過言ではない。
人様の愚痴を聞くのは、なかなか骨が折れる。
愚痴を吐く方はいいが、受けるだけの方は堪ったものじゃない。
「お疲れ様、陰田くん。あっ陰田くんも一緒にテレビ見る?今やってるやつ面白いよ」
奏は、そう言った。
「お言葉ですがお姉様、残念ながらこのソファーは私とお姉様でもう満員状態ですわよ?陰田さんが、座れるスペースはほぼないのです」
音色が言った通りソファーは奏と音色で座れるスペースは埋まっていた。
「う〜ん、でも、私と音色が姿勢良く詰めて座ればいけるんじゃない?」
「たしかに、そうすれば蒼様が座れはします…ですが、キツキツになりますよ?」
「おい、俺は座るなんて言ってないぞ?」
「陰田くんが、座れないよりはいいよ…」
そんな、俺の言葉などは聞こえなかった。
「お姉様がそう言うのなら、仕方がありませんね…」
そして、2人はソファーの両サイドに詰まるようにして、座り直した。
「さあ、陰田くん、おいで」
奏は、手招きした。
「いや、俺は大丈夫…」
「お、い、で?」
「はい…」
謎の圧力には、逆らえなかった。
俺は、奏と音色の真ん中の僅かに空いたスペースに座らされた。
奏と音色に挟まれる形だ。
やはり、キツキツで肩と肩が密着していた。
なぜ、わざわざ真ん中を空けたのかは意味不明だ。
「ギリギリ座れたね」
左隣の奏は言った。
「かなり、窮屈ですがね…」
右隣の音色は文句を吐いた。
結果として清水姉妹の間に座ることになってしまった。まさに、清水サンドイッチだ。
「あっ、もうこの番組終わっちゃうね、何か他に面白そうなのやってないかな〜?」
と、奏はリモコンで番組表を確認する。
「ところで、いつもは蒼様はどういったテレビ番組を見ます?」
音色は不意に聞いてきた。
「う〜ん、普段テレビは見ないからな…」
俺は、普段テレビは見ない。
もちろん、子供の頃はテレビをよく見ていたが、最近は全く見なくなった。
見ているものといったら、インターネットや、動画サイト、映画、音楽のサブスクなどだ。
「えっ…もしや蒼様のご家庭はテレビも買えないほど、貧しいのですか?!」
「人のご家庭を貧しいとか言うな!というか、今の時代はテレビが無い家だって増えてんだぞ?だから、もし俺の家にテレビが無かったところで、普通なんだよ!」
「あら、とんだ閑麗を…申し訳ありません」
音色は驚くことに素直に謝った。
いや誤った。
見事に、わざとに言い間違えた。
「閑麗じゃなくて、無礼だろ?」
「あら、私としたところが蒼様の相手をしているせいか、疲れているのでしょうか?」
「相手をしているのも、疲れているのもどちらかというと俺の方だろ…」
「自意識過剰というか、自己中ですね…」
「音色、お前それ完全にブーメランだぞ?」
「ブーメランが返ってくるだけまだマシでしょう。蒼様では、ブーメランを投げたところで返ってくるどころか、儚くも美しい隣の美少女に当てるだけだと思いますから」
ちょっと何を言っているかはわからなかった。
「ねえねえ、陰田くん、何見たい〜?決めて〜!」
左隣の奏が聞いてきた。
テレビなど見ない、センスなどない俺なんかにチャンネルの決定権を委ねていいのかとも思うが、決めろと言われては決めなければならない。
俺は、番組表を一通り確認する。
時刻は21時になる直前。
昔の記憶を思い出せば、この時間帯に看板的な番組が多いかったような記憶がある。
さて、どの番組を見るか…。
まず、ニュースはない。
ニュースが面白くないとかはもちろん思っていない。ニュースを見て、世界を知ることは大事だと思う。
だが、この3人で見る番組ではない。
次に、お笑い番組。
無難にこれがいいとも思ったが、俺個人的に嫌だった。
理由は単純に笑えない。
人様から見たら、面白いのだろうが俺は笑えないのだ。
こういうお笑い番組で笑ったことはない。
まあ、俺がつまらない人間だから笑うことができないのだろう。
ふと、俺はある番組に目が止まった。
それは、毎週金曜、21時から放送している映画の番組だった。
しかも、今週は俺が好きな某有名アニメーションシリーズの映画だった。
「映画は、どうだ?」
俺は提案する。
「おっ、映画いいね〜」
奏はそう言って、チャンネルを変えた。
「この、映画見たことありません」
「あれ?こんな有名な作品を見たことないだと?無知だなぁ」
なかなか、有名な作品だったので知らないと無知だといわれても仕方ないレベルだ。
それに、あの名シーンはこの作品を見てなくても知っていても不思議じゃない。
「え、いや、あの…言い間違えました!もちろん知ってますよ!」
「へぇ〜じゃあ、あの有名な2人で唱える、3文字の言葉は?」
「え〜えと…あれですよね、あれ!もちろんわかります!」
「じゃあ、早く答えろよ…?」
「あの…あのあの…あれ、あれですよ!」
「ザルス!」
横から、奏が言ってしまった。
「そうです!そうです!ザルスですよね〜!もちろん知っていましたよ!」
奏を見ると、つい言っちゃったとペロっと舌を出して頭をコツンと叩くジェスチャーをかましていた。
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