第29話 家庭裁判

 「では、陰田蒼被告人…お風呂場で被害者である、清水音色さんを襲ったのは事実ですか?」


 今、清水家の食卓のテーブルにて裁判が開かれている。

 俺は被告人。音色は被害者。奏は裁判長という立ち位置だ。

 これが本場の家庭裁判ってな…

 

 「事実じゃない。冤罪だ!俺はやってない!」


 俺は必死に訴えた。

 事実として、俺は音色を襲ってなんかない。

 勝手に音色が転んだだけだ。すっ転んだのだ

 冤罪なのだ。濡れ衣を着させられているだけなのだ。


 「シラを切るおつもりですか!蒼様!裁判長!蒼様は私を襲いました!そして私は裸をガン見されました!」


 音色が勢いよく言う。

 よほど、怒っているらしい。

 たかが、裸をガン見されたぐらいで怒るとは…美来かよ?


 「はぁ?お前が勝手にすっ転んだんだろ?というか、そもそもお前から風呂場に来たのが悪いだろ!」


 「私の家ですから、私がいつお風呂に入ってもいいでのです!」


 「それは、そうだが、わざわざ俺が入っているのに入る必要はないだろ!」


 「私は優しさで一緒に入ってあげたのです!事実として、私のおかげでそのカレーまみれの髪が綺麗になったでしょう?」


 「それも、そうだが…」


 「2人とも静粛に!オホン、では判決を言い渡す!今回は音色の自業自得ってことで陰田被告は無罪!」


 「え〜!お姉様、蒼様を擁護しているのでは?」


 「擁護なんかしてません!第一、陰田くんがそんなことするわけないでしょう?どうせ、音色が余計に首を突っ込んだからそうなったのよ、自業自得だよ」


 「そんなぁ…お姉様…」


 音色はガックリと肩を落とした。

 見事に完全に音色負けである。

 当然だけど…


 「ハッハー!残念だったな!残念、無念、また来年ってか!」


 俺はこれまでに音色に散々揶揄われてきたことの鬱憤を晴らすがごとく言ってやった。


 「くぅ〜納得ができません!再審を求めます!」


 「いいえ、奏裁判長の判決が変わることはありません!」


 再審とは、確定判決に事実認定の誤りがある場合に、これを是正するために認められている裁判のやり直し制度のことだが、この場合は誤りなどない。

 誤っているのは音色自身だ。


 「なあ、一つ聞いていいか?」


 と、茶番はこれまでにして一つ気掛かりというか、疑問と言うか、聞きたいことがある。


 『はい?』


 2人は同時にこちらを向いた。

 さすがは姉妹息ぴったりだ。


 「なぜ、俺は今パジャマ姿なんだ?」


 そう、あの後風呂から上がったときに、俺服(制服)は知らぬ間に全て洗濯機に入れられてしまっていた。

 まあ、カレーまみれだったからそれは仕方ない。

 カレーまみれの制服を着る勇気はもとより持ち合わせてなかったので別に構わない。

 だが、代わりに置いてあったのは今俺が着ているパジャマだった。

 青色のパジャマ。

 俺のサイズにピッタリだっので、清水奏、音色のものではないとは思うが。


 「そのパジャマはお父さんのだよ!」


 奏がそう言った。


 「誰のパジャマかと聞いてない…なぜ、着替えがパジャマなんだ?!」


 この格好では、帰れない。

 着替えは別に外に出られるようなものならなんでもよかった。

 だが、パジャマは無理がある。


 なんとなく、パジャマが置いてあってから、嫌な予感がする。

 もしかしてだけど…ひっとしてだけど…


 「蒼様は、そのパジャマではご不満でして?」


 「不満とかではないが、これじゃあ帰れないだろ!」


 「ん?」

 「はい?」


 「………帰る?」


 2人の目つきがだんだんと闇が湧き上がる。

 

 「あ……あの…」


 「陰田くん…今日は泊まっていってもらうつもりだけど?」


 「は?…」


 とまる?

 俺が…今日?

 清水の家に?

 止まる?戸丸?田丸?瓢丸?…泊まる???


 「制服だって、今洗濯してるし洗濯が終わったって乾かさないといけないし…せっかくだから泊まってってもらおうと思って!」


 「いやいや、まず親の許可はもらったのか?」


 「うん!お母さんにも許可もらっているから大丈夫!陰田くんも大丈夫だよね?!」


 「いや、俺は帰るぞ?」


 「なんで?」


 「いやぁ…俺の家は親が厳しいからなぁ…」

 

 「では、お電話して聞いてみればいいのでは?」


 音色が提案する。

 たしかに、それが手っ取り早い。


 「じゃあ、今から母に電話をしてみるな!」


 今の時間ならおそらく真由美さんは家にいるだろう。


 「あっ、スピーカーをオンにして私らに聞こえるように電話してくださいね?」


 「えっ?」


 「だって、蒼様が嘘をつく可能性もあるでしょう?」


 俺のあさはかな企など一瞬で消し去った。


 俺は、ワンチャンにかけて真由美さんに電話をかけた。


 「はい、もしもし?蒼くん?」


 3コール後に真由美さんは出た。


 「あっ、もしもし真由美さん今大丈夫?」


 一応、そう聞くのがマナーというものだ。

 万が一、仕事中や、帰り道の可能性がある。


 「ええ、大丈夫」


 大丈夫そうだ。


 「あの…いろいろあって今日友達が泊ってけと言うんだけど…駄目だよね?」

 

 「お泊まり?別に構わないわよ」


 即答だった。真由美さんはキッパリと言った。


 ポンっと、俺はうすら笑みをうかべる音色に肩を叩かれた。

 その顔には「残念でしたね…」と言う言葉が浮かんでいた。

 

 「ただ、そのお友達の親御さんに一応お世話になりますって言いたいから変わってもらえるかしら?」


 「はい!今、私の母はいませんが、大丈夫と許可をいただいているので、心配はありません!」


 と、横から音色が言った。

 言いやがった。


 「あら、お友達かしら?」


 「ああ、友達の妹なんだ!」


 真由美さんは男友達の家にいると思っているだろう…

 絶対に女の子家にいることをバレてはならない。


 「そう、じゃあくれぐれも迷惑だけは、かけないように気をつけて楽しんでね」


 「あっ…はい」


 あろうことか、真由美さんは簡単に許可をしてくれてしまった。

 優しいんだよな…真由美さんは…

 今考えてみると、真由美さんが帰って来いなんて言うはずもなかった。


 「決まりですね…蒼様?」


 音色はなぜか嬉しそうに言った。


 「待て…まだ、許可をもらわなければならないやつがいる」


 「誰ですか?」


 最後の望み。

 最後の賭け。

 ラストチャンス…


 圧倒的に可能性は低く、それこそ奇跡のようなものだが、俺はまだ最後まで諦めない。

 俺が諦めるのは死んだ時のみ。


 そして、俺はその人に電話をかけた。


 「何?」

 

 電話越しでもわかるような冷たく出たのは、義理の妹こと、美来だ。

 俺を嫌っている美来が俺からの電話を出てくれただけでも、奇跡だ。


 「なぁ美来、もし、俺が今日家に帰らなかったら寂しいよなぁ?」


 「え?むしろそっちの方が嬉しいんだけど、てか一生帰ってこなくていいよ」


 と、残酷で傷つくことを言われた。

 いつも通りの辛辣で棘のある言葉だった。


 「そんなこと言うなよ…」


 「で?用は終わり?私忙しいからこんなくだらないことで気安く電話かけないでもらえる?」


 「はい…申し訳ありませんでした…」


 美来がキレたところで、電話切れた。プツっと切られた。

 まあ、こうなることは火を見るよりも明らかだった。

 ワンチャン美来が、「お兄ちゃんがいないと寂しくて眠れないよ〜」とか言ってれたりしないかと、思ったが言うわけがなかった。


 「なんというか…ドンマイです…蒼様」


 音色は俺を慰めてくれた。

 美来と違って音色はまだ、優しい。

 

 どうやら、俺は清水家で夜を明かさないとならなくなったらしい。

 最悪だ…終わった…


 すると…

 「おうおう!奏!音色!マミーのご帰宅だぞぉ!!」


 そう、玄関から聞こえた。




 

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