第26話 神辛

 俺の今の状況を端的に言うと、清水家の食卓に座っている。もちろん食卓の上ではなくて椅子にだ。


 清水奏の妹である、清水音色が晩御飯を振る舞ってくれるそうだ。

 音色いわく、お礼らしい。

 

 俺としては、家に帰りたいのだが音色はそれを決して許さない感じなので帰れない。

 多分、無理矢理にも帰ろうとすると天に還ることになる。昇天する。


 「普段は、音色がご飯を作っているのか?」


 と、俺はキッチンで何かしらの料理を作っている音色に聞いた。


 「はい、両親は忙しくて夜遅くに帰ってくるので、基本は私とお姉様で家事全般をしています」


 「それは、大変だな…」


 思ったよりもしっかりしている。というか、偉いと思った。

 2人で家事全般となると大変だろう。


 俺は普段家事なんかしないし、ご飯も作らない。全て真由美さんに任せっきりだ。(少し美来も手伝っているらしい)

 そんな自分が情けなく感じてしまう。

 今度からは、真由美さんの家事を手伝おう。

 せめて、皿洗いぐらいしよう。


 「うん?…この匂いは、もしかして」


 何千回も嗅いだことのある、見覚えある匂いが俺の鼻を通った。香ばしい、スパイスの匂い…


 「気づきましたか?そう、カレーです」


 人生で1番嗅いだ匂いと言っても過言ではない。

 俺の大好きな、カレーだった。


 「カレー好きですか?」


 「ああ、大好きだ!」


 「では、カレーライスも好きですか?」


 「ああ、大好きだ!」


 「では、お姉様も大好きですか?」


 「ああ、大好…って、あえ?」


 「フフ、引っかかりましたね」


 「10回クイズみたいな巧妙なことすんじゃねーよ」


 「あらら、こんな子供騙しに引っかかるなんて、中学生の私よりも子供ぽいですね」

 

 音色はクスクスと笑っていた。

 悪戯な子供め…


 「まあ、蒼様にならお姉様を任せていいとは思いますけどね」

 

 勝手に納得するな…

 というかどの立場だよ…お前は?


 「俺は音色が思っているような人間ではないぞ」


 そう、今回清水を助けたのもあくまで、偶然だ。あの時俺が喫茶店で見かけたから…

 俺が、清水を気にかけて、清水のために行動した———わけではない。

 ヒーローでもない、救世主でもない。

 ただの気まぐれである。


 「嘘ですよ…あまり、調子に乗らないでください。変質者に任せられるわけがないじゃないですか!」


 「はぁ?誰が変質者だ?」


 「あんな、怪しい格好してて、よく捕まらずに家まで辿り着けましたね?」


 たしかに、今思えばお巡りさんに「ちょっといいかな」と声をかけられてもおかしくない格好だった。普通に奇跡だと思う。


 「あれは…変装してたんだよ」


 「変質者が変装ですか…」


 「だから、変質者じゃねーって」



 「はい、どうぞ。音色特製!清水家直伝のカレーでございます!」


 「おおー!」


 俺に出してくれたカレーは思わずよだれが溢れ出そうなほど、とても美味しそうだった。

 

 「めちゃくちゃうまそう!」


 「どうぞ、遠慮なく動物園の餌に貪り食うお猿さんのようにお食べになってください!」


 「誰が猿じゃ!」


 「おっと、失敬…私としたところが、あなたとお猿さんを一緒にしたら、お猿さんに失礼ですよね…」


 「俺は、猿以下かよ…」

 

 「ささ、無駄話も無駄なので出来立てが冷めちゃう前に食べちゃってください!」


 「いいただきますって、スプーンは?」


 俺の前にはスプーンが置いていなかった。


 「あれ?蒼様はワイルドに手で食べる派と言ってませんでしたか?」


 「俺はそんなワイルドな人間じゃねーよ」


 「仕方ありませね…そうならそうと最初から言ってくださいよ…」


 「俺は一言も手で食う派なんて言ってねーけどな」


 「はい、どうぞ」


 「お前、箸で食えと?」


 音色は箸を出してきた。


 「ええ、蒼様はお上品な方ですから」


 「箸のどこがお上品かは価値観の違いだが…普通、カレーを箸では食わないだろ!」


 「勝手におんどれの価値観を人に押し付けないでください!清水家はカレーを箸で食べる家庭かもしれませんでしょう?!」


 「たしかに、可能性としてはあるが…可能性、可能性と言ってたら、全てにおいて可能性があるだろ!細かい可能性まで考えてたら、らちが開かない!」


 「そうですが、逐一に、余計に、余分に、過多に、過剰に予測するのも大事ですよ…そんなに可能性を考えずに生きていたら、あっという間に死んでしまうますよ?」


 「人の生き方に口出しするな!俺は今の今まで生きてる、今現状生きてたらそれで満足だ!たとえ明日死のうと、俺は精一杯生きてるから、悔いはねぇ!」


 「たしかに、そうですね…私が蒼様の生き方に口出しする権利はありませんね」


 「わかればいい…」


 「はい、どうぞ」


 「おい、ふざけてんのか?これはなんだ?」


 「しゃもじですが?もしかして、蒼様はしゃもじを知らないのですか?無知にも程がありますよ。今までどうやって生きてきたのです?」


 「当然、じゃもじは知ってるさ…だがな、しゃもじはお米を掬う道具だろ!カレーを食べるための道具じゃねぇ!」


 「はぁ…蒼様は口を開けば文句ばかりですね…しかも、人の家で…偉そうに威張り散らかして…」


 「たしかに、俺はカレーを振る舞ってもらう立場だが、さすがにスプーンぐらい出してくれと要望するぐらいいいだろ?」


 「さすがは強欲の変質者ですね…お見それしましたよ…」


 「誰が強欲の変質者だ!勝手に変な異名をつけるな」


 「はい、ご所望通りスプーンです!」


 と、やっとのこと、雑にスプーンを出してくれた。

 

 「最初から出してくれればいいのに…」


 「はい?ご志望通りに出したというのに、また文句ですか?!蒼様は口を開けば文句ばかり!文句製造機にでも成り下がりましたか?」


 「いや、音色がカレーを出してくれから一体何分経った?素直にスプーン出してくれれば、すぐに食べれたのは事実だろ?」


 「はいはい、文句はもういいです!スプーンも手に入れたのならさっさと食べたらどうです?冷めてしまいますよ!?」


 「それも、そうだな…では、あらためて、いただきます」


 俺は手を合わせてそう言った。

 食べものには感謝を!これが大事なのだ。


 一口、カレーを口に運んだ。

 そのときだった。

 

 「うん!うま…グァーー!!!」

 

 口の中が炎が燃えたように熱く、喉は激痛が走った。


 激辛だった。

 いや、神辛だ。


 「フフフ…美味しいでしょ?」


 「辛い!辛すぎる!!」


 「清水家のカレーはこのくらいの辛さではなければ、ならないのです!」


 「辛い!喉が死ぬぅ!!」


 俺は普段カレーは甘口派だ。

 頑張って、学食のカレーの中辛を食べれる程度だ。

 だが、この清水家のカレーはやばすぎる。

 辛いを通り越して、激痛だ。

 もはや、食べ物というべきか…。


 「あれれ?蒼様もしかて、辛いのが苦手ですか?情けないですね〜このぐらいの辛さでそう泣き喚くとは…」


 「水、水だ!水をくれぇ!」


 「まあまあ、そう焦らずに…そんなことより、特別にこの辛さの秘密をお教えしましょう!」


 「そんなの教えなくていいから、水をください!」


 「いえ、蒼様がそうでも、私が教えたいのです!」


 「水をくれれば、いくらで聞いてやるから!」


 「言いましたね…いつどんなときも、私の話し相手になってくれると、誓えますか?」


 「誓う!誓うからぁ!」


 「よろしい、ではどうぞ、お水です」


 俺は、音色から受け取った水を一気に飲み干した。


 少しはマシになったが、それでもまだ、喉が痛む。


 「では、水も飲んで回復したところでしっかりと残さず食べてくださいね?まさか、残すなんてことはありませんよね?」


 またしても、音色は悪魔のような笑を浮かべたのだった。


 ここは地獄か?

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