第27話 死んでも食う!

 俺は今、過去1番の強敵と戦っている。


 その強敵とは目の前のカレーだ。

 

 清水家のカレーはもはやカレーというべきではない、カレーの顔した悪魔の料理だ。


 辛くて、食べれそうにない。

 だが、食べないと帰れない。

 完食しないと、清水の妹である音色が帰してくれないのだ。

 なので、死んでも完食するしかない。


 「ほらほら、食べ進める手が止まってますよ?どうしたんですか?まさか、辛くて食べれないとか、子供みたいなことを言うつもりはないですよね?」


 俺より子供が俺を子供の様に罵ってくる。

 屈辱的だ…腑が煮えくりかえる。


 「食いたいけど!辛すぎるんだよこれ!一体、何を入れればこんなに辛くなるんだ?」


 デスソースが入っていることだけはわかる。

 あとは、どっかの外国で作られたヤバい薬が入ってそう。


 「フフ…それは、秘伝なので教えることはできませんね」


 「というか、音色も食べたらどうだ?さては、お前だって辛くて食べられないんじゃないのか?」


 音色は俺が食べるのを見ているばかりだった。


 「わかりました!そこまでいうのなら食べましょう!本当は、お姉様が起きるまで待っているつもりでしたが、起きてくる気配もないので仕方ありません」


 と、音色はカレーを自身の前に置いて手をあわせる。


 「いただきます」


 そして、一口、口へと運んだ。

 

 「はむ…もぐもぐ」


 さあ、どうだ?せいぜい泣き叫けべばいい!


 「うぅ〜ん!美味しい〜!」


 音色は、ほっぺに手を当てて言った。

 余裕だった、むしろ美味しそうにしていた。

 痩せ我慢などは微塵も感じなかった。

 

 「はっ?音色、お前今なんて?」


 「美味しいと言ったんですよ!蒼様はお耳が遠いですね…」


 「こんな、辛いものを美味しいだと?本気で本当に言っているのか?」


 「ええ、本当に本気で言ってますよ、それに、このぐらいの辛さはまだまだ序の口ですよ?今日は蒼様が召し上がるので辛さを抑えた方です。普段はもっと辛いですよ?」


 信じられない。

 こんな辛いものや,平気で食べれるなんて。

 しかも、まだ辛さを抑えた方だと?

 コイツ化物だ…

 味覚がないのか?


 「ほら、蒼様も食べてください。辛いと思うから辛いのです、辛くないと思えば辛味など感じませんよ」


 「そんな、無茶苦茶な論理は俺の世界にはねーんだよ…」


 そうんな適当な方法で食べれるならば、誰も苦しみながら、食べない。

 思う思わないの話ではない。

 精神論や根性論は通じない。


 「はぁ、本当に情けない人ですね…先ほど言ってきた男のなかの漢とは所詮そんなものでしたか…あむ、モグモグ」


 相変わらず、音色は辛くなさそうに逆に美味しそうにカレーを食べ進める。

 そして、呆れたようにため息混じりに俺を軽く罵った。


 俺は一体どう食べればいい?

 根性?辛くないと思う?そんなの俺にはできるわけがない。

 だけど、完食しなければ帰れない。

 意地でも完食しなければ。

 あっ…そういえば!


 「牛乳はあるか?」


 「牛乳ですか?ええ、もちろんございますが?」


 「なら、牛乳をくれ。くれれば、食べれるかもしれない」


 牛乳を飲めば辛味がマシになると前にネット見た記憶があった。

 俺にはもうこれしかない。


 「なるほど、牛乳の甘味で辛味を打ち消そうということですか…まあ、残されても嫌ですし…」


 と言って音色は俺のコップに牛乳を注いでくれた。


 「ここに、置いておきますからご自由にお飲みください」


 そう言って、牛乳の箱は置いといてくれた。

 助かるぜ!


 「よし見てろよ!食いきってみせるぜ!」


 「そんな、ドヤ顔は完食してから言ってくださいよ」

 

 俺は、カレーを必死に食べ進めた。

 血反吐を吐きながら、叫びそうになるのを抑えながら(実際は大声で叫んでいただろう)カレーを口に運んだ。

 襲いくる、激痛は牛乳で緩和した。


 「ぐっ…!ぐぁぁぁぁぁ!」


 俺は襲いくる、辛味を必死に我慢して、食べ続けた。

 額からは、汗が滴り落ちた。

 熱い…体中が燃え盛っているようだ。


 「これは…凄まじい勢いで…」


 「ぐっはぁ!!!ゴホッ!ゴホッ!」


 残り、約3割。

 ここにきて、とうとう限界に近づいてきた。

 体が勝手に、無意識に食べるのを拒む。

 血が口から溢れ出す…(もちろん例えだ)


 「ハァ…ハァ…フゥ…!!!」


 体が震えた。

 逆に寒気が俺を襲った。

 明らかに身体に悪影響が出ている。

 身体が食べるのを拒んでいる…


 「あの、大丈夫ですか?その、無理して全部食べなくてもいいですよ?正直、ここまで食べてくれただけでも、嬉しいというか、すごいと思いますし…」


 音色は俺を心配そうに見る。

 今更ながらそんな甘いことを言う。


 「音色…一つ覚えておけ…」


 「なんでしょう……?」

 

 「俺はなぁ…女の子が作ってくれた飯は死んでも残さないって心に誓ってんだぁ!」


 俺は一気に、白目を向きながらカレーを口にかけこんだ。

 もちろん、そんな心の誓いはした覚えはないが、俺はもう自分で何を言っているかもわからないぐらいにおかしくなっていたのだろう。

 頭がパッパラパーな中身なき人間だ。

 

 「食ったぁ!!!!」

 

 なんとか激辛カレーを完食することができた。

 もはやもう、口の全体の感覚は失った。

 俺の状態は満身創痍そのもだった。

 もちろん、1.5リットルの牛乳は全て飲み干した。


 「恐れ入りました…あの、念の為お聞きしますが…おかわり入ります?」


 「いるかぁ!ご馳走様でした!」


  俺は、手を合わせて言った。


 「まさか、きちんと残さず食べるとは…見直しましたよ蒼様」


 「まあな…俺は決して残さず食べることをモットーとしているからな…」


 ギリギリだったが。死にかけたが。


 「あの…じゃあ…もう帰ってしまうのですか…?」


 音色は少し悲しそうだった。


 「ああ、帰りたいのもやまやまだが、ちょっと気持ち悪いからな…少しだけ休んでから帰る…」


 本当は即帰りたいが、無理して激辛カレーを食べたせいか、気持ち悪い。

 動くと吐きそうだ。


 「そうですか!気持ちが悪くなくなるまでゆっくりとしていっていいですよ!」


 なぜか、音色は嬉しそうだった。


 

 あれから、5分ほどたったときだった。


 ドタドタと慌てて階段を降りる音が聞こえた。

 もしや…大怪獣が目覚めたのか?


 「あっ!陰田くん!」


 やっぱり、清水だった。

 清水は眠りから覚めてしまったようだ。

 封印から解き放たれたのだ。

 

 あれから、2時間ぐらいぐっすり眠っていたせいか、髪はボサボサだった。

 もちろんそんな姿でさえ可愛かったが…


 「おう…清水、おはよ」


 清水に言う。


 「おはよう、陰田くん…えへへごめんね結局家まで運んでくれて…」


 「気にすなよ…」

 

 気にしてほしいけど…


 「あれ、なんか陰田くんすっごく体調悪そうだけど大丈夫?」


 清水は俺を見て言った。


 「蒼様は、カレーの辛さにやられたのですよ」


 「えっ…音色が作ったカレーを食べたの?」


 「ええ、蒼様は残さず美味しいと言って食べてくれました」


 「おい、俺は一言も美味しいとは言ってねーぞ…」


 「音色が作ったのは特に辛いのに…よく食べきれたね…」


 「食べなきゃ…帰れないからな…」


 「お姉様も、お食べになるでしょ?多分もう、冷めてしまってますが…温め直しますか?」


 「いや、そのままでいいかな…お腹も空いたし、ああ、自分でよそうからから!」


 清水はカレーをお皿についで、席に着こうとしたときだった。

 

 「わっ!」


 「うわ!」


 清水はバランスをくずし、俺はカレーを頭からぶっかけられた。

 カレーにまみれになった。


 「ああ!ごめん!陰田くん!!!」


 「大変!お姉様なんてことを!!」


 「あはは…」


 もう、何もかもどうでもいい。

 俺は狂ったように笑った。


 大好きなカレーに包まれて幸せだぁ…





 

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